99.お茶会の主催
朝になる。
今日はローラたちとのお茶会だ。時間は昼過ぎからスタートである。
目覚めの良い朝でベッドで上半身をおこすと伸びをした。
「おはよう。ご主人様」
「あっ、おはよう、リア」
すでに起きていたリアは机で本を読んでいた。誰が入ってきても良いように猫の姿は保っている。
「何の本を読んでいるの?」
「『ゼフティアの歴史と未来』という本」
「あー、私、まだその本は読んでないのよね。法律や経済の話などが難しくて。それにいまの貴族の派閥などを理解するには必要な本なのだけれど」
「大丈夫。暗記して、何か役立つことがあれば念話で伝える」
リアとは念話でも会話可能であった。
恐らく本の内容が役立つことがあればアドバイスをしてくれるということだろう。非常に助かるが自分でも読んで理解はしておこうと考えるリゼであった。
朝食の席でリアのことを両親たちに話しておくことにする。最初に食堂に到着したリゼは席についた。リアはアイシャに抱っこしておいてもらっている。なんだかんだアイシャには身を預けることを認めたようだ。
伯爵たちはアイシャの抱く猫を見て驚いた様子を見せたが席につくなりその話をしてきた。
「リゼ、猫を拾ったのかな? 飼ってもよいぞ」
「そうね。なかなか可愛い猫じゃない。毛並みも良いわね。帽子を被っているのは気になるところだけれど」
二人は問題ないと判断したようだ。
「ありがとうございます。ただ、普通の猫ではなくてモンスターなのです。手懐けまして」
「モンスター? あの猫が……?」
「はい。名前はリアです。リア」
するとアイシャが頭の帽子を外すとリアは人間の姿になった。
「はじめまして、リアです。リアはご主人様の忠実なる配下。宜しくお願いします」
伯爵たちは驚いて立ち上がってしまっている。
「リア……といったかな。君はモンスターなのかな? 人にしか見えないが……さっきのは何かの幻影か何かだとしか」
「羽がある」
小さな羽を出現させた。伯爵は絶句していたが、我に返って質問を続けた。
「リア。君は人に危害を加えないのかな?」
「ご主人様が望まない限りは。私が人間に対して自発的に動くのはご主人様が危機に陥ったときだけ。他は命じられなければ何もしない。敵対的モンスターには自発的に攻撃する。でも空気を読んで無謀なことはしない」
「そ、そうか。なら安心した。しかしリゼ、随分と新しいことが次々と起こるね……」
「そう、ですね……」
リゼとしても好き好んでこのような状況を作り出しているわけではないのだが、神々に遭遇してからというものの、随分と色々と起きてしまっている。
「私からも一つ良いかしら。なかなか可愛らしいですし、その姿で過ごしても良いのではないかしら?」
「助かります。羽はしまう」
「そうね。良い判断だと思うわ。これから宜しくね。その格好では目立つから、メイド服を用意させましょう」
「うむ。ではまあ、リアよ。君を使用人として迎えよう」
伯爵たちは驚きすぎているのか、どこで手なづけてきたのかというところまで頭が回っておらず、リゼはホッとした。聞かれた場合は、正直に話すつもりであった。
朝食を終えるとリゼとアイシャは即座にお茶会の会場をセッティングする。リアはランドル伯爵邸の構造を理解したいとのことで歩き回りに行った。
それから厨房へ向かうと、料理長に教わりながらアイシャと共にケーキ作りに励んだ。ケーキが出来上がるとスノースピアで氷を沢山出して冷やしておいた。氷は購入することが基本で、非常に貴重であるため、料理人たちは驚いていた。
そしてクッキーなども頑張って作ってみた。
試しに味見をしてみたがなかなか美味しかったので、お皿に盛り付ける。なお、料理長たちにも味見をしてもらったが完璧だということで、少し嬉しくなるリゼだ。
バタバタしているといよいよお茶会の時間が迫ってくる。正面玄関に馬車が到着したようだ。
『ご主人様、誰か来たみたい』
『友人たちよ。問題ない方々だから安心して』
『分かった』
ほどなくしてメイドが中庭へとローラたちを案内してきた。
「今日はお越しいただきありがとうございます! それでは皆様、席にお着きください。茶葉は当家の領地で栽培しているものです。それからケーキやクッキーなどの軽食もご用意させていただきました」
リゼは三人に向かって挨拶をする。ローラたちは楽しみにしていたのか、笑顔だ。それから「ご招待ありがとう。とても素敵ね」などと言った挨拶をローラがしてきて、一同は席につく。
