92.王宮での歓談再び
アイシャの案を試してみることにした。
念のため、壁を貫いたりしたら困るのでインフィニティシールドで壁を作っておく。
「そうね……ちょっと試してみるね」
「はい!」
少し、頭の中でエアースピアとアイスランスを同時詠唱するタイミングを調整する。何度か練習して、イメージできるようになったリゼは目を開き、手を構える。
(同時ね。どれくらいの威力になるのかな)
「アイスランス!」
アイスランスを詠唱した直後に、エアースピアを無詠唱で詠唱したところ、先ほどよりも速度が速く氷の槍が射出され、結界の壁に当たって砕け散るのだった。
「すごい音でしたよ。これは確実に使えそうですね。戦いの幅が広がりそうです。私が攻撃魔法を習得したことで、お嬢様と二人だけの練習も実践形式で行えそうですよね?」
「うん、かなり色々考えながら練習できそう」
こうしてリゼたちはついに新しい魔法を習得したのだった。習得した魔法はいずれも初級魔法ではあるが、着実に成長をしている証拠だ。
(明日はアンドレとの一週間に一度の歓談、もといお茶の日。狩猟大会の話もしておかないと)
次の日の朝、早速準備をして王宮に向かう。アンドレはわざわざ王宮の入口まで迎えに来てくれており、一緒に部屋を目指す。
「かけて。なんだか嬉しそうだね?」
「実はそうなのです。昨日、新しい魔法を使えるようになりまして!」
「おお、おめでとう! 風と氷の両方とも新しい魔法を?」
「はい。これで戦いの幅が広がるので狩猟大会までに何度も練習したいと思っています」
アンドレは(リゼにとっては何よりもうれしいことだろうな)と考えつつ、祝福してくれる。
「流石だよ。実は私も毎日訓練をしているよ。ダンジョンで共闘した時、助けられてばかりだったから少しでも良いところを見せられるようになりたくて」
「アンドレは私よりも勘と言いますか、おそらく才能なのだと思うのですけれど、上達速度が早いので、手合わせしたら負けそうです……」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。でも今の段階では確実に私が負けると思う。いま、王国の騎士たちから剣術の型を再度学んでいて、帝国騎士も専属で魔法を教えてくれているんだ」
「アンドレも私のこと、倒す気満々ですね……!」
急ピッチで鍛えているのか、表情には疲れが少し見えるが、充実していそうな雰囲気だ。アンドレはジェレミーやラウルと比べると、真剣に練習し始めた時期が遅いが、なんとか追いつこうと必死なようだ。
もちろん目標はリゼに勝つことだろう。
「なんとか好きな子よりも強くなりたいものだよ。そのために頑張ってる」
「あー、そういうものなのですね……」
「うん。リゼは強い人と自分よりも弱い人、どちらに惹かれる?」
「え……? それはあまり考えたことありませんでした……うーん、そうですね……あまり強いか弱いかは気にしないかもしれません。たしかに剣術も魔法も好きですけれど、どちらかというと重視するのは性格でしょうか……。どちらか絶対に選ぶというのであれば強い方が良いですね。追いつけ追い越せの精神で切磋琢磨しつつ私も頑張れるので」
出来れば避けたいタイプの話題であるが、いまの気持ちを言葉にしてみる。思えば、アンドレもそれなりに強くなってきているため、周りには強い人しかいない状況だ。ただ、リゼとしてはカイと名乗っていた頃のアンドレとも仲良くしていたように、強いか弱いかというのは重要なポイントではない。
「ありがとう。重視する好きな性格は?」
「まさかのそこを掘り下げるのですね……。これは自信を持って言えることなのですが、好きな性格は努力家です。かっこいいなと思いますし、頑張ってと応援したくもなります。それに私も感化されて頑張ろうと思えるので」
「なるほどね。……ということは一応、努力家ではあるから大丈夫か……でもよくよく考えると他の人たちも努力家だね……」
「アンドレは努力家だと私は思います。他の人たち……というのは、ジェレミーとかの話ですか?」
「そう。ライバルだからね。みんな努力家だからリゼの好みのタイプには分類されるなと思って」
「確かに、そうですね……」
アンドレに指摘されて気づいたが、このまま話を続けるとさらに他のみんなに対して闘志を燃やす可能性もある。話を変えることにする。
「そういえば、狩猟大会は誰と出るのですか?」
「おっ、その質問を待ってたよ。実はロイドと出ることにしたんだ」
「あ、そうだったのですね。たしかロイド=カイル・パーセル……パーセル伯爵令息ですか。お会いしたことはあります」
「なんでロイドにしたか分かる?」
「そうですね……確か強い方だと聞いておりますので、優勝を狙ってお二人で頑張るおつもりですか?」
ロイドの剣は型破りだ。彼と組むのであれば、優勝候補に確実に躍り出るだろう。
「それも多少はあるけど……正解はリゼとは今回、父上の意向というかルールで一緒になれなかったからね、リゼ以外の女性と組もうとは思えないからロイドにしたんだ」
「そういうことですか……今後もこういう大会みたいな何かが開催されることってあるのでしょうか」
「きっとあるよ。でもジェレミーもリゼを指名するだろうから父上がルールを撤回しない限りは一緒に組めるのはパーティーだけになるかな……」
寂しそうにアンドレは言った。しかし、ダンスパーティーは確実にパートナーになれるというアドバンテージもある。リゼは、先ほどのアンドレの話の手前、言い出しづらいが狩猟大会のパートナーのことを伝えておくしかない。
「あの、この流れで申し訳ないのですが私は……」
「カルポリーニ子爵令息と出るんだよね」
「はい……あれ、なぜそれを?」
「周りの貴族たちからとくに聞いてもいないのに聞かされてさ……。婚約推進の話とかと共に」
「大変そうですね……いつも来るたびに会合みたいなことをされてますものね。ちなみに私がエルと出ることになって、もし嫌な思いをされていましたらごめんなさい……」
リゼは謝っておく。まさかアンドレが女性と組まないのはリゼに対する誠意からなのだということを知ってしまうと何とも言えない気持ちになってくる。それに婚約推進とは一体何だろうか。
「気にしないで、むしろ彼は強いらしいから何かあった時にリゼを守る人が居た方が良いし。パーティーでお相手をつとめてくれたら私は満足だよ」
「それは……お任せください。どちらかが婚約したりするまではパートナー的な扱いになるのでしたよね」
「そうなるね。リゼのお披露目会のパートナーはダニー=レグ・マッケンジー、マッケンジー伯爵令息だったかな」
「そうです。お詳しいですね……」
リゼと知り合って間もないアンドレは、他のみんなに負けないように、リゼに対する最低限の情報を国王から聞いたのであった。
「ルイの婚約発表のときにはドレ公爵令息と出ていたようだし、マッケンジー伯爵令息とは何かあったのかな?」
「あの、誰と参加するかはお父様が考えてくださっていたのですが、距離が遠すぎて出席をお願いできなかったのではと思います」
「そうか……たしかにあまりにも距離が遠いと毎回一緒に……というわけにもいかないからね……そうだ、狩猟大会が終わったら一度手合わせしてもらいたい」
「はい、もちろん大丈夫です。私も是非お願いしたいです」
アンドレと試合の約束をしたリゼは屋敷に戻る。
そして数日間、昼にはラウルと、夜にはフォンゼルと剣術の練習に励み、いよいよ剣の軌道を読んで攻撃をかわせるようになってきた。
そしてついに明日はジェレミーと舞台を見る日だ。




