91.新たな魔法
リゼの計画を聞いたラウルはかなり感心したようで、拍手してきた。
「とても熱心だね、リゼは。本当に珍しいタイプだよ。この国の貴族の女性は剣術を学びはするけど、嗜み程度だからね」
「元はと言えば護身用に学び始めたのですが、今となっては趣味みたいになっているかもしれないですね」
「大事だよ。氷属性魔法の使い手というのは誰も見たことも聞いたこともない貴重な存在だからね。それに神から名を授かってもいる。狙われる可能性が普通の人よりも高くなってしまうと思う。対処出来るようにすることは重要だ。それに剣術を気に入ってくれて嬉しいよ。それと魔法の使い方を教えてくれてありがとう。こっちは指導を頼むね」
「ふふ、お任せください。実は攻撃魔法の軌道を変える練習をしているので今度一緒にやりましょう。ジェレミーも同じような練習をしています。曲げられるようにはなっているので、あとは精度ですね」
魔法の練習はひたすら軌道を変え、確実に狙ったポイントに軌道調整できること、という練習を続けている。ジェレミーも同様にライトスラッシュの軌道調整をしており、そろそろラウルもといったところだろうか。
「是非お願いするよ。彼はエリート揃いの近衛騎士から学んでいるから、なかなか我々の発想とは異なることを始めるよね……近衛騎士になるには公にされていない何かがあるらしいんだ。その彼らの知識や技術を直接見れるわけだから彼は恵まれているよね。そしてその彼から間接的に色々と学べる僕たちも恵まれていると思う」
「恵まれている……たしかにそうですよね。この状況に感謝しないとですね。それにしてもまさかラウル様とジェレミーが仲良くされるこの現状というのはパーティーの日には想像できませんでした」
「確かにね。彼の噂はあまり良いものではなかったし、あの日はリゼを困らせていたしね。でも、実際に話してみるとなかなか真面目な人だとわかったし、いまでは友人だよ」
「あ、話は変わるのですが……」
リゼはマッケンジー伯爵令息からの手紙について、念のため第三者であるラウルに話しておくことにした。話を聞くとラウルは眉間にしわを寄せる。
「不可解だね。どういう意図があるのか分からないけど、普通ではない。無視するのが良いよ。もしかしたら、リゼに好意を抱いていて構って欲しいのかもしれない」
「構ってほしい……ですか。おそらくは好意はないと思います。お披露目会の時にもほとんど会話がなかったですし……」
「いずれにせよ、気に留めないのがいいよ。もし嫌がらせをされたりしたらいつでも言うんだよ」
「ありがとうございます……心強いです」
リゼはあの質問リストの全てを読んだわけではないが、家族にしか教えないような話なども質問として書かれていた気がした。なんとも言えない不安感があるため、いざというときに頼れる人物がいるというのは心強い。
(返事をしないことで怒らせて嫌われてしまったとしても仕方ないよね。念のため、仮に今度会うことがあったらもう一度謝りましょう。もしかしたら学園に入ったら同じクラスになるかもしれないし……。でも、もしリッジファンタジアにおけるレイラへの接し方みたいに、攻撃を楽しむような人だったら、戦って勝てるようにしておかないと)
なんだかんだ意識を切り替えようと考えても、マッケンジー伯爵令息からの手紙のことを少し引きずっていたが、ラウルに相談したことで無事に吹っ切れたのだった。なお、ラウルより別れ際にジェレミーからの手紙を受け取った。
部屋に戻ると早速読んでみることにする。
(どうしたのかな。えっと……)
『親愛なるリゼへ。実は最近、監視の目が多いんだよね。そっちに迷惑がかかると困るから狩猟大会が終わるまでは屋敷を訪ねるのをやめておくね〜。ただ、流石に一ヶ月近く会わないのは違和感があるから十日後の十八時に劇場横の美術館で待ち合わせない? 例のアトリエで。舞台でも見ようよ』
(そうだった。アンドレとのダンジョン騒動の前に舞台鑑賞をしましょうと約束していたから……行こうかな。確かあの時、ラウル様も一緒に行くという話になっていたけれど、これは二人で行くということ?)
