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20話 ハグたん、がんばった

「出来ること? そんなもの知るか!」

「まさかの無計画!?」


 開口一番、ハグたんの決意を無下にするかのような答え。

 ただしハグたんだけを邪険にしてるわけてはなく、その真意は次の言葉にあり。


「お前の好きなように戦えってことだよ! あいつのヘイトは、俺が死んでも稼ぎまくるからな!」

「任せたぞサバイバル野郎! ドラゴンは俺が速攻で仕留めてやるぜ!」


 その少年の真髄は、希望が湧き上がるほどに鼓舞する舌先だけではない。

 ドラゴンの注意を引きつけるため挑発のアーツを発動し、臓物を切り裂く爪の攻撃や火炎放射のブレスといった猛攻を紙一重で躱す一進一退の大立ち回り。


「なんかあいつ場違いに強くねぇか!?」

「こんな戦い慣れてる奴でさえ1回戦負けって、このトーナメントどうなってんだよ!」


 だれもが不思議がっていたが、彼の初戦の対戦相手は今や決勝戦まで進出しているほどの実力者という運のないマッチングであったがため。

 本来ならば準優勝くらいは狙えたであろう逸材なのだ。こうした1回戦負けには惜しい選手への救済のために、敗者復活戦が実施されている。


 そのリーダーシップ溢れる選手を軸に、他の選手がドラゴンの視界から外れるように散開し、攻撃開始。

 相手には一振りで人間達を塵のように薙ぎ払うテールアタックもあるので油断は出来ない。それでも各々がドラゴン退治の一心で、守りを捨てて奮闘する。


「好きにやれって言われましても……どど、どうすれば……」


 ところがハグたんは演説のおかげで戦意こそ高まってはいたが、それはそれとして攻撃手段の乏しさにより攻めあぐねていた。


 そもそも決め手のアーツは、自爆範囲以上に巨体であるドラゴンに果たして通用するのかさえ自信がない。

 レンタル中の槍もまだ持ってはいたが、いくらSTRに特化しようとも闇雲な攻撃など焼け石に水になるかもしれないという想像が過り、行動に踏み込めない。


 だからハグたんは、頼りになる少年を今一度頼るために仰いだ。


「指示をっ、くっ下さい!」

「おいお前……俺の指示がなきゃ逃げる足も止まっちまうか……!」

「逃げ? うっわあああああ!!」


 この場にいる全ての鼓膜を支配するほどの絶叫。


 そこには、自分の身長以上に開かれたドラゴンの口内が間近にまで迫っていたのだ。


 自爆を発動することさえ記憶の彼方へ吹っ飛ぶ、捕食される側の臨場感。それを刹那の間に嫌と言うほど味わわされたハグたんに抵抗の余地はなく。


「「食った!?」」


 選手達は、その姿が見えなくなるまでの一部始終に素っ頓狂な声を揃えて発する。

 ハグたんはドラゴンの舌に拾われ、丸呑みにされてしまったのだ。


「あ~、なんでこんなことに……」


 まだ胃の中に収容されたわけではないものの、涎や異臭が充満する光届かぬ口内にて、ドラゴン用の飴でも舐めているかのように舌先でころころと転がされてゆく。


 というより実際それに近い。

 ハグたんの丸い爆弾の頭部は本当に黒飴とかに勘違いされても仕方がない。


「こうなったら最終手段、【自爆】! あれ、【自爆】!」


 せめて打開すべく自爆を発動しようとしたものの、なぜだか何度唱えても爆弾のカムイはうんともすんとも爆音を鳴らさない。


 それもそのはず、カムイが水に触れてしまっているがために発動したバッドアーツ【湿気はダメ!死刑!】によって、自爆不可となっていたのだ。その原因は、ぬめぬめと付着している不快感しかないこれだ。


