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93.観劇

 状況的にまずいことになっているかもしれないとリゼは考え込む。


(ここ最近、集まって練習できていないせいで、友人とはいえ、数日おきに別の異性と会っているのよね。流石にまずい気がする。お母様は気にしないで良いとお話されていたけれど。はぁ……どうすれば良いの……)


 みんながアピールをしてくるため、リゼにはどうしようもないことではあるが、流石にみんなに申し訳ない気持ちになってくる。友人から友人以上の関係になるためには何が必要なのか〈知識〉を持ってしても分からない。母親である伯爵夫人にそれとなく聞いてみたが「いずれ分かる時が来るわよ。それまではいまのままで良いのではないかしら?」と言われてしまった。

 少なくともいまのリゼにとっては、今後迫りくる何かしらの運命に対して準備を行うというのが命題であり、誰かを少しずつ好きになったり、一目ぼれしたりという余裕がない。


「お嬢様、明日はジェレミー様と舞台でしたよね」

「そうね。いままでほとんど毎日のように会っていたからこんなに日にちが空くと不思議な感じ」

「確かに……例のパーティーの日からほぼ毎日いらしていましたからね……明日はどのタイトルを見るのですか?」

「実はジェレミーとはアトリエで落ち合うことになっていて、チケットもないから分からないのよね。あのアトリエに行くのも久々ね」


 部屋に飾っているアンドレ作『畢生(ひっせい)』を眺めながら呟く。


「思えばお嬢様が美術館に行かなければ、カイさん、もといアンドレ様とも知り合うことはなかったでしょうし、運命ってわからないものですね」

「そうね……それにエリアナ嬢とのお茶会をすぐに切り上げなければジェレミーとも会っていないし、ラウル様と私だけの剣術の練習だったら剣術大会に出ようとは思わなかったかもしれない。そうするとエルにも会っていなくて……偶然が重なっていまがあるのね……」


 良かれと思った行動が、予想外の展開につながっていた。しかし、みんなとの出会いがなければ、いまのレベルに達していたのかといったところは微妙だ。みんなからの好意には戸惑うものがあるが、少なくとも後悔はないとリゼは思うのであった。彼らの気持ちに対してどのように振る舞えばよいのかはまだ十二歳であるし、どうすればよいのかまったく分かっていないが。


「そうですよね。目立ちたくないと仰っていたお嬢様もいまではだいぶ有名人で、伯爵様たちは誇らしく感じられているようですよ」

「お父様たちが?」

「はい。自慢の娘だと仰っておりました」

「そうなのね……」


(まさかお父様たちがそんな風に見てくださっていたなんて……嬉しい。頑張ってきたことを認めてくださっていたとは……こんなに嬉しいことはないよね。ふと思ったのだけれど、胸を張らなきゃ! 私はランドル伯爵家の娘として誇りを持って生きるべきよね。それに帝国からは子爵位をいただいてしまった。ヘルマン様の顔をつぶすわけにもいかない)


 リゼは少し涙腺にくるものがある。まさか、伯爵たちがそのように思ってくれていたとは知らなかったからだ。むしろ、(危ない行動の数々にあきれ果てているのでは……)とさえ考えていた。率先してダンジョンに向かうなど、ゼフティアの令嬢としては完全におかしな人物であるし、ドン引きされていると思いこんでいた。

 アイシャを見つめて、静かに宣言する。


「私、これからは……ランドル伯爵家の一員として、誇りを持って生きようと思う! 目立ちたくないというのは変わらないのだけれど! 他の人からどう見られるのかだとか、そういう点はきちんと考えないと。ランドル伯爵家の誇りに泥を塗らないようにしなきゃ。そう考えると社交界で恥をかかないようにローラたちに色々と教えてもらわないと。私、それとなく攻撃されても沈黙するか言い返すことしか出来なかったから……どのように対処すれば良いのか勉強しましょう」


 リゼはある意味で、〈知識〉によって、保身に走りすぎていたと改めて思う。神々との遭遇により、〈知識〉を得て危険な未来を予見したことで、目立ちたくないという思いから、後ろ向きな性格になっていた側面がある。〈知識〉によって悪役令嬢の取り巻きになる定めだと知ったことで恐怖を感じたからだ。だが、ランドル伯爵家の一員として誇り高く生きていこうと考えなおすのだった。どうすれば良いのかすぐには分からないが、少なくとも十五歳で学園に入る頃には凛とした態度で構えていられるようになりたいと考えた。


「全力でお支えします」

「ありがとう、アイシャ。自分から率先して注目を集めようとは思わないし、出来る限りは目立たないようにしたいのだけれど、常に見られていると意識して堂々としていようと思う」

「ふふ、頼もしいです、お嬢様!」

「あとは将来の夢を見つけないと!」

「その意気です!」


 何気ない会話からリゼの意識が少しだけ変わった。日々、努力はしてきていたが、伯爵たちが誇らしく思ってくれているとは考えてもいなかった上に、帝国子爵としておどおどとするのは家族やヘルマンに失礼だ。今後はランドル伯爵家の名に恥じぬように堂々と生きていく。

