3話 ハグたんバクダン
「なあこの子よぉ、なんだか可哀想じゃねえか」
「だなコラ。オレこんな小さい子をリンチするほど不良になっちゃいねぇゾ」
号泣中のハグたんの幼さと弱々しさには、血気に逸っていた前衛2人にさえ同情される始末であった。
その良心の何たるかを示す様相を責めようにも責められない蜘蛛のカムイの使い手は、ある提案が浮かび上がる。
「ハグたんといったな、ひとつお前に尋ねよう」
「ひゃいいっ!」
「そんなに驚きすぎることはない」
目端も語調も冷たく鋭いが、これでも彼なりに優しく話かけているつもりだ。
打ち明ける提案もまた、優良な内容だ。
「お前があの女共に無理矢理従わされているだけならば、この果たし合いから立ち去ることを許可しよう」
「……えっ、えっ!?」
無関係者への、幼い子供への慈悲であった。
無事のまま助かる道が提示されたことで思わず声音が上ずったハグたん。
キャラメイクで年齢や体格を変えられない本作において、ハグたんが小学生ほどの人物であることに偽りはない。故に彼らはハグたんを倒すことに気が引けるのだ。
実際ハグたんは断れなかったがためにただ着いてきた部外者であり、彼ら3人の報復対象もあくまでマサムネとクロのみ。
「立ち去ったならば俺達は追わん、金も要求せん。だがもし、その女共のために戦う義理でもあるならば、さっさとカムイを出してかかるのだよ」
そう2つ目の選択肢も出した。
3人とも警戒を解かずプレッシャーもかけたままだが、答えが出るまで黙って様子見に徹するつもりだ。背中を向かせた瞬間反故にして不意打ちなどといった裏もないという確信もできるほど。
「ええと……私はぁ……」
冷や汗まみれのハグたんは、逃げの思考一色であった。
ハグたんは臆病で勇気がなく、泣き虫で自尊心が低く不幸体質の持ち主だ。
これまでの人生でも、困難に直面した時には自分から立ち向かおうという根性はなく、おどおどしながら助けを待っているか逃げ出そうとするタイミングを伺ってばかり。
特に今回のような事態に差し掛かれば、腰が抜けてさえいなければ一目散に逃げていただろう。
「ちょいちょい、ハグたんなんとかしてぇ。このままじゃウチの51万がぁ〜」
「この期に及んで金の心配か! 貴様いい加減にしろ!」
縋るように弱音を吐いていたマサムネだが、罪悪感をくすぐらせ自然に唆そうとしている言動を幼馴染には看破されていた。
だが、2人の存在が目に入ったハグたんには、別の答えが生まれていた。
確かにハグたんは臆病で勇気がなく、泣き虫で自尊心が低く不幸体質の持ち主だが、それは敵に対してだけではなく味方に対しても同じ。
責任感と呼ぶには自己中心的な理由になるが、たとえ会ったばかりで今後二度と会わないその場限りの仲間だろうと、見捨てて逃げ出したことで巡り巡って恨まれたり失望を買われたりに繋がってしまうことも、また恐ろしいのであった。
故にハグたんは決断を口に出した。
「来い、神威……」
俯いたまま、蚊の鳴くような声で。
マサムネ達の側で果たし合いに参加するという決断をした。
するとハグたんの頭部が眩い光に包まれ、少しした後、ハグたんの契約したカムイの一体となった姿が露となる。
「爆弾?」
「こりゃ爆弾かコラ?」
「ふむ、見たことのないカムイなのだよ」
「だがまるで、カンパンマンのキャラクターにいるような形の……」
「え? どっちかっていうとハナゲーゲ・ゲーゲゲにいそうなフォルムじゃね?」
敵も味方も各々が奇妙なものでも見たかのような反応であったが、それもそのはず。
「ひいいっ! だからカムイは出したくなかったんです!」
「いやぁウチとしてはかわいいと思うよ? むしろこういう変な被り物してるのがVRMMOの主人公感がある! たぶん」
「被り物じゃないんです! 私なんて主人公の皮を被ったゴミキャラ……」
ハグたん自身も悲観的になるほど奇怪な外見だと言わざるを得ない。
何故ならば、ハグたんの頭部そのものがまん丸い鉄の塊となり、目と鼻と口が丁度顔にあたる部分にくっついているという雑なコラージュ画像じみたことになっているのだから。
強いて良くなった点としては目が隠れるほど長い髪の毛がなくなったので、地味で暗い印象がある程度薄れたくらいか。
「カムイを出したのならば、決闘する意思があると見做すのだよ」
