95.思いがけない場所
リゼが黙っているとフォンゼルが口を開いた。
「あれはグラミス、覚えている魔法はしびれ効果のある粉を撒いてくるものです。風魔法で跳ね返せば問題ないでしょう。それと一般的な攻撃は根の部分、つまり足の蹴りつけ、幹の巻き付きで、花には毒があるはずです」
「フォンゼルさん! ご存知でしたか、ありがとうございます。知らないモンスターなので、どうしようかと考えていたところでしたので」
「お嬢様、どのように立ち回りますか?」
「そうね……三体いるけれど、動くのが遅そうだから壁を展開して隔離して確実に倒すのが良いかな。まあ、一人が一体を倒しても良いのですが、粉を撒かれたら困るから一体ずつ確実に倒しましょう」
アイシャは頷き、フォンゼルは剣を構えた。リゼが合図をすると一気に距離をつめにいく。
まだ気づかれていないため、声を出さないように心のなかで魔法を発動する。
(アクセス・マナ・コンバート。ウィンドウェアー!)
速度をあげたリゼはひと足早くグラミスたちに接近すると、一体を切りつけた。グラミスたちは気づいて、リゼに攻撃しようと体の向きを変えてくる。
(インフィニティシールド)
冷静に結界を発動し、一体を隔離した。グラミスはリゼとの距離があるため、魔法を発動してくる。
麻痺効果のある粉が周辺に噴射された。リゼの予想は直線上に射出されるのかと考えていたため、予想外であったが、風魔法で吹き飛ばすことにする。
「エアースピア!」
勢いよく風が吹き、グラミスの放出した粉は後方へと吹き飛ばされた。その瞬間、アイシャとフォンゼルがリゼの横を通り過ぎ、グラミスを切りつけた。グラミスは動かなくなった。
隔離している二匹のグラミスは壁に向かって根を打ち付けたり、一体が魔法を発動したようで、粉が結界内を覆っていた。
「グラミスは遠距離から魔法か弓、手斧で倒すのがセオリーではありますが、どうやらリゼ様はこのように隔離する特殊な魔法を使える模様。それならば、冷静にあの粉を飛ばして接近戦で倒すのもありでしょう」
「そうですね。ただ、解除したらすぐに風で飛ばしますが、もう一体が魔法を使ってくる可能性がありますのでお二人は離れて攻撃してもらってもよいでしょうか。私は速度を上げているので、粉に巻き込まれずに離れられるので」
二人は同意したのか距離をおいて魔法の詠唱のためにスタンバイしている。リゼは壁を解除しつつ、ウィンドウェアーで速度を再度上げた。
そして距離をつめつつ魔法を詠唱した。
「エアースピア! アイスランス! ウィンドカッター!」
まず風で粉を吹き飛ばし、その直後に氷の槍と風の刃がグラミスたちを撃ち抜くと、アイシャやフォンゼルが魔法を詠唱する前にグラミスたちは倒れた。
リゼは新しく覚えた魔法を実戦で初めて使ったが予想外の破壊力で驚くしかなかった。
(うわぁ……新しい魔法、だいぶ強いみたい……。そうよね、いままではスノースピアが氷の粒を噴射するという唯一の攻撃魔法だったわけだけれど、アイスランスなどは本格的な攻撃魔法だから強いに決まっているのかも……)
アイシャとフォンゼルがグラミスを一箇所に集めてくれたため、アイテムボックスに入れようと思うが、花の部分に毒があるということで万が一にも他の人が触っても問題ないように糸を巻き付けて見えないようにしてから収納した。リゼが見た限りどうやら毒レベル1のようである。
「お嬢様、今回のボスはどういうモンスターですかね?」
「うーん、まずグラミスを知らなかったから、私も知らないパターンかな……フォンゼルさんはご存知ですか?」
「申し訳ないです。私は斬ることのみを目的としていたため、ダンジョンにおけるパターンなどの細かい話は分からないのです」
「全然大丈夫です……! でも思うに、道中がある程度強い場合はボスはその分、強いモンスターにはならないはずよ。ちょっと弱いモンスターというか」
アイシャが「分かりました。念のため気を引き締めますね」と頷いてきたため、先を目指すことにする。
宝箱がある部屋に向けて歩くリゼたち。グラミスとはあれきり遭遇せず、むしろ他のモンスターとも一切遭遇していない。
おかしいなと思いダンジョンマップウィンドウを眺めていたリゼはあることに気づいた。特定の位置でモンスターを示す赤い点が消えたのだ。
