9話 クラン加入の条件
また、もう1人、友達が出来る。
相手とは明らかに歳が離れすぎているが、高揚したハグたんにとっては些細で片付けられる問題。
そう思い立ったが早いが、勇気を声に込めて出す。
「あの、私の――」
「ハグたん君、我々の――」
ハグたんと男性の声が重なる。
「「――クランに入ってくれませんか! あっ!?」」
全く同時、全く同語。ハグたんが勧誘を考えている裏でもまた、ハグたんをいたく気に入った男性が自分のクランの一員に加えようと勇気を出していたのだ。
思わぬ重複により、2人は恥ずかしさのあまり顔から火が出るほど赤面。
「不躾ですまない! まさかハグたん君が既にクランに所属していたとは思わなんだか!」
「ひいいいごめんなさいいい! こうなったら自爆してお詫びしますううう!」
「自爆ゥ!? やめたまえそんな命の無駄遣いは!? 儂は気にしてないから、おっおい!」
男性がてんやわんやで宥めたおかげで、ハグたんの導火線は未然に鎮火。
なにはともあれ、街まで無事帰還出来たのであった。
「あの……ありがとうございました! あなたみたいな優しい人に出会えたことは、一生忘れません!」
「だが、人間とは忘れる生き物だ。だから忘れないよう、せめてフレンド登録といたそうではないか」
そう彼から送られてきたものは、フレンド申請。
ハグたんは彼のPNに目を通し、当然了承。これでクランの時と同様離れていても個人宛にチャットでやり取りが出来る。
かくして、友達は増やせなかったが、友達にはなれただけ御の字といえよう。
「ええと名前……ユロクさん、なんですね。本当にありがとうございました。ではさようならっ!」
「うむ。少女よ、逞しく育て!」
今や時刻は21時、まだ小学生のハグたんは規則正しい睡眠のために、光る粒子にその体が包みログアウトした。
小さな姿が無くなってもなお、律儀なまでにその方向へ見送り続けるユロク。
「ハグたん君か、見込みのある新規には是非とも儂のクランで丁重に育てたかったが……無理強いは出来まい」
名残惜しさと物思いに耽りつつ、住民が寝静まり閑散とした夜の街を独り歩き始める。
程なくして、足を止めたユロクは、長く使われていないのか木製の壁が虫食い状態となっている民家の鍵を開けた。
「皆、儂だ」
そこにはランタン1つだけの灯りと、彼を慕うクランのメンバー達が待っていたのだった。
「お待ちしておりましたわマスター様ぁん♡ お怪我をされてはございませんか? 擦り傷切り傷胸の傷、如何なる傷でもうひひひひ……」
「ぬおおおっやはりか! 下がりたまえナジャ君!」
炎のうねるような情熱に頬を紅潮させ、メスやら何やら物騒な医療機器を鳴らしてくるナース服の女性に、よほど苦手意識でもあるのか後退りする。
「よぉマスター。浮いた面で帰ってよォ、なんか良い女でも誘えたのかよォ」
「おいアダカ君! いいからナジャ君の暴走を早く止めぬか!」
ワックスか何かで鉄のように逆立てた髪をしている青年に対し、事態の収束を指示させたユロク。
「隠し立てしても見え透けるでござる! きっとマスターにはまたマブい女がデキたのじゃな! クゥ〜羨ましさ余って憎たらしき!」
「面白がってる場合かコナエモン君! あぁこのままではっ、儂の全身が切開されて天国送りにされてしまう!」
両肩に氷柱のようなトゲをこしらえた具足を身に着けている豪放磊落そうな男に対し、いよいよ自分が持ち堪えられなくなるピンチを伝えようと必死な形相となる。
だが奮闘と説得虚しく、最終的に押し負けナジャのいいように体をまさぐり回されてしまい。
「最近のマスター様、お怪我を持ち帰らないようで、少しばかり淋しいですわぁ」
「少しだけなら我慢したまえ! はぁ、君のせいで低級でもポーションを持たなければ出歩けなくなってしまったではないか」
とんでもない危険人物に惚れられたと、ユロクは嘆息するしかなかった。
それでもいつものパターンであり、一癖も二癖もあるプレイヤーを一手に取りまとめるマスター、それがユロクの姿の1つ。
「オレらの紅一点も、これじゃ攻勢一点なんて……っく!?」
「何奴!?」
その時、部屋の奥からガタッと材木が倒れた音と共に、四人はまるで害獣に目をつけられたかのような警戒心を露わにする。
とはいえ敵に向ける警戒心というまではなくとも、彼らにとっていつもの通りならば、嫌な顔を隠せなくなるくせ者が登場する前兆。
「来ていたのかね、キャトル君よ」
「ニャホニャホニャホ! 連盟主傘下、討元凶の諸君! こんばんニャー」
天井から身軽に飛び降りた、縞模様の猫の着ぐるみを被ったプレイヤー。
その姿を視界に入れたユロク、眉間の皺が深まる。
他三人はそれ以上の難色を示す反応だ。武器を抜こうとする者さえいるほどに。
「君がここに足を運んだということは、連盟主から通達でもあるのかね」
「まあ大したことはないニャよ。それよりユロクのあんちゃん、たまにはボクちゃんと一緒に極悪鬼畜理不尽クエストで遊ぼうニャァ」
そう着ぐるみの下は軟体生物とでも言わんばかりにユロクの肩に乗り、体に繋がっているかのようにひとりでに動く尻尾をその首に巻き付ける。
馴れ馴れしいにも程があり、ユロクはただ鬱陶しそうなだけであったが、先に我慢の限界が間近に迫っているのは他三人。