「あっ、わああっ!」
おちおち落ち込んでいる場合ではなかった。
カタブツの開いた掌から蜘蛛の糸を放出し、抵抗も赦されぬまま頭のカムイもろとも全身ミイラ状態となる。
「ハグたん!? 不幸中の最悪だ……!」
「ハグたんも詰んだ、オワタ、お金借りられるとこ探さなきゃ」
完全に勝負を諦めている2人。
ただでさえ2人とも脱出不可能の拘束力をもつ糸だ。それが自分達より年下の少女にどうこう出来るはずがないと思っていた。
「俺達の勝利は白日の元だ! だが念には念を入れ、3人同時に攻撃するのだよ!」
「合点だ! 悪く思うなよチビちゃんっ!」
「カネと勝利のためだ、いくぞコラッ!」
指示通り、確実なる決着をつけるために3方向から一斉にハグたんに迫る三人衆。
これから始まる圧倒的で残酷な光景から、マサムネとクロは目を瞑って顔を反らしている。
しかしだ。ハグたんのカムイはマサムネやクロと違い、手で持つものではなく頭と一体化している種類。
なのでハグたんは、この状況下でも対抗できる手段が残されているのだ。
「……いやまずい、やはり退くのだよ!」
「じっ、【自爆】うううっ!!」
ハグたんは叫んだ。カムイの能力を発動した。
「……お?」
その瞬間、一迅の閃光が辺りに迸ったかと思えば、ドッカーン! と心胆震わす爆音が轟いたのだ。
ハグたんのいた場所の周辺は、凄まじいまでの衝撃と黒煙と熱気に包まれ。
「ぎゃああああ!!」
「ぐわああああ!!」
「ぐぬうっ! 本物の馬鹿は俺だったか……」
3人分の断末魔の悲鳴が同時に木霊する。全身が黒焦げになった人の形が黒煙の外に吹き飛ばされる。
相手3人のHPは全損していた。
これにより全員を縛る蜘蛛の糸は消え去り、ハグたんが撃破したことは一目瞭然。
「こ、これがそなたの、ハグたんのカムイ……か、解説する頭も回らぬ……」
吹けば飛びそうなほど頼りなさそうな少女が、こんな度肝を抜かれる威力のアーツを隠し持っていたこともまた、パーティに誘った張本人達でさえ暫し唖然とするばかりであった。
「すげぇ! マジしゅげぇ! ハグたんが3キルしちゃった! しかもワンパンで! もしかして、ウチやばすぎる人材発掘しちゃった?」
2人はテンションこそ異なっていたが、どちらも心の底から驚嘆するばかり。
爆心地にいるであろう勝利の立役者ハグたんを見つけるべく、視界を遮る硝煙を振り払おうとする。
もっとも時間をおかず自然と晴れるのだが、崇めたいほどに褒め称えたい気持ちが溢れて止められない。
「おーいはぐたーん。てか何でこっちに来ないんだろ」
「やはり我々とは馴れ合えないのか……いや、さては――」
クロはいち早く理由を察知する。
あれほどまでに桁違いの火力を放ったのだ。代償もそれ相応に支払わされたと考える方が自明の理だと。
「ハグたん無事か! 体は動けるか!」
「いやいやクーちゃん見てた? やられる前にやっつけたんだから無事に決まってるっしょ。って、あれ」
マサムネの足が止まった。
晴れつつある黒い煙の中心にいたハグたんは、仰向けで寝転がったまま微動だにしていなかったのだ。
クロの嫌な想像は、ようやく確信に至る。
「やはりか……ハグたんのHPもゼロだ」
「いやなんで!? ワンパンで勝ったのに!?」
「あ、あはは……だから私はどんぐり以下なんですぅ……」
相手3人に勝てど、勝負に負けたかのように半泣きとなるハグたんであった。
爆弾のカムイ、その主な能力は自爆。
これこそが、遥か格上のプレイヤー3人をまとめて葬れるほど強く、どんぐりこぞう相手に相打ちとなるほど弱いというある種の矛盾が一巡している強さの秘訣でもあった。
「おい、なんかデカい音がしたが何が起こったんだ」
「それがな、あの女の子が図体の高い男相手にジャイアントキリング決めたんだべ」
「はぁ!? こりゃあ一大スクープになんぞ!」
「何者だよその子!? 世を忍ぶ仮の姿なだけのトップランカーなのか!?」
「ふーん、なかなかやるじゃん」
今や広場は騒然となり、遠巻きから彼女らの果たし合いを観戦していた野次馬達が人の波となって迫るが、このHP0の始末では自力では逃げられないだろう。
マサムネ達は早々と51万を徴収し、動けないハグたんを背負ってひとまず街の外へと撤収したのだった。
次回、2時更新




