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82.商会への依頼

 そして、キュリー夫人にはもう一つ重要な聞いておくべきことを確認する。本を読んでみたが分からなかったことだ。


「あと、上級魔法を詠唱したらふらふらとしてしまったのですが、どういう原理なのでしょうか?」

「リゼさん、あなたにも色々と事情がありますから、細かいことは聞きません。氷属性は初級でしたよね? その状態で上級魔法を使えば、必然的にそうなります。きちんと魔法レベルに応じた魔法を詠唱すれば、空気中のマナを用いて魔法を詠唱するのですが、魔法レベルとかけ離れた魔法を詠唱する場合は、体内のマナを用いるのです。体内のマナは限られていますし、生きる上でも必要なものなので一時的にマナが枯渇して、欠乏症のような症状になってしまうのです。それがふらふらとする原因ですね」

「なるほど……ありがとうございます。理解できました」


 流石に詳しいキュリー夫人に感嘆したリゼ。アブソリュートゼロを詠唱すると、上級魔法であるため、初級魔法レベルのリゼの場合は体内のマナを使ってしまうらしい。ということは、何度も打つことはできないのだとリゼは理解した。


 そして夕方。ステファン・アルベールがやってきた。

 応接室に通すと興奮気味に話し始めた。


「フォルティア様、私はルーク様を篤く信仰しておりますため、こちらの名前でお呼びさせていただいても宜しいでしょうか?」

「あー、はい。大丈夫です」

「ありがとうございます! さて、本題ですが、フォルティア様の絵画をアンドレ王子の式典で展示させていただきましたが、求める声が相当数に及んでおります。正直な話をさせていただきますが、フォルティア様がルーク様より名を授かったことにより、さらに価値が高まっておりまして、最大で三千五百万エレスで購入したいという貴族がおりました。とはいえ、私としては再三のお話で恐縮ではあるのですが、出来れば今回も私の方で買い取らせていただけないでしょうか。個人的に購入して家に飾りたいと考えておりまして……ルーク様の神託の内容が明かされた記念すべき式典で展示した絵画ですしね」


 今回はステファンに仲介してもらって販売するのかと考えていたが、また彼が買いたいらしい。とくに問題ないため、了承することにする。


「私としては問題ないです!」

「感謝いたします。それでは四千万エレスでいかがでしょうか?」

「えっと、私としてはありがたいのですがそんなに高額で大丈夫でしょうか?」

「もちろんでございます。是非に!!」

 

 ステファンはどうしても購入したいのか、前のめり気味に言ってきた。


「分かりました。ではお願いします!」


 交渉成立だ。それから、外へと移動する。ダンジョン内で倒したモンスターの買取依頼だ。

 コボルト、キメラ・ウォーリアー、ノーマルスケルトンがそれぞれ二十体ずつだ。武器なども並べてみた。ダンジョン内のモンスターが持っている武器というのもそれなりにレアらしい。メリサンドの槍はアンドレが所持している。


「おお、これはすごいですね……。少々お待ちください」


 ステファンが紙を取り出して、計算を始めた。その途中で色々と教えてくれた。ブルガテド帝国では、モンスターを剥製にすることが多いらしい。ゼフティア王国でも多少はそういった文化がある。しかし、ブルガテド帝国では非常に人気だそうだ。とはいえ、一点ものの絵画よりは価格が下がるとのことだ。

 十分後、集計が終わったらしい。


「終わりました。コボルト一体が百万、キメラ・ウォーリアー一体が百万、ノーマルスケルトン一体が五十万エレスとなっております。コボルトの盾と短剣がセットで各二十万、キメラ・ウォーリアーの斧が各十万、ノーマルスケルトンの剣が各五万エレスとなります。それにフォルティア様には今後とも良いお取引をお願いしたいので、端数分はきりの良い数字になるように六百五十万エレスでいかがでしょうか?」

「大丈夫です。宜しくお願いします!」


 こちらも交渉成立だ。絵画の金額と共にマネーウィンドウで送金してくれた。

 

【名前】リゼ=プリムローズ・ランドル

【別称】フォルティア

【性別】女

【年齢】十二才

【レベル】8

【職業】伯爵令嬢(ゼフティア王国)、子爵(ブルガテド帝国)

【属性】風属性、氷属性、無属性

【称号】運命の開拓者

【加護】大地の神ルークの祝福(大)、芸術の神ミカルの祝福(大)、武の神ラグナルの祝福(超)、叡智の神アリオンの祝福(小)、水の加護、土の加護、風の加護、火の加護、ブリザード・エスポワール、人魚の祈り、竜羽の盾

【スキル】ルーン解読(固有)、毒耐性(レベル1)、衝撃耐性(レベル1)、毒検知、燕返し、マジックキャンセル

【状態】健康

【所持金】120000エレス

【ポイント】218760000

【メッセージ】「なし」


(よし、二億ポイントまで回復した。二億ポイントを下回らないようになんとかやりくりしていきましょう! とても貴重な要素があったら交換してしまうかもしれないけれど。それにしても、私としては、毒耐性をなんとかレベル2にあげたいのだけれど、どうすればあがるのかな。結構な数の毒を摂取しているはずなのに。ジャガイモの芽やアジサイの葉だけではなくて、もう少し種類を増やしてみたりする……?)