 そして、将来のことを真剣に考えることにする。自分が何をしたいのか、まずはそれを明らかにする必要がある。そして、好意を抱いてくれているみんなに対して、どうすれば良いか……という点も考えるべき内容だ。


 それから夕方になり、美術館へと向かう。絵画を少し眺めた後、十八時に約束の集合場所、アトリエに向かうのだった。


「ジェレミー、もう着いていたんですね」

「あれ、少し雰囲気が変わった気がするけど」

「そうですか?」

「うん。いつもは外だともう少し頼りない感じだったけど、いまはまるで剣術の練習をしている時みたいに少し自信のようなものを感じるなぁ」


 ジェレミーはリゼの雰囲気を感じ取る。まさかこんなに早く気づかれるとは思ってもいなかったが、流石はジェレミーといったところだろうか。


「……鋭いですね。実はその通りです」

「何があったのか気になるなぁ〜」

「実はお父様とお母様が私のことを……えっと、まあ、色々と少しだけ心変わりする機会がありまして。後ろ向きな考えはやめて少し前向きに生きようかなって。いままでは目立ちたくない、ですとか、死にたくない……みたいなことを何度か口にしたことがあると思います。覚えていますか? でも、それって私のことを認めてくれている人たちに対して失礼だなって思ったのです。確かに先日のようにいきなり襲撃される可能性はあって、怖い気持ちはあるのですけれど、その懸念のために怯えて暮らすのもよくないなって。もし襲撃されても、毎日の練習の成果を出せば良いだけですし、今後は何かあったらどうしようではなくて、いざ何かあったら最善の対応を行うというスタンスでいこうかなと。そして、レベルアップして、技術力を磨いて対応できるように頑張ろうと! なので、前向きに生きます! 何かあったらジェレミーからいただいたこのペンダントが勇気をくれますし、きっと助けてくれます。なので、ジェレミーも私の背中を押してくれた一人なのですよね。ありがとうございます」


 リゼはジェレミーに生き方を変えるという話をした。元々、神々と会うまではこれといって何も考えずに屋敷で日々を過ごしていたのだが、神々と遭遇してからは恐怖からか後ろ向きになりすぎていたというのがリゼの考えだ。

 ジェレミーは黙って聞いていたが、少ししてから頷いてくる。


「なるほどね。リゼも一皮剥けたってことかな」

「そうだと思います」

「成長しているなぁ、リゼも。僕も成長しないといけないかな」


 ジェレミーはリゼに近づくとひざまずいて手を両手で握りしめてきた。


「え? あの……」

「これ以上はライバルを増やさないでね? ライバルが多くて望み薄となったら母上が相手を無理やり決めそうだからなぁ。もちろん阻止するけどね」


 ジェレミーが何事もなかったかのように立ち上がったため、リゼも先ほどの行為には触れないでおく。


「流石に増えたりはないと思いますよ……」


 そんなことになったらむしろ困ってしまう。

 ジェレミーはいまの願いを口にする。


「それはどうかな。まだ数人は増えそうだよね。まあ、いますぐ婚約してくれたら……僕としては最高なんだけどね。そろそろ時間があぶないかな。劇場に向かおうか〜」

「あー……今日は何を見るのですか?」

「それは秘密かなぁ」


 アンドレやエリアスのようにジェレミーも気持ちをストレートにぶつけてくるようになって困惑しかないが、いずれその時が来たら答えを出さなければならない。

 二人は劇場のロビーへ戻ると、ジェレミーと共に王室用の特別席へと案内される。そこは専用の部屋のようになっており、軽食も出される豪華なVIPルームだ。


「すごいですね……三階はこのようになっているのですね」

「豪華仕様ではあるよね〜。しかもほら、下からの視界は遮断されるような作りになってるんだよ」

「本当ですね……」


 リゼたちのいるボックス席からは劇の舞台のみが見える構造で、客席は一切見えないようになっている。つまり、客席側からはリゼたちの姿は見ることは出来ない、王族のためのプライバシーを尊重された作りになっている。


「ジェレミー様、ランドル伯爵令嬢様、何かお飲み物はいかがですか?」

「じゃあ紅茶をもらおうかな」

「私も紅茶でお願いします」

「かしこまりました」


 それから紅茶が運ばれてきたので、念のためジェレミーの分と自分の紅茶を直視するが毒などはなさそうだ。

 時間まで歓談することにした。

 すると、幕が上がり、劇が始まる。物語は『失意の凱旋』とは比べ物にならないほどのハッピーエンドだった。貴族の男と貴族の女の話だ。

 二人は愛し合っていたが、一時的に離れ離れになる。しかし、貴族の男が探し続けて再会をし、二人は結ばれるという展開であった。幕が閉じてしばらく黙っていたジェレミーに感想を聞いてみる。


「どうでした?」

「んー? まあ多少気持ちが分かるかなって。一つ言えるとしたらさ。リゼがもし行方不明になったら見つけるまで探し続けるからね。もうこの前のダンジョンみたいなことはこりごりだから。いま、色々と対策を考えているところ~」

「ありがとうございます。ジェレミーがもし何かに巻き込まれたらすぐにメッセージをくださいね。私も駆けつけます」

「あ、あぁ」


 それからジェレミーは押し黙り、いつもの彼に戻るまでに時間を要するのだった。


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