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89.ジェレミー派の筆頭貴族

 リゼたちがダンジョンを攻略した次の日、王宮ではジェレミーは応接間で王妃と共にとある人物を待っていた。待っているのは狩猟大会に一緒に出ることになるオフェリー=ルセ・ミュレル侯爵令嬢だ。ミュレル侯爵令嬢といえば、ジェレミーのお披露目会におけるパートナーだった人物で、ジェレミー派の筆頭貴族であるミュレル侯爵の御息女である。


「オフェリーといえば、この前のアンドレのパーティーは体調不良で来られませんでしたから、会うのはお披露目会ぶりかしら? ジェレミー、あなたがダンスの相手として期日までに誘わなかったというのが原因でしょうけれど」

「そうだねー。あれ以外に正式に出席したパーティーはなかったから、会う機会もなくって。ルイ派のパーティーにはあの人たちは来ないだろうしねー」

「はぁ……礼儀には気をつけなさいジェレミー。ミュレル侯爵家はあなたが王になるために必要な家柄よ」


 王妃はジェレミーにくぎを刺してくる。


「そこはわきまえてるよ」

「ちなみにオフェリーとの仲はどうかしら? お披露目会で相手をしているのだし、それ以外にも非公式とは言え幼い頃から会っているわよね?」


 王妃は期待して問いかけてくる。


「え、別に僕に興味なさそうだったよ。僕も特に興味ないけどさ」

「そう……以前も話しましたが、あの子、あのリゼという子以外とも交流を持って比較対象を作りなさい。王家の人間として規律を守って生きていくことができる性格なのか、など、あなたの相手になる場合は必要なことが沢山あります。将来を踏まえて相手を選ぶのよ」

「まあ、そのための今日ってわけだからね。楽しみにしておくよ〜」

「リゼの話題は禁句よ、いいわね」

「はいはーい」


 ジェレミーはお披露目会の時にオフェリーと当たり障りのない最低限の会話しかしておらず、それ以外の非公式の会合でもこれといって挨拶程度しかしていないため、彼女がどういう人なのかよく分かっていない。王妃とミュレル侯爵は王妃の実家との関係も良好らしく、頻繁にあっているが、その娘のオフェリーとは数えるほどしかあっていない。ここ数年ではお披露目会で会ったくらいだ。


(まあ、どうせ以前と同じように、当たり障りのない会話にしかならないだろうけどね〜)


 待つこと三十分。いよいよ、ミュレル侯爵家の馬車が到着し、応接間に案内されてくる。王妃と侯爵が簡単に挨拶を交わし、席につく一同だ。


「いやー、しかしまさか陛下から一応は認知されていたとはいえ、ほとんど権力のなかったアンドレ王子がこのようなことになるとは思いませんでしたな」

「まったくね。テレーゼにしてもアンドレにしても私と同じように嫌な思いをしてきたというのは分かりましたが、勝つのはジェレミーよ」

「左様ですな。まだアンドレ王子派は数少ない。なぜならブットシュテット大公のお眼鏡に叶う必要がありますから大変なようです。今のうちに中立派をジェレミー王子派に取り込みつつルイ王子派から引き抜きを行っていくのがよいでしょう。そうそう、今回のことでランドル伯爵家はルイ派を抜けたそうですな。あそこの令嬢がアンドレ王子の相手をしたのですから当然と言えば当然の流れではありますがな……まあ、勝手に婚約でも何でもしてよろしくやっておいてもらいましょう」

「そ、そうね」


 王妃はジェレミーのイラつきを察知し、軽く流した。


「さて、ジェレミー様、今回は娘を狩猟大会に誘っていただきありがとうございました」

「オフェリーには期待して良いのかな。狩猟大会はそれなりに戦えないといけないけど?」

「オフェリー、挨拶を」

「ジェレミー様、お久しぶりでございますわ。お誘いいただき、感謝いたします。我が家は王国の軍部の中枢、第三騎士団を率いておりますため、私も十歳の時から剣術に魔法の訓練を進めてまいりました。ですので、ご安心ください」


 オフェリーは可憐に挨拶を終える。腰まで伸びる長い髪、髪色は濃い茶髪で、少し釣った青い目、はっきりとした性格であることが伝わってくる顔立ちだ。オフェリーの挨拶に対して、ジェレミーの反応は薄い。


