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22話 心新たに、新たな友達と

「優勝しちゃったぁ。えへへへへ」


 皆勤で小学校に通っている風邪知らずのハグたんだが、6時限目の授業が終わったというのに一日中ずっとこの調子であった。


 ゲーム内とはいえかなりの貴重な経験をしたとなれば無理はないかもしれない。

 そんなポーカーフェイスを苦手とするハグたんのご満悦な表情。それを前の席から椅子ごと振り向かせて見ていた女子生徒。


「ハグたんなんか上の空……熱でもあるのかな」

「えへ……あっ、ひ!?」


 油断してしまった。見られてしまった。まるで怪しい薬でも注入された笑みでも貼ったような自分の姿。恥ずかしさや被害妄想によって感情が右肩下がりに急落する。


 ――ここはゲームではない。まだCCOにログインできる誕生日さえ迎えていないクラスメイトも多い中で、間違ってでもにやけていた理由をひけらかしたりでもすれば、同級生から虚構と現実の区別がついてないような見るような目を向けられる。

 そんなネガティブな想像が一度始まってしまえば、自分の意思では止まらない。


「いえ、これはその、なんといえば……」


 対人への恐怖心が魔獣の形をして押し寄せてきたハグたんは、心の袋の許容量が限界へと近づいてゆく。


「今日は掃除もないので、さよならっ!!」

「ハグたんちょっと、忘れ物!」

「やめとけ! やめとけ! あいつは付き合いが悪いんだ」


 いつもの流れ、いつもの解説、いつものハグたん。


「もしかして私、全然成長してない!?」


 初心者を卒業しても、小心者は絶賛現役。

 ゲームでの成長がそのまま現実に直結するという考えは甘すぎたと、手遅れになった現状から逃げるように自宅に向かってひた走った。


 こうして夕食に入浴に宿題と習慣づいた無味乾燥なルーティンを終え、黒歴史を量産してばかりの世界からCCOの世界へ駆け込むようにログインする。





「いやはやハグたん君、昨夜は実にめでたい日になれたものだな!」


 ログインして早々に遭遇したユロクと、バトルトーナメントブロンズカップについての話が始まった。


「今やこの第二の街は君の話題で持ち切りだよ。その隣に並んで歩ける儂まで鼻が高い」

「そうでしょうか、ふへへ」


 街の中央通りを練り歩くだけで、羨望の眼差しを向けひそひそと話し合う住民NPCやプレイヤー。

 決勝戦のほとぼりが冷めない雰囲気がひしひしと伝わるだろう。


 もっとも、必ずしも好意的な人物ばかり出会わないのだが。


「チッ、つくづく最悪な気分にしてくれるぜ」

「なんであんなセコい奴に優勝されるんだ」


 決勝戦の対戦相手2人は、ハグたんに対し親の仇の如き呪詛の視線を指していた。


「ひいっ!? す、すみませ」

「ハグたん君、下がっていたまえ」


 ハグたんが相手の視界に写らなくなる位置にユロクが立つ。


「誰だてめぇ!」

「君達は、この子との試合結果についてよほどの不満があるそうだな」


 叱るような声色となって訊き、剣使いの方は頭に血が昇りやすかったのか一歩前進する。


「分かってんならどけよジジイ!」

「分かろうとしないなら、退くわけにはいかないな」

「やっぱ分かってねぇだろ。なぁ、こんな1回戦負けの奴の肩持つんじゃねえよ!」


 相手は決勝戦の時以上に凄んではいるが、それでもハグたんへの道を一歩も譲らない。


 むしろ彼らの不満の理由を読み取ったユロクは、なおも睥睨する。


「1回戦で勝てたからといって決勝戦で勝てるとは限らん。また1回戦で負けたからといって決勝戦で負けるとも限らん。これが勝負事のままならぬ真理。決勝戦の敗者側に回った君達がしてよい権利は『悔しがる』ことのみだ。それでもなお結果が不服というならば、その真理を覆すほどには大仰な理屈を秘した反論でも控えているのだろうな?」


