84.提案
夕食の席で、伯爵の意見を確認することにする。本来のリッジファンタジアにおける婚約者についての懸念だ。
「あのお父様。一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
「ん? なんだい?」
「お披露目会のパートナーについてですが、私、自分のお披露目会はマッケンジー伯爵令息がパートナーで、アンドレのお披露目会、もとい式典では私がパートナーをつとめましたけれど……。マッケンジー伯爵令息に失礼な状態になっているかもしれなくて……」
「マッケンジー伯爵家は王都ではなく領地に住んでいるから、何度も相手をつとめてもらえるわけではないからね。彼の領地には転移石がないから、頻繁に王都まで来ることは出来ないしね。そういう事情もあって、バルニエ公爵令嬢のお披露目会ではラウルにお願いしたわけだ。それにリゼの場合は……まあ、あれだ。アンドレ王子がそういう相手としても見られるだろう。王族から声がかかれば普通は一般貴族は身を引くものだよ」
極めて冷静に返答する伯爵だ。諸々を理解した上でエリアナのお披露目会ではラウルに相手を頼んだようだ。そして話を続ける。
「ということで、どう考えてもリゼの相手を毎回つとめてもらうのは無理だとあちらも分かっているとは思うが……とはいえ、あちら側にリゼの相手をつとめたいという気持ちがあったのだとしたら……怒っているかもしれないね。仮定の話だけどね」
「そうですよね……私のお披露目会のときはあまり会話も弾まずに終わりましたので、そういう気持ちはないとは思いますが……念のため手紙を出した方が良いでしょうか?」
「うーん。まあ念には念を入れて出しておいたほうがよいか。いま私たちは王都に住んでいるけど、我々の実際の領地と隣同士で近しい存在に値するからね。彼がそのうち爵位を継いだあとも末永く良い関係を築くためにも出しておこうか」
「分かりました。領地にいるお兄様にご迷惑をかけても申し訳ないので手紙を書くことにします」
伯爵と話し、手紙を出すことを決める。
伯爵は楽観的だが、なんとなく嫌な予感がするのだ。
「そうしなさい。それで、狩猟大会はどうするのかな?」
「今回はエルが誘ってくれたので、エルと出ることになりました。エルからいただいたブレスレッドがメリサンドを倒す一つの力になってくれましたし、お礼もしたいので」
「なるほど。エリアスくんか。彼もなかなか一途なところがあるね。アンドレ王子からのあの告白を持ってしても折れない、引き下がらないというのはなかなか男らしいじゃないか。そういえばジェレミー王子からもお誘いがあったと思うが、まさかこんなことになるとはね」
いくらなんでも伯爵もこの状況は、当然と言えば当然ではあるが予想していなかったらしい。ジェレミーとアンドレという王子二人に、公爵家の跡取りであるラウル、地方貴族ではあるが伸びしろを感じさせるエリアスという四人から興味を持たれているというのはある意味で異常事態だ。
「そうですね……。正直、この状況に悩んでいます。私としては友人として接したとしても、周りの人たちはそう感じませんよね、きっと。アンドレの相手として見られているのは分かりますが、その状態でジェレミーたちと剣術の練習をしていると、色々と噂をされたりしますよね……」
「リゼ、そういう話は令嬢たちの中ではよくされるでしょうから、いちいち気にしていてはダメよ。私もリゼくらいの頃には同じような状況になっていました。すでにルイ王子派からは陰で言われていると思うわよ。学園で相手を見つけるにせよ、現状、周りの子たちが頑張ってアピールしてきているのだから無下にせず、誠実に対応しなさいね?」
「分かりましたお母様。誠実な対応……どうすれば良いのかわからない場合は相談させていただいてもよいですか?」
「もちろんよ。いつでも言いなさいね」
現状に不安を覚えるリゼであるが、伯爵夫人からのアドバイスを頭に入れるのだった。
リゼは夕食を済ませた後に、手紙をしたためる。
手紙を伯爵たちに確認してもらったのち、アイシャに渡した。
それから数日、キュリー夫人の授業を受けつつ、いつものように訪ねてくるようになったジェレミーやラウルと剣術や魔法の練習にも励み、合間を縫って絵を描いたり、料理の勉強をしたりと忙しい日々を送っていた。もちろん、スキルのレベリングも頑張っている。そして、夜はフォンゼルとブルガテド帝国式の剣術の練習だ。
近頃は寝る前にアイテム交換画面を見てラインナップをメモしているのだが、目新しいアイテムが追加されていた。
【アイテム交換画面】こちらはアイテム交換画面です。ポイントを消費してお好きなアイテムを獲得することが出来ます。
【魔法ポイント(大)】1000000
【スキルポイント(大)】1000000
【上級ポーション】500000
【マナ特効薬】500000
【世界樹の葉】10000000
【転移石】10000000