リゼは手紙の返事を書くとアイシャにお願いして手紙を出してもらう。
その夜、いつもの日課としてアイテム交換画面を見たり、ステータスウィンドウをメモしているとメッセージに「新たなウィンドウシステムを利用できるようになりました」と表示されていることに気付いた。
(何かな? えっと、『ワールドマップウィンドウ』というものが追加されたみたいね。開いてみましょう)
新たに追加されたようであるワールドマップウィンドウを開いてみた。画面には地図が表示されていた。ゼフティアの王都が表示されているため、開くと現在地がフォーカスされるみたいだ。そして上下左右に地図はスライド出来るようで東の方のまったく知らない国々から、南方未開地の更に先にある大陸、西方の海の先にある大陸など、様々な情報を見れた。現時点でここまで世界を俯瞰的に見れている人物は他にいないのかもしれない。
「すごい……仮にどこかに転移させられたり、拉致されたりしても現在地が分かるというのは助かるはず……! それに赤い点でダンジョンの位置を示してくれているみたい。これは便利ね。南方未開地も北方未開地も手つかずのダンジョンが多いようね。それにしても、私たちが知らない大陸とかが世界にはあるのね。世界は思っていたよりも広いみたい。ルーク様からの神託の『五年後、全ての扉が開かれるだろう』だけれど、全世界で何かが起きたら私、どうすれば……ううん、何が起きても何とか出来るように備えていくしかない。頑張らないと」
この日は世界が広いということを知って少し興奮してしまったが、眠りにつくことにする。
そして次の日、アイシャと共に魔法の練習に励んでいると、アイシャが驚きの声をあげた。
「お、お嬢様……! 足元が!」
ふと足元を見ると魔法陣が展開されている。
「これは! もしかしたら……新しく魔法を……! あれ、アイシャも!」
「あ、ほんとですね!」
二人の足元には魔法陣が展開され、しばらく光ったのち消える。二人は顔を見合わせると目を輝かせた。
「マジックウィンドウで確認して見ましょう!」
「はい!」
リゼはマジックウィンドウを表示してみる。
【属性熟練度】
『風属性(初級):0850/1000』
『氷属性(初級):0850/1000』
『無属性:0031/5000』
【魔法および魔法熟練度】
『エアースピア(風):100/100』
『ウィンドプロテクション(風):064/100』
『ウィンドウェアー(風):055/100』
『ウィンドカッター(風):050/100』
『スノースピア(氷):100/100』
『アイスレイ(氷):062/100』
『アイスランス(氷):050/100』
『アブソリュートゼロ(氷):052/100』
『インフィニティシールド(無):1098/2000』
『スキルアブソーブ(無):1020/2000』
「なるほど。ウィンドカッターにアイスランスね。ついに攻撃力の高い魔法を覚えることが出来た……。ここまで長かった。これで戦術の幅が広がるはず」
「お嬢様……! 私はロックニードルを覚えました!」
「おめでとう! アイシャ!」
アイシャはここまで防御魔法であるサンドシールドのみであったが、めげずに努力をしてきたため、目に涙を浮かべて喜んでいた。リゼも手を取り合って一緒に喜ぶのであった。アイシャはゴーレムを倒して手に入れたロックショットを貰っているが、自力で攻撃魔法を覚えたかったのかまだ習得していなかった。
「ロックニードルは、ゴーレムが使っていたロックショットの一つ前、つまりアイシャが欲しがっていた土属性の攻撃魔法ね! ほとんど毎日練習してもそれなりに時間がかかったから、土属性のみんなが途中で練習をやめてしまうのも無理ないかも」
「そうですよね……。私も相当自分を奮い立たせていました。でもこれで練習の幅も広がりませんか? それに、土の加護のおかげで威力があがると思いますので!」
「そうね! 早速魔法を打ってみましょう。まずはアイシャからどうぞ!」
まずはアイシャから魔法を試してみる。アイシャは手を突き出すと深呼吸し、真剣な表情になる。
「ロックニードル!」
針状の土の塊が二つ出現し、前方に射出された。それなりに威力がある。土の加護のおかげで本来一つ射出されるはずが、二つ射出されたのだろう。
「おめでとう、アイシャ。これは大きな一歩よ! 土属性魔法は最終的に極めれば強くなるからアイシャならその域に辿り着きそう」
「一般的な貴族以外の兵士は土属性魔法を使うはずですが、どちらかというと剣などの武器で戦うことが多いんでしたよね?」
「そう。魔法を学ぶ機会があまりないというのもあるけれど、やっぱり前衛になることが多くて槍や剣で戦うから魔法を詠唱する余裕があまりないのかも。それに、アイシャも体験したとおり、攻撃魔法を覚えるのに時間がかかるし、だからあまり魔法を学ぼうとはしないのよね。でもアイシャの場合は無詠唱でもサンドシールドは出せるようになっているし、ロックニードルも使えるようになったからさらに上を目指すべきだと思う!」
「ありがとうございます、お嬢様。頑張ります!」
アイシャのやる気は最大限まで上がったようで、武者震いしている。リゼはそんなアイシャをほほえましく見つつ、自分の魔法を試してみることにする。
「さてと、次は私ね。ウィンドカッターからいくね。……ウィンドカッター!」
リゼが魔法を詠唱すると三日月のような形の風の塊が出現し、刃となって鋭く回転しながら前方に飛んでいく。加護のおかげか二つ射出された。
「うん。これの軌道を調整できるようになったら強いはず。続いて……アイスランス!」
氷の槍が二本出現し、前方に向けて射出された。練習場の硬い壁に傷がつき、氷の槍は砕け散った。
「これは……ロックニードルと同じで、加護の効果で通常よりも多く氷の槍が出るのかも……?」
「すごいです! それにしてもかなり威力がありますね。エアースピアと同時にやるとさらに威力が増しそうですね……?」
いままで、スノースピアという氷の粒を噴射する魔法しか使えなかったリゼであるが、かなり攻撃力が高い魔法を覚えられたため、喜びしかない。それに、アイシャの言う通り、エアースピアで勢いをつけたら更に威力が増しそうだ。