 反論の余地のない論理が展開される。そこに暴力は一切伴わない。並べ立てた正論を一直線に投げかけ、問いかけ、批判への難度を青天井に上昇させてゆく。


「……とにかくクソなんだよそいつは! 賞金300万を泥棒してんだよ!」

「もうやめろ、さっさと行くぞ、俺達だけで言い負かせる相手じゃない」

「ざっけんなカス! くたばれやクソが!」


 二人組は暫く中身もない罵声を遠吠えしながら、退散した。


「もういいですか……?」

「よいぞ。刃傷沙汰にならなくて何よりだ」


 隠れる必要がなくなったことにひとまず安堵するハグたん。

 それと同時に思い浮かんだのは、あまりにも後ろ向きな想像か。


「私なんかが勝っちゃうと、誰かに怒られちゃうんですか? 私ってやっぱり、あの試合で負けといた方が……そもそも参加さえしない方が……」

「勝つことを投げ捨ててはいかん!」


 人として腐ってゆくような発言が止まらないハグたんを諌めるように、


「よいかなハグたん。勝者というのはいいことづくめではない。今後もハグたんがいかなる競技で勝利する度に、あの輩のように堕落した敗北者や話し合う価値さえないクレーマーが際限なくやっかんでくるだろう」

「そんな! じゃあ私はどうすればいいんですか」

「どうしようもないのだ……。だから相手ではなく、自分自身を打たれ強く変えるしかない」


 後ろ暗いことでもあるかのようにしながら、対抗策を出す。

 今回こそユロクが論戦で撃退したが、相手の憤懣までは穏和な方向へ変えられなかったのが難しさを証明している。


「『敗者から恨まれるのも、勝者の責務』。トーナメントに優勝したハグたん君には、儂からこの言葉を祝いにプレゼントしよう」

「……勝つのは大変でしたけど、勝った後も大変なんですね」


 重みのある金言ではあった。優勝者として戒めたくなるほどには揺さぶられた。


 だがハグたんの個人的な感情では「恨まれればもう二度と友達になれなくなっちゃうのかな」と、感じてしまうのであった。


「とはいえだ、勝者とはそれ以上に得られる喜びだって多い、苦い会遇など忘れ去れるほどの快感をな。あれを見てみよ」

「ハグたんみっけ! ログインしてたならチャットで返信しなきゃ、お姉さん達気づけないゾ!」


 そうマサムネとクロが、通りの奥からハグたんを発見して歩いてやってくる。

 ところが、2人とも一転して犯罪者を見るような目つきに変わって何かウィンドウから操作を始めた。


「アカン、ハグたんが変なおっさんにちょっかい出されちゃってる」

「3つ数える間に友達から離れてもらおう。さもなくばGMに通報だ」

「おっとこれはかなわん! ということでハグたん君、儂はこれでおいとまさせてもらうよ」

「私の友達なんですけれども……」


 居場所を悪くしたユロクは、歳の近く心しれた同性の友人達とハグたんが気兼ねなく話せるために、方便を使いながら去っていった。


 そうなった後、神妙な顔つきとなったマサムネはハグたんのことをじっと見つめる。


「ハグたんさぁ」

「はい」


 直立不動となって、続く言葉を待ったのだが。


「すげぇね」

「マサムネさんにしては短い!?」

「こやつ、昨日は道行く人間に自慢しすぎるあまり、褒め言葉の語彙を使い果たしてしまったのだ」

「すみません。仕組みがよく分からないんですけど……」


 マサムネの生態は複雑奇怪。

 常人からしてみれば、たとえ幼馴染になったって半分も解明出来ないだろう。


「そんであれからさ、インタビューの後ハグたん寝落ちしちゃった後の話」

「あっはい、何かトラブルでもあったんですか」

「それがさぁ、ウチらの前にハグたんの友達になりたいって人がもう大量に立候補してきてさ」

「それ、本当ですか!? 私に、友達がたくさん!」


 願ってもない吉報に喜ぶものの、そうなれば肝心の友達はどこにいるのか。

 思うほど不明点が不安感となってゆくハグたんだったが――。


「無論、その申請は我らが片っ端から断っておいた」

「クロさぁん!? どどどうして、私に何か恨みでも!?」

「いや、集ったのは友情の皮を被った不純な下心のみだった。『今後ともよろしくお願いします』などと、おいそれと首を縦に振れるわけがない」


 クロは、先日に見せつけられた人間の欲望渦巻く目に毒な光景にため息をこぼしていた。


「よいか、友情とは相互だ。たとえそなたがそやつらを友だと思っても、その相手からすれば『金づる』『ミーハー』『劣情』、友情を悪用する者ばかり。あやつらは同じ人間とも思えぬ」

