第二十四話 剣仙の皇子と魔女への恋心
胸騒ぎがして蘭華の後を追った刀夜が見たのは、大地に浮かぶ巨大な方術陣。中央には蘭華らしき姿があり、周囲で男達が武器を構えている。
「蘭華!」
蘭華の危機に我を忘れて刀夜は走り寄ろうとしたが、夏琴に背後から肩を掴まれた。
「いけません危険です!」
「だが蘭華が……」
「お立場をお考え下さい」
「くっ、分かった……」
それは刀夜の身を案じての忠言である。無下に突っ撥ねられる筈もない。
刀夜は光る足元へと視線を落とした。光が線や文字となって大きな法術陣を地面に形成している。
「これは……蘭華の方術でしょうか?」
「恐らくな」
光からは膨大な魔力を感じる。刀夜には何となくそこから蘭華の優しい温もりが感じられた。
「遁甲盤に似ているな」
「あの吉兆の方角や占いを行う導士の方具の事ですか?」
「ああ……だが、これ程の規模で占いもないだろう」
かなり大掛かりな方術であると予想されたが、そこまで方術に詳しくない刀夜には蘭華が何をしようとしているか理解できない。
「刀夜様!」
「あれは?」
蘭華が天に伸ばした腕を振り下ろすと『傷』と『杜』の文字が浮かび上がる。その途端、蘭華へ剥き出しの敵意を向けていた男達の動きが止まった。
「い、いったい何が?」
「分からんが……きっと方術の秘奥の一つなのだろう」
更に蘭華が腕を男達に向けると『休』の文字が浮かぶ。それと共に男達は戦意を失い武器を下ろし、遂には去って行った。
「まさか人心を操る術⁉」
夏琴が驚嘆するのも無理はない。人の心を誘導する方法は数多ある。だが、瞬時に本人達の意思を強制的に捻じ曲げる程の術はない。
「蘭華!」
だが、そんな事よりも刀夜には蘭華の身の方が心配だった。
「無事か蘭華!」
「刀夜様⁉」
走りよって刀夜が名を呼べば、振り返った蘭華が目を見開いて驚く。
「どうして此処に?」
「俺が来てはいけなかったか?」
「い、いけないなんて……」
質問を意地悪な質問で返せばしどろもどろになる蘭華も可愛い。
「それなら俺が蘭華の傍にいたいと思っても問題ないな」
「そ、傍って⁉」
「嫌か?」
「――ッ⁉」
耳元で囁けば顔を真っ赤にする純情な蘭華も可愛い。
(ああ、本当に可愛い女性だ……)
その時、刀夜は素直に蘭華への想いを認めた。
(俺はどうやら蘭華に心惹かれているらしい)
蘭華を傍に置きたいと刀夜は願ってしまった。
(しかし、その為には多くの障害がある)
蘭華の出自の謎、強力な霊獣を使役し人心まで操る強過ぎる力、そして何より神賜術に対する偏見と無爵位への差別。
刀夜が臣籍降下したとしても蘭華を傍に置けば色々と外野が煩いだろう。
(それらを黙らせるには……)
そこまで考えて刀夜は苦笑した。
(何を逸っているんだ。まだ蘭華の気持ちも確かめていないと言うのに)
相手が自分と同じ気持ちとは限らない。
(だいたい蘭華と出会ってまだ一日と経っていないしな)
思っていた以上に蘭華に舞い上がっていたのだと、自分の事ながら刀夜は内心で呆れてしまった。
「蘭華」
「何でしょう?」
真正面から澄んだ青い瞳に覗き込まれ蘭華は不思議そうに小首を傾げた。
「俺は剣ばかり振り回す空け者だったらしい」
「……?――刀夜様はとても素敵なお方ですよ?」
「そう言ってくれるか」
刀夜の青い瞳が熱を持ち、微笑みが甘く変わる。蘭華は思わず見惚れて、気付かぬ内に顔を熱くした。
刀夜の武骨な手が蘭華の黒い髪に優しく触れる。刀夜は顔を近づけ他に聞こえないよう蘭華の耳にそっと囁く。
「俺はどうやら蘭華に惚れているらしい」
「――ッ⁉」
その告白に紅玉の瞳が大きく開き蘭華は言葉を失った。
「お前に相応しい男になった時に改めて告白する……だから、それまで考えておいて欲しい」
「あ、あの……私……」
「大変だーー!!」
その時、危急を告げる大声が突き抜け、蘭華の言葉を打ち消した。