「水ってまさか、()()()!? そんなおバカみたいなことってあるんですかぁ!?」


 爆弾のカムイから自爆というアイデンティティを喪失したのなら、それは死刑宣告に他ならない。

 悪足掻きすら未然に阻止され、ハグたんは己の敗者復活戦脱落と無力感を悟った。


 滝のように流れる涙がドラゴンの涎と入り混じってきたその時、眼下に広がる敗者復活戦のフィールドが見え――。


「「吐いた!?」」


 選手達がやはり声を揃えて簡潔な状況説明。


 鉄成分による無機物の不味さが祟ったのか、ハグたんはドラゴンのペッと吐き出される。


 爆弾のカムイの思わぬ活用法には僥倖でも、全身涎まみれの不潔な状態となったまま宙を突き進まされるハグたん。


「あ〜〜〜あがっ!」


 ほどなくして、ほどほどに硬く割れそうな音を鳴らした地面に激突し、衝撃に体を揺れ起こす。


 とりあえずは生きているようだ。だが、このハグたんという選手、誰もが血相を変えるほどのとんでもない幸運が目と鼻の先に舞い込んでいたのだ。


「これ、もしかして、あのゴールフラッグ?」

「そいつに触るなああああああ!!」


 言われるまでもなくハグたんの指先は触れていた。先着1人だけが掴むことが許される決勝への進出権に。


 1人の抜け駆けで呉越同舟が白紙になった選手達は我先にと鬼気迫る形相で止めようとした。だが間に合うはずがなかった。


『おめでとうございます! ハグたん選手、決勝戦進出確定です!』


「「うそぉん。ぎゃあああああ!!」」


 ドラゴンの火炎ブレスによって一様に同じ断末魔の悲鳴をあげて丸焼きにされる選手達。いかに劇的だった共闘も、こうなれば形無しだ。


 奇しくも二重に復活条件を満たしたハグたんは、この地獄の戦場の勝者としてコロシアムに帰還出来たのであった。




「まさかのまさかだよ! ハグたんがレアガチャばりに低い倍率を突破したったって! なにこの主人公補正!?」

「ククク……そなたの悪運にはいつも驚かせてくれるな」


 喜色満面で出迎えた幼馴染コンビ。敗者復活戦の様子は映像で眺めていたので把握済みだ。


「はのぉ、クロムネしゃん……」

「混ざってる混ざってる」


 ハグたんの口取りや足取りは、歯が抜けて死にかけの嗄れた老人を彷彿とさせるほど。


「わたひ、こしもあごも抜けてひまいまひて、はぐを、はぐはぐを、お願いいたひましゅう」

「うおぉハグたんが急患! 病状はSAN値のアウチ! クロ医師長、すぐにハグの手当てを!」

「あ、ああ……我だってあの死地に立ちあっていればトラウマにもなる」


 年齢3桁に突入したかのようにしわしわとなったハグたんの肌、うるおいを取り戻すのに決勝戦開始までの時間の5分の2を消費した。


 一見呑気に見えて、猶予が非常に短いのだ。


「えへへぇ、もっとぉ、ハグぅ……」

「すまぬハグたん。癒されてるところ悪いがマサムネから作戦の仔細があるそうだ」

「そうだ、まだ決勝戦があるんでしたすみません!」

「んじゃ時間ないし、ハグしたまま手短に言ったるで」


 今やライバルではなくなったマサムネから語られたのは、ずばり決勝戦の必勝の策。


 緻密だが要点をまとめ、対戦相手の特徴を伝え、想定から逸れた際の注意点まで、僅かな時間でハグたんの頭脳に叩き込んだ。


「なんだか勝てそうな気がしてきました! マサムネさんの言う通りになったらの話ですけれども……」


 運動神経は悪くとも地頭なら年齢以上には優れているハグたんだったが、それでも懸念点は尽きなかった模様。


「いや、作戦の成功は我が保証しよう」


 それを光りある方向へフォローするマサムネの幼馴染。理解度の高さはダテではないのだ。


「こやつは普段ふざけたことしか脳髄に渦巻いていないが、一度悪巧みをさせれば神算鬼謀の如しだ」

「このウチ、ハンベーカンベーを超える天才頭脳を信じていれば、決勝戦なんて優勝の確認作業だよ。レッツ出陣!」

「はっはいっ!!」


 2人は友達の小さな背中を押し、ハグたんは応えるように顔を上げて最終決戦の場へと赴いた。


 その後ろ姿、少し背が伸びたように感じながら幼馴染コンビは口を開き。