「貴様のような卑小な獣に割く価値が、某やマスターにあると思わぬことだ!」
「ですわ。その毛玉が床に散らかる前に、さっさと野山におゆきなさい!」
「ニャアン? あんたらお茶汲みクランのお茶汲み共には話しかけてないにゃ」
「テメーだって連盟主の下っ端じゃねえか!」
顔の面が大きい猫口調なプレイヤーだったが、それがまかり通るほどには分相応に強大なクランの一員だ。
キャトルの所属するクラン『連盟主』は、その名の通り数々のクランと協力関係ないし従属関係を築き最前線で攻略を推し進める、本サーバー最高峰ともいえるほどの大手。
ユロクのクランはどちらとも言い切れない微妙な立場であるのだが、それはともかく。
「用っていうかなぞかけ、といっていいのかニャ? ねえユロクのあんちゃん、『最強のカムイ』と『最弱のカムイ』の2つがあったとしたら、どっちを欲しがる?」
そう彼は、3人分の殺意を向けられている中でユロクへ首をかしげる。
「儂と君との会話で、探り合いをするような腹を用意しなくてはならぬのか?」
「そんじゃ率直に言うなら……ボクちゃんが知る限り最強と最弱のカムイ、どっちも始めたてホヤホヤの新規さんが契約してたんだけども、昨日それぞれ連盟主に勧誘しちゃったニャン」
「それは素晴らしいな。だがキャトル君よ、世間話というほど穏やかな事ではないのだろう」
「ンニャ、仮にもサーバートップの栄誉を預かるクラン、タダで入れるわけにもいかないから『同格以上のプレイヤー1人をキルしろ』と、指示を下してみたんだニャ」
猫っぽい口調のまま明かしたのは、クラン加入の試験内容。
クラン『連盟主』には戦力面での不足はないが、いやだからこそ、見込みのある人材を求めて探索するために第二の街まで悠々と足を運ぶことだってしばしば。
細かいことになるがキャトルの言うことが正しいとするならば、最強と最弱は格が違うためお互いが戦っても指示達成にはならないのかもしれない。
「その話が、儂と何の因果関係がある」
「だってあんちゃんのクランメンバーになるかもしれない新米さんだニャよ。連絡は当然の義務ってね」
そうキャトルは軽やかにユロクから降り。
「新入りの掟、まずは人材育成に右に出るもの無しのユロクさんちのとこで下積み、分かってるはずだよニャア?」
斜め下から突き上げるような顔の位置。
まるで脅迫しているかのような剣呑さだが、眉一つ動かさないユロク。
ただキャトルにとって沈黙は肯定と受け取る主義であるため、これ以上の火花は散らさないようである。
「ボクちゃんの用事はこれでおしまい。皆の衆、バイニャラ〜」
そう彼は、不規則に跳ね回りながら部屋から姿を消した。
こうなった後は、キャトルに対する抑え込んでいた火山が噴火するのも、間もなくのことだった。
「笑顔もクソもねぇこと抜かしやがって! マスターもなんか言い返しとけ!」
「糞猫滅すべし! あのクランの強硬的な試験のせいで2人、いや、かけがえのない1人のプレイヤーの被害が2件も及ぶのでござるぞ!」
メンバーが最も憤りを感じていたのは相手個人の態度だけでなく、クラン連盟主の少々の犠牲を顧みない経営方針に対する不満の現れ。
あくまでも少々ではある。長蛇の列を成す働き蟻の一匹や二匹だけを踏み潰すような微小な犠牲。
そもそもプレイヤーは死亡状態となってもリスポーンするため、見方次第では犠牲とも表現されないだろうか。
ただそれでさえ、クラン討元凶メンバー達は断固として間違っていると非難するほどにCCOの秩序を重く尊んでいるのだ。
「マスター様、何故黙って聞いていられたのですか! 見ず知らず1人も犠牲をも悲しめるあのユロク様は何処へ!」
そうユロクの過去を引き合いに出すナジャが義憤に声を荒げる。
ユロクは耳を傾けてはいるものの、何も言葉を返さない。
そのため、ナジャは話を切り替える。
「……連盟主マスターへの復帰、ご再考なられませんか」
「ナジャ殿、それは……」
どうやら失言と解釈したコナエモンが制しようとしたものの、意にも介さずナジャは続ける。
「あなた様はこんな古錆びたところで燻る器になさらじ。このサーバー04の王に返り咲きさえすれば、あの猫かぶりの処遇から体制の一新もあなた様の裁量次第!」
「ナジャ君! その相談は二度とするなと言ったはずだ!!」
「っ! 出過ぎた発言、平にご容赦下さいまし……」
激怒のままに突然立ち上がったユロクに、ただただ詫びるのみであった。
他の2人のメンバーもそんなナジャの様子に憐れみ、またユロクの痛ましい心の傷を知る者として彼にも同じ眼差しを向ける。
「マスター、本当に満足なのかよォ……」
「待遇には満足だよ。儂など頂の上に立つものではなく、上から枷を嵌められ隷従されている方がよっぽど生きやすい」
玉座を降りし旧き時代の王は、そこが自分に相応しき居所とばかりに壊れかけの木箱に手を組んで腰をかける。
「大の大人にトップクランの顔役など、並外れた才覚があろうと務まるはずがないのだ。だがせめて、儂があと40年遅く生まれた子供であったならば……」
頭には白髪が混ざり、未来よりも過去の方が長くなり始めるほど歳を重ねた自身の歳を憎み、うら若きプレイヤーを羨む。
100人を越すフレンドの欄、その一番下にあるハグたんの文字と顔を見つめながら。
次回は昼更新ですわ〜




