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第二十六話 剣仙の皇子と有翼の黒虎


 騒ぎを聞きつけ蘭華達が郭門へと駆け付けると、必死の形相の男を邑人(まちびと)が囲んで人集(ひとだか)りとなっていた。


 その男の横には息も絶え絶えな馬が倒れており、月門まで全力疾走した事が(うかが)える。馬は恐らく助からないだろう。


 貴重な財産である馬を潰す程なのだから危急な案件に違いない。


「虎だ、小邑(むら)に虎の妖魔(あやかし)が出た!」


 その男の叫びに周囲は騒然となった。


「くっ、また奴か!」

「直ぐ救援を送ろう」

「子雲達は何処だ?」

「それが……」


 邑人達のやり取りに蘭華の顔がみるみる青くなり刀夜が(いぶか)しんだ。


「どうした?」

「彼らの傷門と杜門は閉じられています」


 奇門遁甲『八門』は対象者のあらゆる気の流れを無理矢理に改変してしまう強力な方術である。


「戦意を削いだので今日一日は戦うのは無理でしょう」

「先程の術か……」


 邑人達も子雲達の変化に気付き焦りを隠せないでいる。


 ほんの僅か沈思したが刀夜は直ぐに意を決した。


「俺達が行こう」


 突然名乗り出た若者に邑人は一様に不審の目を向けた。


 仕立ての良い胡服に立派な剣を腰に差している。さぞ身分の高い貴人であろうと推測して、この場で一番年嵩(としかさ)の男が刀夜と相対した。


「あなた様は?」

都邑(みやこ)から来た刀夜という」

「刀夜……刀夜様⁉」


 一気に顔が青褪め年嵩の男は平伏した。


「皇子様とは露知らず飛んだ御無礼を!」


 誰もが慌てて地に膝を突く。


「今は内々の探索中だ大事ない。それより妖虎だ」

「名高き剣仙の皇子様が与力して下さるのですか?」

「もともと俺達はその為に月門に来たのだ」


 おお、と邑人達が喜色を浮かべて湧いた。


「お前は田単(でんたん)の邑から来たのだな?」

「どうしてそれを⁉」


 刀夜に言い当てられ助けを求めに来た男は目を大きく見開いた。


「次の襲撃は田単と踏んで今から向かう所だったのだ」

「おお! おお!」


 これ程の貴人が自ら本当に助けてくれる。

 草臥(くたび)れた男は感涙に咽び言葉を失くした。


 これでもう大丈夫だと。邑人達からも歓声が沸く。刀夜の剣名はそれ程迄に庶世に浸透していた。


 喜び湧く邑人達から離れ刀夜はそっと蘭華の耳元に口を近づけた。


「済まないが力を貸して欲しい」

妖魔(あやかし)退治は導士の本分です。是非もありません」


 刀夜が馬を預けた丹頼の屋敷へと向かおうとして牡丹が前に進み出た。


「二人共、(わらわ)に乗るのじゃ」

「牡丹!」

小邑(むら)が襲われ既に二刻は経っておろう」


 田単まで馬で飛ばして一刻程。諸々の時間を考えればかなり時間を浪費してしまっている。


「私達は助かるけど良いの?」


 麒麟は人を背に乗せるのを嫌う。それが主人であってもだ。それなのに牡丹は蘭華のみならず刀夜も運んでくれると言う。


「この馬鹿が騒ぎを起こしたせいで蘭華が奇門遁甲を使う羽目になったのじゃ」

「うにゃ〜」


 先程の失態を(なじ)られ芍薬は申し訳なさそうに顔を両足で覆った。


「お主も手伝うのじゃ!」

「うみゃ!」


 了承したとは言え人を乗せるのが嫌なのは変わりない。八つ当たり気味に牡丹は蹴り飛ばして封印を解くと、芍薬が悲鳴を上げてぼふんと白虎へと戻った。


「そっちの大男はお主が運べ」

「うっ、うむ」


 本当は嫌だったが芍薬は相当お冠の牡丹に怯えて承諾した。


「荷は翠蓮に預けておくのじゃ」

「ちょっと!」


 次に牡丹は麻袋を鞍に結び付けている紐を神炎で燃やすと翠蓮の前にドサドサと荷が落ちる。


「これ一石以上あるのよ⁉」

「お主にも罰じゃ。きちんと見張っておくのじゃぞ」


 翠蓮が悲鳴を上げる。が、牡丹は意に介さない。


「ごめんなさい翠蓮」

「行くぞ蘭華」


 颯爽と牡丹に騎乗した刀夜が蘭華を引っ張り上げて横抱きにした。


「ああ! 何よその恋人みたいな二人乗りは!」


 翠蓮が叫ぶが走り出した牡丹の速度にその声は置いていかれた。夏琴を乗せた芍薬も僅かに遅れて追随している。


 牡丹は速かった。


 目に映る景色が一瞬で流れていく。馬など比較にならない。まるで空を飛んでいるようだ。


「いや、飛んでる⁉」


 牡丹の蹄が地煙を上げていない。

 虚空を蹴って疾走しているのだ。


 しかも、まるで風の抵抗を感じない。

 牡丹が気流を操っているのだろうか?


 虫さえも殺すのを嫌い地に足をつけず気象を操る竜頭の聖獣。


(やはり牡丹は……)


 自分の腕の中にある小さく華奢な蘭華が国家を揺るがす程の強大な力を秘めている。皇子の立場としては由々しき事だ。だが、刀夜には腕の中の温もりが何より愛おしい。


(考えるのはよそう。今は窮奇だ)


 まずは目の前の事を片付ける。刀夜は真っ直ぐ田単の邑へと繋がる空を見詰めた。


「刀夜様?」


 腰に回された腕で引き寄せられ蘭華は戸惑った。殆ど刀夜に包み込まれるような格好で少し気恥ずかしい。


 だが、意外と逞しい刀夜の胸に(いだ)かれると心安らぎ、それがとても心地良くて蘭華は身体を預けるようにしなだれた。


「蘭華、(くだん)の妖虎だが」

「……はい」


 蘭華の頭上から声が下りる。少し夢見心地であった蘭華の意識が現実へと引き戻された。


「殺さずに捕らえたい」

「それは何故?」

「これは他言無用だが……」


 刀夜が自ら月門にまで出向き内々で処理しようとしている事件。間違いなく国家の機密に関係するのだろう。蘭華は黙って頷いた。


「妖虎の正体は――」

「話し中済まぬが到着じゃ」


 牡丹に言われて顔を上げれば確かに小さく小邑(むら)の囲郭が視界に入った――と思うのと同時に、田畝(でんぽ)を越えて邑へと辿り着いた。


「おいおい、四半刻と経っていないぞ」


 馬でも一刻はかかる距離を(またた)く間に走り抜ける牡丹の神速に刀夜も舌を巻いた。


 更に牡丹はぐんっと上昇すると一気に(やぐら)の上へと躍り出る。


「刀夜様、あれを!」


 上空から邑内を見下ろした蘭華が小邑(むら)の中央部を指差した。


「あれは……」


 闇の如く黒い有翼の巨虎がちょうど刀夜達の方へ首を巡らせたところだった。

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