 リゼは毒関連スキルのレベリングはいままでとは少し異なる方法を探ることにした。

 

 その夜、練習場へと向かう。フォンゼル・セルギウスに練習相手を頼んでいるのだ。


「セルギウスさん、本来の職務以外のお話を受けてくださりありがとうございます」

「構いません。この命にかえてもあなたをお守りしますが、あなた自身が強くなるということは喜ばしいことですから。それで、帝国の剣技を学びたいというお話でしたか」

「はい。私とアイシャの二人で学ばせていただきたく」

「分かりました。では一つ手合わせをしてみましょうか。それから私のことはフォンゼルで構いません」


 フォンゼル・セルギウスは名前で呼ぶことを希望してきた。もちろん問題ないため、名前で呼ぶことにする。


「分かりました! フォンゼルさん、宜しくお願いします。私のこともリゼでお願いします」

「光栄です。リゼ様」


 リゼはレーシアを出現させると、剣を構えた。フォンゼルも剣を引き抜くと構える。

 アイシャは審判をつとめることにしたようだ。


「では、お嬢様、フォンゼルさん、先に一本を取ったほうが勝ちというルールでお願いします!」


 二人は静かに頷いた。事前に魔法石の残数は一にしてある。今回は魔法やスキルはなしということにしている。

 

「それでは、開始!」


 先手必勝だ。リゼはすぐに距離をつめにいく。そして、まずは小手調べだ。剣をスライドして側面から切りつけてみる。フォンゼルは上半身を反らしてその攻撃をかわした。続いて、突き攻撃を仕掛けてみるがまた体を反らされる。


(なんだろう。剣ってこんな簡単に避けられたっけ……)


 すると、フォンゼルが剣を横に払ってきたため、リゼは型で受け止めた。しかし、リゼが剣を受け流す前に剣を引き、ステップでそこそこの距離を置かれてしまった。

 すると、細かいステップを踏みつつ、向かってくる。直線上に向かってくるのではなく、微妙に左右に揺れている。そして切りつけに来た。リゼは型で反応しようとするが、途中で手首を少し動かして軌道をずらしてくる。そのためか、リゼはきちんと受け止めきれない。そのまま流れるように剣をスライドされ、一撃を受けてしまった。

 リゼの魔法石は輝きを失った。リゼとしては悔しいが、いままで見たことがないような動きであったため、唖然(あぜん)とするしかない。

 あまりにも通用しなかったため、放心状態のリゼにフォンゼルが質問をしてきた。


「気づいたことはありますか?」

「そうですね……まずは剣の避け方ですが、その場から後退せずに上半身を反らして避けたりというのは驚きました。それから、軸足はそのままにしてもう片方の足を一歩引くことで、つまり体を反らして剣を避けるというのも……あとはステップの踏み方や剣を打ち込む時の力加減なども細かく計算されているなと思いました……」

「良い着眼点です。ブルガテドでは基本的に剣を受けきらずに避けるか、軌道を調整するのです。そこを伝授していければと思います。なお、私とリゼ様で圧倒的に異なることが何か分かりますか? それを理解しないとブルガテドの剣術をきちんと身につけることが出来ません」


 少し考え込む。自分はゼフティアの剣術を使い、フォンゼルはブルガテドの剣術を使っている。ゼフティア式の剣術の型を扱う剣術と、身軽な身のこなしで計算し尽くされたブルガテド式の剣術は明確に異なるわけだが、きっとそういうことを聞きたいのではないだろうと考える。しばらく考えたが答えは分からなかった。


「申し訳ありません。分かりません……。性別の違い、背丈の違いなどはあるかなと思いますけれど……」

「素晴らしいです。では答えを。リーチの違いがあります。失礼ながらすでに成長しきっている私と、成長中のリゼ様とでは、剣を振った時に届く範囲、つまりリーチに差があるのです。ブルガテドの剣術では相手の剣をいかに避けるかということが重要になりますが、剣のリーチを正しく理解しておかないと当たってしまいます。相手のリーチを考えて、ギリギリ避けられる立ち位置を常にとり、相手の剣が最大限に振り払われたタイミングで攻撃を避けて仕掛けます。また、相手が踏み込んできたら必要に応じてそれとなく距離を一定に保つのも重要になってきますね」