(この『マナ特効薬』は始めて見るアイテムね。詳細を見てみましょうか)
『マナ特効薬 備考:体内へマナを巡回させます』
リゼは〈知識〉でも見たことがないアイテムだったので驚いた。上級魔法を詠唱すると、体内のマナを消費し、マナ欠乏症とでもいうような症状となってふらふらとしてしまうわけだが、このアイテムを使えばすぐに復活するのかもしれない。
「三個くらい交換しておきましょうか。あとは転移石がだいぶ安くなって、一組限定だったはずだけれど、何個でも交換出来るようになったみたいね」
いつ上級魔法であるアブソリュートゼロを使うか分からない。そういった事態になった際にすぐに回復できるように念のため入手しておいた。また、転移石は一組限定で五千万ポイントであったが、購入個数制限が解除され大幅に必要なポイント数が減少していた。何かあった際には惜しみなく交換することにする。便利だからだ。
次の日、またエリアスが訪ねてきた。今回はメッセージで来訪することが予め伝えられていたため、応接室でお茶を用意して出迎えた。
「こんにちは」
「エル、お待ちしておりました」
「ありがとうございます。いきなり本題で申し訳ないのですが、一つ提案です。狩猟大会に向けて練習しませんか? 王都の近くに初級ダンジョンが現れたみたいなんですよ。うちの騎士がちょうど見つけて、登録の申請をしたところ、うちの家系で攻略することを許可してもらいましたので、是非にと。ちょうど王家の直轄地だったので、その場合は見つけた者が攻略しても良いことになっているんですよね」
「初級ダンジョンですか。良いですね。エルとはいままで共闘したことがなかったので、コンビネーションを向上させておきたいですし」
ダンジョンの話を聞いて、俄然やる気がわいてくる。初級ダンジョンであれば、何とかなるだろうし、難しそうであれば撤退すればよい。
「受けてくれてよかったです。ではいつ行きましょうか? 一応、うちの家系で攻略することにはしていますが、制度を守らないタイプの冒険者ですとかが入ってしまうかもしれないので早い方が良いと思います」
「エルの都合が大丈夫でしたら、明日にしませんか? あ、アイシャもご一緒しても良いですか?」
「もちろん大丈夫ですよ!」
「ありがとうございます。場所はもう判明しているのですよね……? 一日で帰って来られますか?」
「はい。ここから一時間くらいのところですね」
「分かりました。日帰りで大丈夫そうですね」
リゼはエリアス、そしてアイシャと初級ダンジョンに挑戦することにした。伯爵や伯爵夫人には安全性を説明し、なんとか許可を取り付けるのだった。ボスが強い場合は入口に引き返すということで許された。
とはいえ、芸術の神ミカルからもらった特別なダンジョンマップウィンドウがあるいま、敵の位置も分かるし、戦闘ウィンドウで相手のレベルなどを細かく確認可能だ。なんとかなるだろう。
その夜はアイシャと共にシミュレーションを繰り広げつつ、フォンゼルからもアドバイスしてもらった。
時が過ぎるのはあっという間で、翌日になった。
アイシャは緊張気味でそわそわとしているが、剣術大会にも出たことがない彼女からすれば、これが初の実戦となるため、仕方のないことなのかもしれない。
「緊張しますね」
「アイシャなら苦労なくクリアできると思う」
「そうですかね……思えば実戦経験がいまだないのでこれが初陣なんですよね」
「大丈夫よ。記念に何か良いものが報酬としてあれば良いのだけれど……」
アイシャを元気づける。そして、せっかくのアイシャの初陣であるので、何か良いものが報酬としてもらえれば良いと考えた。初級ということは中級よりはランクの低いものが報酬となるが、無駄なものはなく何かしらの強化アイテムかスキル、魔法であるはずだ。
「そうですね! せっかくなので何か手に入ったら嬉しいです」
「あまり気負いせずに戦いましょう。モンスターについては分かる範囲で弱点などを伝えるね」
「ありがたいです。これまでに学んだことを出し切りますね!」
アイシャは「よし! 頑張ります!」と言うと、リゼが体験を聞かせたときのメモを持ってきているのか、読み始めるのであった。
(初級ダンジョンなら相手が強くないから三人でなんとかなるよね。とは言え、聖遺物ダンジョンではあるから気を抜かずに集中して挑まないと。出来れば宝箱は全て開けたいかな……)
急いで準備を整え、朝食をとり、エリアスを待ちながら『マナ特効薬』をさらに追加して交換しておいた。これでアブソリュートゼロを連続して打てるだろう。モンスターが大量に出てくる部屋にある宝箱にはレアアイテムなどがある可能性が高いため、そういった状況で使おうかと考えている。
約束の時間にエリアスが迎えに来て、リゼたちは伯爵、そして伯爵夫人に見送られて初級ダンジョンを目指すことにした。
本日、いつもの時間に更新できずでした。
多忙により申し訳ないです。