「ねえクーちゃん、応援団とチアどっちやりたい?」

「早速ふざけたことが渦巻き出したな。そんなに試合が余裕に見えたか」

「そりゃ余裕っしょ。作戦とかじゃなくて、ウチらが認めたハグたんが出る試合なんだから」

「そうだな。土壇場でのハグたんの根性には、我もマサムネも助けられたのだったな」


 観客席へと向かう途上で、この後の決勝戦など何の心配もないといった調子で軽口を叩きあっていた。





『バトルトーナメント・ブロンズカップ決勝戦! 今回は司会付きの豪華な仕様となっております!』


 司会者のNPCがどこからともなく会場全体へとアナウンスを響かせる。


「ひえぇ。みなさんどこで応援してるんですかぁ……」


 選手それぞれが入場した途端に湧き上がる大歓声。最後のバトルである決勝戦ともなれば観衆だって最大の人数となり、ハグたんは気圧される。


「ケッ、入場だけで盛り上がれるなんざ一周回って羨ましいぜ。どうせ優勝者しか興味ねぇくせによ」


 対戦相手の1人である剣のカムイの使い手は痛烈に皮肉る。

 なお彼は、1回戦目にリーダーシップ溢れる男性を敗退させ、3回戦目にクロを打ち破る実績を残した文句無しに凄腕のプレイヤーである。


「五月蝿い。僕の弓の腕は集中力の維持こそが要なのだがな」


 もう1人、選手入場口から現れたその選手は、2回戦目でマサムネを撃破し決勝まで駒を進めた、和弓を武器としたプレイヤー。なお武器の持ち込みは1つまでがルールだが、弓は矢とセットで扱う装備なので例外にあたる。


 結果的に、二選手共に、ハグたんにとっては因縁まで絡んできた相手といえよう。


『今回はまさかの三つ巴! 波乱に次ぐ波乱の試合展開が予想されますね。さりとて優勝の栄冠を戴ける選手は唯一人!』


 熱狂を最高潮に高めんとするアナウンスを尻目に、ハグたんは不安そうに2人の選手へと目を配らせる。

 その2人の選手が、ハグたんに対してだけ敵意のこもった眼差しを向けていたからだ。


 泣いても笑っても最後となる決勝戦なのだ。選手らは気が立っていてもおかしくはないだろうが、それでもハグたんはとある最悪な予感を思い描いてしまう。


『早速、決勝戦に移りたいと思います。位置について、試合開始(レディゴー)!』

「もらった! 【衝剣気波(ソードニックウェーブ)】!」


 試合開始と共に、自身の隙などまるで考えないほどの初速をもって、剣のカムイの使い手は衝撃波を飛ばす。


「ひゃばばっ!」


 ハグたんは思わず転んでしまったが、災い転じて衝撃波は頭上を通過する。


 ところが、一難去ってまた一難。


「これは()ったか。いや、勘付かれたな」

「なんで私ばっかり!?」


 続けざまに1本の矢が飛来するが、四つ足となったハグたんは後方へ跳んで回避。


 三つ巴でありながら集中攻撃。

 ハグたんにとっては疑問が噴出しても無理はない非常事態だ。


 しかしこれは偶然ではない。また、ハグたんが一番倒しやすそうだったなどでもない。されど事前に仕組まれていたことであった。


 2人の選手がバトルフィールド中央に集結したにも関わらず互いに攻撃しようともしない状態が、種明かしを暗に示していた。


「気に食わねぇよな、お前もそうだろう。あのチビちゃんには、2度目の奇跡なんて起こる前から潰されるって徹底的に教えこまなきゃ気が済まねぇ」

「まずは異物から取り除こう。お前とのタイマンの決勝戦は、その後にとっておくとしよう」


 そう彼らは試合前に紳士協定を結んでいたのだ。


 二人の選手は計5回の試合を1つずつ登りつめた、勝者としてのプライドが一致している。

 本来1回戦で存在が消え失せるはずの選手が、敗者復活戦などというお遊戯(本人達はそう思いこんでいる)で決勝戦まで飛び級するなど言語道断。


 不埒なる邪魔者とされたハグたんから脱落させるため、双璧として立ちはだかった。


「つまり私は、2人同時に相手しろってこと!?」


 そう理不尽な試合展開に声を上げたハグたんであった。



 しかし、その口ぶりに反して、意外にも内心は予測の範疇だったりする。

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