「なるほど……! わかりやすく説明いただき、ありがとうございます!」


 ゼフティアの剣術の場合は、間合いなどはほぼ関係なく、型で受けて受け流して攻撃というのが主流であるが、相手の武器の可動範囲を理解して立ち位置を取り、避けて攻撃するということらしい。

 それからリゼは、フォンゼルのような大人から切りつけられた際の剣のリーチを意識しながら距離を保ち、避ける練習を行った。その後、アイシャとはリーチがそこまで変わらないのでひたすら身体を使って避ける練習もしたのだった。夜遅くまで頑張ったため、お礼を言って眠りにつくことにする。


 翌日も練習やキュリー夫人の授業をこなしたところ、アイシャより、久々に美術館に行ってみないかという提案があり、見に行ってみることにしたのだった。今回も複数の護衛付きだ。馬車に乗り込み、美術館を目指す。相変わらず芸術の文化が発展しているため、絵を描く人たちが馬車から外を見ていると視界に入ってくる。思えば彼らを見つめていたら、神々と遭遇することになったわけで、感慨深い気持ちになった。

 アイシャと話をしていたら劇場の前に到着する。馬車から降りると、劇場のロビーから併設されている美術館へと移動するのだった。


「実は私も最近絵を描いているじゃないですか。よくよくお嬢様の絵の特徴を目に焼き付けておきたいのです」

「そうなのね。アイシャも絵を気に入ってくれて嬉しいかも! ゆっくりと見ましょう」

「はい!」


 リゼたちはお目当ての展示コーナーに到着する。

 絵の前には人だかりができていた。聞き耳を立ててみることにする。


「お、これが噂の絵か。ほほーう、分からん!」

「ふむ。なんだかこれまでの絵と色々と異なるよな。何が異なるのかは説明できんが」

「確かに、こう、華やかすぎず、それでいてなんとも心に響く作品だな。描き手の気持ちを感じる気がする。それに雄大さはなく、庶民的というか。とにかく親しみを感じる」


 平民たちが絵について議論を繰り広げている。比較的、好印象を抱いてくれているようだ。

 平民たちがいなくなると、遠巻きで見ていた貴族が絵を見に来る。


「この絵のどこが良いんだかな。色の塗り方も変であるし、まったく評価に値しないだろう。畢生(ひっせい)よりは見れるが」

「いやいや、畢生(ひっせい)には様々なメッセージ性が込められていただろう。あれと比べたらこれは、写実的な絵ではないものを描きたいため、少し独自に差別化してみた、みたいなエゴを感じて嫌いだね」

「あのね君たち。これまでも新しい考え方が登場してきたことを忘れたのかい? アトリビュートを用いて神々を描き、それから写実主義へと変化があり、色々と変化してきたじゃないか。畢生(ひっせい)が展示されたときも同じように論争が起こったが、結局は受け入れられた。これも受け入れられると思うけどね」

「フォルティア様が描かれたのだぞ! 失礼な! 我々に理解などできるわけがない! 崇高な絵なのだ!」


 熱く語る貴族たち。批判する者もいれば、認める者もいる。美学とは人それぞれだ。彼らが帰ったため、絵の前に移動することにした。

 リゼはアイシャが何やらメモしたりしている間にしばらく自分の絵を見つめつつ物思いに耽る。


(アンドレが描いた畢生(ひっせい)も注目された経緯があったのね。確かにあの絵もゼフティアで従来描かれている絵とはまったく異なるものだものね)


 ゼフティアの美術史を踏まえると、非常に貴重な絵であることは間違いない。部屋に飾っているが、美術館に展示したほうが良いのだろうかとも少し考えた。しかし、アンドレがわざわざ展示をやめてプレゼントしてくれたということは自分が持っていたほうが良いのかなと思い直すのだった。

 そんな考えを巡らせているとアイシャのメモが終わったらしいので、展示コーナーを後にする。


「大盛況でしたね! お嬢様!」

「そうね。こうして生の感想を聞くのって貴重かも。創作意欲が湧いてきちゃった」


 リゼの絵はゼフティアに新しい風を巻き起こしている。芸術の神ミカルもこれを望んでいたのかもしれない。

 リゼとしてはアンドレがダンジョンで共に戦ってくれたために、生き延びられたと考えており、アンドレと知り合うきっかけは絵画であったため、つまり、ミカルの加護によって絵画の腕や知識を継承させてくれていなければ死んでいたかもしれない。ミカルには感謝している。ミカルの加護がなかったら、結果的にアンドレとは会わずに一人でダンジョンに飛ばされていた可能性もあるためだ。



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