「あれはもう不審者の集会って感じ? さっきのおっさんだって多分そうだし」


 注意されるよう聞かされたハグたんは、一方的すぎた軽率さを身に沁みて理解した。

 それはそれとしてマサムネの最後の発言は聞き捨てならないとハグたんは頬を膨らませる。距離感の近くなった友達へ対する遠慮のない感情表現が多彩になってきているようだ。


「だが良きニュースも繕ってきたぞ。1人だけだが、ハグたんの友達の希望者を我の厳正な審査で採用した」

「ほえ!? やっぱりいるんですか!」

「つまり、ハグたんの友達with面接トーナメント決勝戦進出者ってとこ」

「1人……いえいえ私には十分すぎます!」


 自分がぐっすり眠っていた時に起こっていた苦労に気遣うように、されど本心は小躍りするほどに、ハグたんは感じたことのない喜びに胸震わせる。

 逆に10人でも友達が押し寄せれば顔と名前を一致させるのに幾日かかるかと過ったほどなので、1人というのは尚の事ベスト。


 クロが太鼓判を押すほどの新たな友達、その判断の信頼感に一分の疑いはない。


「まああっしはそいつ反対なんだけど。ゴニョゴニョ……」


 何故か石壁へそっぽ向き始めたマサムネもいるが。


「その者は前もってフレンドチャットで場所は伝えたのだが……フッ、来ていたか!」


 出迎える準備なのかクールを気取り始めたクロ。


 たがそこに現れたのは、闇々としているクロと正反対の印象を持つ外見のプレイヤーであった。


「喜びなさい、全人類。百点満点の紅一点よ」


 世界レベルに自信家をアピールする第一声。

 更には戦いよりも美を際立たせたような立ち振舞いに背格好が目を奪わせる。


 新たな友達は、ハーフボンネットを乗せレースやリボンをあしらったドレス、白とピンクを基調としたロリィタファッション。勝ち気な言動に反してどこかアンニュイさを感じられる瞳。

 歳はマサムネら幼馴染コンビと近そうなプレイヤーである。


「わわわわぁ。お、お人形さんみたいです……!」


 とにかく大人な少女らしさで攻めに攻めた衣装により、本来なら強気な人物は苦手とするハグたんでさえ初見で心を鷲掴みにされ、目を輝かせていた。


「こんなにすごいかわいいお姫様みたいな人が、私の友達になってくれるんですか!」

「ヘイヘイ新キャラよぅ、その前にウチらの最終面接官ハグたんに自己紹介しとけよこのやろう」

「マサムネさんがなんか不機嫌……」


 への字に曲げた口に若干の謎を帯びたが、それはそれとして新たな友達はその手を口元におく気品感じる所作をとり。


「このあたしは“マリー”。ただのプレミアムなマリー。ドレスアップコンテスト優勝経験があるのがアピールポイントってとこかしら?」

「ゆ、優勝!? なんの優勝かよく分かりませんけど……そんな凄そうなことしてるのに、私なんかを選んでくれるんですか!」

「選ぶだの選ばれるだの、自分から売り込むなんて安い真似は好まないけど、このあたし、あんたのような小さい子を見ていると放っておけなくなる性質なの」


 そう志望動機を語り、送られてきたフレンド申請と共に少なくとも偽名などではないことを確認。


「へへ……マリーさんでいいんですね」

「ええ、そう呼んでいいのはハグたんだけの特別よ。いくらこのあたしだって、小さい子相手に様だとか付けさせたりはしないし」


 ハグたんが同年代だったら様付けでも強要させてたのか。


 ともかく、とんだ高飛車だがこれでハグたんの友達にはなったのだろう。


「ついにフレンド欄が4人……うへへっ、それじゃクランの登録の方に……」

「クラン? 願い下げよ」

「ふえ?」


 スマートなまでの断り方に、思わず「願ったりよ」の聞き間違いかとハグたんの思考は止まる。


「友達だけならなってもいいわ。でも言っとくけど、クランに入るかどうかはむしろこのあたしが審査する側だから」

「ほえええっ!?」


 ハグたんの友達は1人増えた。

 だがクランメンバーの人数は据え置きとなりそうであった。

 1日1話更新にします申し訳ない

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