いよいよお茶会がスタートだ。
軽く近況報告を終えると、ローラが現状の派閥争いについての話を始めた。
「唐突だけれど、最近の派閥争いについて話しておくわね。まずアンドレ王子派なのだけれど、帝国の大公が許可をしない限りは派閥に入れないみたいね。筆頭貴族はアンドレ王子の幼少期からお仕えしていたオースト=サン・ジョルジュの生家であるジョルジュ侯爵家よ。それからモルヴァン伯爵家、ロセル子爵家ね。アンドレ王子の場合は帝国そのものが後ろ盾ということもあり、帝国と交易があった国境付近の貴族が選ばれているみたいよ。婚約相手はリゼ、あなたという想定で動いているみたい。あと、アンドレ王子の場合、王位を継げなくても帝国の大公を引き継ぐことになるから、活発に動く必要はないと考えているようね。大公の有する軍事力、経済力を引き継げれば一国に匹敵するものね。次にジェレミー王子派だけれど、王妃様の統括の下、着実に勢力を伸ばしているみたいね。今回のアンドレ王子騒動で離脱した家柄はないみたい。ただ、ここ数年で一気に勢力が拡大したせいで一枚岩ではないみたい。最後にルイ王子派だけれど、いくつかの家が派閥を離脱したわね。私の家やリゼの家みたいに。筆頭貴族はバルニエ公爵家で、私の父が言うには統制を取れるような人ではないにも関わらず、なぜか統制が取れているみたい。最後に中立派は三大公爵家のうちカステナ公爵やドレ公爵といった家柄が現状維持でいるから、王位継承権問題は大きくは動いていない模様ね」
リゼは状況をある程度理解した。こういった話は情報を仕入れる術がないため、ありがたいと思うしかない。続いて、コーネリアが発言する。
「私が思うに、二つの公爵家が今後どのように動くのかという点が大きな影響を及ぼすと思いますが、結局のところはアンドレ王子派閥がどれくらい真剣にゼフティア王という立場を狙うかが鍵でしょうね。あとはアデールの家のように商売が成功していて国にうまく貢献している裕福な貴族たちの動向も気になるところです」
「商売という観点で言いますと、やはり帝国に近い北方に領地がある家柄が強いですね。アンドレ王子派のロセル子爵家も商売がうまくいっているはずです。南方は辺境領域の鉱山事業などでうまく儲けている家柄もあると思いますが、国とは最低限の関係しか保っていません。辺境の人たちは帰属意識がほとんど皆無といっても良いと思います。ただ、そういった家柄に謎の男が接触を図っているという話を聞いたことがあります」
アデールから情報を聞いて少し不穏な空気を感じ取った。
「なるほど……なんだか怖いですね。皆さん、ありがとうございます。辺境領域の件はなんだか気になってしまいます。謎の男……少し調べてみたほうがよいかもしれません。そういえばの話で恐縮なのですが、中立派はダンスパーティーなどではどのように立ち居振る舞っているのですか? 他の派閥の人と会話をしたり、踊ったりするのでしょうか?」
謎の男の話はラウルなどにも相談してみるのが良いだろう。一応、聞いた話はあとで日記にメモしておくことにしたが、今後はルイ派貴族ではなく、中立派貴族として立ち振る舞うため、詳細を確認しておくことにする。
「立ち話はするけれど、ダンスの相手をつとめるのは事前に申し込みなどがあった場合よね。いきなり誘われてもお断りするのが基本だと思うわ。派閥への引き入れだとか、色々と勘ぐられてしまうから」
「ローラ、ありがとうございます。勉強になります」
ここでコーネリアが質問をしてきた。
「ところでこのクッキーやケーキ、美味しいですね? リゼさんの家には優秀な料理人と言いますかパティシエの方がいらっしゃるのでしょうね。私、よく一人でお茶会を楽しんでいるので、こういった軽食はよく口にするのですが、相当美味しい部類です」
「確かに美味しいですね!」
「思えば無意識的に沢山食べていたわね……」
「あ~、実はそれは私とメイドのアイシャが料理長から教わりながら作ってみたのです」
三人は驚いたようで「えっ?」という雰囲気になっている。確かにリゼも料理を始めてみる前であれば、お茶会の軽食を自分で作ってみましたと言われたら驚いていたかもしれない。
「遭難した時に食べられるものとそうでないものを見分けたり出来ますし、何かと役に立つのですよ! それに料理とは奥深くて毎日が発見です! という、感じですね……」
リゼは興奮気味に話してしまい少し恥ずかしくなった。