「ふ〜ん。そうだったんだ。剣術大会に出たことは?」

「まだありません……ですが、次回の開催から参加することにしておりますわ」

「そう。まあ、今の話を聞いて安心したよ。少し打ち合いしてみようか」


 ジェレミーは剣術の腕を見てみようと提案する。


「今からでしょうか? 申し訳ありません、本日は服装が……」

「あー。そうだね。まあ、狩猟大会で見せてくれれば、それでよいかな」


 オフェリーがドレスを着てきているため、打ち合いは無理と判断する。


「ところでジェレミー様」

「ん?」


 ミュレル侯爵が唐突にジェレミーに向き直ると、質問をしてくるのだった。


「ジェレミー様は……平日は何をなされているのでしょうか? 嘘だとは思うのですが……とある噂を耳にしまして……」

「平日ね。所謂、ルイに何かあったときのための保険として帝王学を学んだり、剣術や魔法の練習をしたりだけど」

「そ、そうですよね。いきなり失礼な質問を申し訳ありませんでした」


 ジェレミーが少し気分を害した声音で答えると、慌てて謝罪する侯爵。


(リゼとのことを探りに来たかー。母上もいるし、この話題はここまでにしておこうか……いや……)


「で、噂って?」

「あくまでも噂ですが、王宮の外、とある貴族の屋敷に入り浸っていると……」

「へぇ〜」


 ふざけた口調で驚いたようなしぐさをジェレミーがする。


「あ、そうそう。狩猟大会は開始前に簡単な食事会があって、王族や貴族同士の親睦を深める機会が設けられるそうよ。男女に分かれての会になるらしいわね。女性側は私が取り仕切りますから」


 王妃はジェレミーの話を遮り、話し始める。危険な雰囲気を感じ取ったのだろう。ミュレル侯爵家はジェレミー派にとって重要な家柄であるため、ジェレミーの挑発行為やふざけた応対で心証を悪くするというのはまずい。


「王妃様、それは初耳ですな。となると、ルイ王子の婚約者、バルニエ公爵令嬢も参加を?」

「でしょうね」

「我が家系とは犬猿の仲ですからな。出来れば娘の席は遠くしてもらいたいものですね」

「出来る限り派閥同士で固まるようにするから安心なさって。でも近くなったとしてもうまく立ち回る必要があるわね」

「それはありがたきことですし、承知いたしました」


 それから、しばらく王妃と侯爵が話を盛り上げ、解散ということになった。

 ミュレル侯爵たちを見送るとジェレミーが問う。


「僕のこと、どれくらい噂が流れてるのかなぁ」

「わりと、よ。ジェレミー派の中でもあなたの行動を疑う人たちもいるのですから、今後は気をつけなさいね? せめて馬車をかえていくなりしなさいね」

「分かったよ」

「行くのをやめるという選択肢は……ないのよね」

「そうなったら王になるのはやめるからね」

「……わかったわ。はぁ。それなら早くあの王を説得してあの子と婚約なさい。やり方によっては強引に婚約することもできると思うのだけれど?」


 王妃の発言はスルーしてジェレミーは退出した。王妃は溜息をつく。

 息子であるジェレミーには話していないが、王妃はリゼがダンジョンに転移させられた際に、ジェレミーが近衛騎士の一部を動員して街で派手に振る舞ったため、様々な噂に対する対処に追われていた。

 ジェレミー派から様々な声があがっており、沈静化するのに苦労をしているのだ。


 なお、ミュレル侯爵とオフェリーは帰りの馬車で話し合う。


「お父様、どう思われますか」

「あれは黒だな。不味くなる前に婚約を急がなければ」

「お願いいたしますわ。私、五歳の頃からジェレミー王子と結ばれることを夢見てきたのですから。そのために全てをかけてきました。そのために育てられてきたのですし」

「あぁ。任せておきなさい」


 オフェリーはリッジファンダジアにおいて、ジェレミーとは婚約していた。エリアナ一味にいじめられるレイラとある程度は会話をしてくれる人物だ。親切心というよりは、エリアナへの当てつけ的に会話をしていた節が強い。

 険しい表情のオフェリーと腕組みをして目をつぶる侯爵を乗せた馬車は王宮を出て、彼らの屋敷へと向かうのであった。


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