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90.不穏な手紙

 ジェレミーが応接間からちょうど退出した頃、アイシャが手紙をリゼの元へと持って向かっていた。

 現在、リゼは中庭で絵を描いている。


「お嬢様、手紙の返事が来ましたよ。あ、申し訳ありません。ちょっとタイミング悪かったですかね」

「大丈夫よ。誰からの手紙?」

「マッケンジー伯爵令息からです」

「ちょっと待ってね」


 絵を描く手をとめ、手紙を受け取る。かなり分厚い。早速内容を確認する。

 

『リゼ様へ 

状況を理解しました。こうして手紙をもらえてよかったです。こちらとしては、どちらかが正式に婚約するまでは、当方主催のパーティーにおいては相手をつとめていただけますと幸いです。対外的なイメージの問題もありますので。父の病が進行しておりますので、しばらくはパーティーなどの開催はありません。以上です。

ダニー=レグ・マッケンジー


追伸 質問リストを用意したのですべてに回答を記載し、ご返送いただきたいです』


「えっと、手紙の返事の他に質問を書いた紙が……二十枚も入ってる……。少し怖いかも……」


 手紙の枚数を数えて中身をチラッと見たリゼは困惑した表情を浮かべる。


「どうしたのですか……? これは……」


 追伸に書いてあった質問だが『好きな色は何ですか?』、『好きな花は何ですか?』、『身長は?』、『好きな食べ物は何ですか?』、『友人は誰がいますか?』、『毎日のスケジュールは?』、『なぜ領地に来ないのですか?』などといった質問が一枚の上に二十個程度書いてあるため、全部で四百個の質問が書いてあることになる。香水のようなものを振りかけたのか微妙に花の香りがする。確実にプリムローズの花の香りだ。少し狂気さを感じたリゼは困った顔でアイシャを見る。

 アイシャはリゼの持つ手紙を軽く見てすぐに見るのをやめると神妙に呟いた。


「怖いですね……」

「お父様に報告しないと……」


 正体不明の恐怖心を覚えたため、すぐさまリゼは伯爵の執務室へと向かい手紙を見せる。伯爵は少し沈黙したのち口を開いた。


「……これは少し異常だな。理解不能なこのようなことをなぜ……。ダニーといえば誠実そうなイメージを受けたが。人を困らせるようなことをするタイプではないと思うがね……」

「一度お披露目会のときにお会いした限りですが、この質問に全て答えるような仲にはなっていないです……」

「そうか……いずれにせよ、不手際は謝罪したのだからもう無視しておくのが良いだろうね。いや、伯爵に手紙を書いておくか……いずれにせよ、その手紙は無視しなさい」


 伯爵はリゼに手紙を無視するようにと伝えると手紙を机の中にしまった。


「分かりました……お兄様にご迷惑はかからないでしょうか?」

「流石にマッケンジー伯爵家とは持ちつ持たれつの関係を長年築いてきたから大丈夫だよ」

「安心しました」


 リゼとアイシャは中庭に戻りつつ、手紙の話になる。


「あれって何か意味があるのかな……」

「狂気すぎて分かりません……」


(ダニーは……ゲームではエリアナの取り巻きのリゼ、つまり私の婚約者として共にエリアナの指示で暗躍することになっていた。今の私の中にはお披露目会でのイメージ、つまり彼が物静かだという印象があるのだけれど、〈知識〉における彼の印象と比較するとだいぶ乖離(かいり)がある。リッジファンタジアでは全然物静かではなかった。こんな手紙を送ってくるくらいだから、やっぱり全然物静かな性格ではなくて……本来の性格はゲームの……ってこと? 私が困惑することを楽しんでいるのかな。それとも純粋な好奇心なのか……。でもお父様から無視するようにと言われたのだし、ひとまずは狩猟大会に集中よね。私から何もしなければきっと彼から何かしてくることは……ないよね? あの手紙のことは一度忘れて狩猟大会に集中よ。狩猟大会はメリサンドよりも強い動物が出てくるわけでもないので、エルと一緒ならなんとかなるよね! 優勝目指して頑張らないと! もしかしたら宝物庫にあるレアなアイテムをもらえるかもしれない!)


 ダニーの手紙は不可解ではあるが、伯爵からも気にしなくてよいという話もあり、リゼはまずは目の前のことに集中することにした。


 それからいつものように剣術や魔法の練習を行い、さらにエリアスの依頼の絵を描き進めていた。また、日に日に料理の腕も上達してきたリゼはアイシャに褒められる。


「お嬢様、随分とお上手になられましたね」

「ありがとう! 楽しさに目覚めてきているし、どの草は食べることができて、どの草には毒があるか等も本で学んでいるから山や森などで遭難しても数日は生き抜けるかも」

「まあ……なかなかそういう状況に陥ることはないと思いますけど、良い心構えだと思いますよ。なんていうかサバイバル能力が、日々向上していますね……!」

「いきなりダンジョンに転移させられるような怖い世の中だから、備えあれば憂いなしよ」


(そう、アイシャに誘われて始めた料理の勉強だけど、学んでおいて損はない。出来ることは今のうちに全てやっておかないと。結局、毒耐性スキルも衝撃耐性スキル、ルーン解読スキルもすべて役に立っているし、剣術や魔法の練習も必要不可欠だった。意味のないことなんてない。絵だってそう。とにかく、出来るだけのことは頑張って出来るようにしておく必要があると思う。時間は有限なのだし、一つの努力で未来が変わる可能性があるはず)