(何かな……。一応、見てみましょうか)
アイシャやフォンゼルに気になる点があるということを伝えると警戒しながら該当する場所を目指す。
しばらくするとその場所に到着したが、リゼたちは驚きの声を漏らす。
「えっ……」
「これは……」
「ふむ……」
壁の一部が崩れ、陽の光が差し込んでいた。地震か地盤沈下か何かで外に通じる穴が出来てしまっている。モンスターの足跡のようなものが外へと続いていた。
「これはいけませんね。稀にこういうことが起こります。こういう場合、まず周辺に被害があって、緊急で調査をして、こういった穴を見つけてダンジョンを攻略して消滅させるというのが定石です。外に出たモンスターは放っておくと周辺の街などに被害を及ぼすかもしれません。リゼ様、いかがしますか」
「倒しましょう。まず、ダンジョンの通路には結界を二枚展開して……。よし、これでこの穴から新たにモンスターは出られないはず。行きましょう!」
三人は穴から外に出る。すると雪が積もっていた。ここはどこだろうかとリゼは考える。
すかさずワールドマップウィンドウを開いてみた。
詳細が表示されるがよくわからないので縮小していったところ驚いてしまった。
「えっ……ここは」
「お嬢様?」
「どうやら北方未開地みたいね……」
「随分と離れたところに来ましたね……」
見たところ北方未開地のちょうど中央付近だろうか。通常は上陸もままならないため、こうしたイレギュラーな方法でないとなかなかたどり着くことはできなかっただろう。思いがけない場所に来てしまった。
周囲を見回すと雪のおかげでモンスターの足跡がある。幸いなことに雪は降っていないため、足跡が消えることはしばらくはないだろう。それでも念のため、目印をつけながら足跡を辿る。
五分ほど歩いたところでモンスターの後ろ姿を捉えた。紺色で狼のような姿をしている。ただし、四足歩行ではなく二足歩行である。戦闘ウィンドウを開いて確認することにした。
【名前】ウルファーグ
【レベル】10
【ヒットポイント】29/29
【加護】なし
【スキル】火傷耐性(レベル2)
【武器】なし
【魔法】ロッククロー
(ウルファーグ! 後ろ姿からは分からなかったけれど、リッジファンタジアにおいては初級ダンジョンのレアモンスターだったはず。ゲームにおいては経験値的なものが多く得られるのよね。火傷耐性は火属性魔法への耐性であって、炎で囲まれても案外なんとかなるという感じのもの。ちょうど遭遇した時のパーティーがレイラ、エリアスだったせいでエリアスの攻撃がきかなくって苦労したっけ。レイラの闇魔法で滅ぼしたのだけれど……あのスキルは非常にレア。しかもレベルが2なんて。コピーしておきましょう)
リゼは小声で呟いた。
「火傷耐性をコピー、スキルアブソーブ」
すると半透明の光がウルファーグへと向かい当たった。ウルファーグは全く気付いていない。
リゼは(よし!)と喜ぶが、すぐにどのように対処するか考える。
動きが素早いため、アイスレイなどはかわされてしまうかもしれない。結界で囲んでしまえば動きは封じれるが、こちらの攻撃を当てることもできなくなってしまう。
「お嬢様、どうしましょう?」
「アイシャ、クレイバウンドで動きを一瞬でも止めることは可能? アイスレイよりも効果範囲が広いから当たる可能性が高いから。あと体力は少ないから二発程度の攻撃を当てれば倒せるはず」
「分かりました」
フォンゼルは何か作戦があるのだろうと、剣をウルファーグへ向けた。
(もしとめられなかったら結界を壁型で展開して動きを止めましょう。臨機応変に!)
リゼは二人に頷くと、魔法を詠唱する。
「ウィンドウェアー! アイスランス!」
素早さをあげつつ、氷の槍を二本射出した。ウルファーグは迫りくる氷の槍を感じ取ったのか反転しながらジャンプしてかわすと、リゼたちめがけて駆け出してきた。いままで見たことがないスピードだ。
「クレイバウンド!」
アイシャが魔法を発動すると地面が歪み、ウルファーグは片足を取られてバランスを崩した。
どれだけ素早くても駆けるためには地面に足をつけるしかないため、うまく足止めに成功できた。