 それからまた数日が経ち、狩猟大会の参加者申込が締め切られた。ルイはエリアナと、ジェレミーはオフェリーとそれぞれ出ることが決まった。なお、アンドレは誰と出るかは謎に満ちている。他にも参加者は二十人ほど集まったようだ。一ヶ月後にいよいよ狩猟大会が決行される。


「ラウル様、それではお願いします」

「あぁ、いくよ」


 リゼはラウルと剣術の練習をしている。この日はリゼが提案し、攻撃を避ける動作の練習をひたすら行うことになった。何度も何度もラウルが攻撃をし、リゼが避けるという反復練習だ。

 いま、まさに練習の真っ最中。

 ラウルが素早くリゼとの間合いを詰め、右斜上から切り掛かりにくる。


(ここでかわす!)


 リゼは剣のスピードからフェイントではないと判断し、素早く体を逸らして攻撃を避け、左のスペースに向けて軽くステップを踏みつつ攻撃をかわしきる。そして次の攻撃を避けられる位置取りをする。フォンゼルに稽古をつけてもらっているため、感覚が分かってきたところだ。空振りに終わったラウルはそこから素早く下から切り付けに来る。リゼは剣の軌道を避けるように半歩下がり、すぐに再度右側へとステップを踏み、ラウルの後方に回り込むように位置取りをした。


「これは……随分と動きが軽快だね?」

「はい! 日々、学んでいます!」


 ラウルはリゼに向き合うと続いて剣で突きに来る。スピードが早く、バックステップで避けるとさらに勢いよく前進されて攻撃されるかもしれない。そう考えたリゼは体の向きを逸らして突き攻撃を避ける。

 しかし、(あ、これは……!)とリゼが思うのと同時にラウルは横に払うようにして攻撃してくる。


「あっ……当たりましたね……」

「いまのは突きをわざと弱く繰り出して、すぐに次の攻撃につなげるというフェイントだね。相手の重心を見れば本気の突きかどうかの判別がある程度分かるようになるから練習を積み重ねよう。さっきの正解は、最初の突きを避けつつ、横払いの攻撃に対応するために剣を体の前に持ってきて準備しておくのが正解かな」


 フォンゼルに言われたのとほぼ同じ話をラウルからも聞くことになった。慣れてきたとはいえ、まだまだ判断できていないところもある。精進が必要だと感じた。


「そうですね……今日は攻撃回避の練習でしたので、剣を持っているという意識がかけていました……体を使って避けることだけ考えてしまっていて……」

「今回の突きは動作が大きくないので次の攻撃にすぐにうつれるからね。よくあるフェイントかな。これは対応できるようになっておくのが無難だね。少し休憩しようか」

「分かりました。実は朝に軽食を作りましたのでお召し上がりください」

「わざわざ作ってくれたんだね。とても嬉しいよ」


 ラウルと共に食堂へと移動して休憩にする。リゼはコンソメスープとベーコンをはさんだサンドをラウルの前に配置した。スープはなかなか作るのに苦労した一品だ。

 ラウルはスープを飲むとしみわたるような表情を見せ、サンドもおいしく平らげた。


「おいしいよ。リゼはなんでも出来ちゃうね」

「ありがとうございます。日々、少しずつ練習しているのでその成果かもしれません」

「すごいよ。剣術も上達しているしね」

「今日は避けの練習に付き合ってくださりありがとうございます。つい剣術の型で受けてしまうことが多かったので、体を使って攻撃を避ける練習をきちんとしたかったのです」


 ひたすら避ける練習をしたいという要望に快く応じてくれたラウルにお礼を言う。意味のある練習にしようと、ラウルはそれなりに鋭く、実際にありそうな攻撃を何度も繰り出してくれていた。


「型で受けてしまう、か。基本的に型を使って打ち合うというのがこの国の慣わしだからね。一応、型は優れていて剣相手ならどんな攻撃でも防げるように考案されているんだよね。でもリゼの認識は正しくて、型を使えるだけでは満足に戦うことはできないだろうね。相手が複数人とかいて、同時攻撃をされたりという場面には対応しきれないのが特徴かな。この特徴を父上から聞いてからは色々な人の動作を観察するようになったんだけど、実は僕も体をうまく使って避ける方法はジェレミー王子を見て学んだんだよね。彼は近衛騎士から指導を受けたんだと思う。エルは……彼の剣術は天性の才能だろうからあまり考えていないのかもしれないね」

「そうですね……ダンジョンでモンスターと戦う時に相手が複数いることもあるので咄嗟(とっさ)に体を使って避けたりしていてそれでふと思ったのです。きちんと間合いなども考えて意識的に避けられるようにしようかと。それとブルガテド帝国では避けつつ、フェイントを掛けて攻撃するというのが主流みたいです。良いところを取り入れていきたいなと考えています」


 防御魔法や剣術の型で受け流す以外に、正しい避け方を知っておけば今後に役立つのは確実だ。成長するために色々と計画を立てているため、その一環である。


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