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79.暗躍

 忠臣たちは下がり、王子たちが呼び出された。

 狩猟大会の説明を受けた王子たちが従来の投票制度から随分と変わるのだなと思いながら黙っているため、王が声をかける。


「何か質問はあるか?」

「僕から良いですか」

「ジェレミー、言ってみよ」


 ジェレミーが手を上げると、王は発言を許可した。ジェレミーは特に気になる点を質問することにした。


「これは複数人で対応しても良いのでしょうか?」

「うむ。二人参加は認めよう。なお、女性にする場合は、婚約者がまず優先度が高く、その次にお披露目会のパーティーで相手をつとめた者、最後に近しい貴族……という順番で補佐役、言い換えるとパートナーを選ぶように。同性の友人や関連する家柄の者にするのであれば、特にコメントはない」

「え? その優先度ですと困りますね」

「ん?」


 王は訳が分からないという雰囲気で眉間にしわを寄せる。何を言いたいのか、といった雰囲気だ。ジェレミーは臆することなく、理由を説明する。


「僕の場合、パートナーとして選びたい人がいるので」

「なんだと」

「貴族も出るんですよね? それに他の王子二人も。ルイは良いにしてもアンドレや一部の貴族とはどうせパートナー候補が被るので言わせてもらいますよ。ランドル伯爵令嬢を選びたいと思います」


 それを聞いた王は驚いた顔でジェレミーを見ると、すぐにアンドレに向き直る。


「なに? アンドレは……」

「私もそのつもりです」

「うーむ……この前のパーティーでアンドレと踊っていたランドル伯爵令嬢か。ルーク様より名を授かった……。しかし、この場合はアンドレに分があるな……ジェレミーよ、お前の場合、婚約者はまだいないにしてもお披露目会のパートナーがいる上に、ランドル伯爵家とは近い間柄でもないだろう。あの家系は中立派であるはず。それにランドル伯爵令嬢はアンドレと婚約するのではないのか? お前の出る幕はないだろう?」


 王はジェレミーを言いくるめて、提案を拒否しようとする。ヘルマンから何か言われても困るといったところだ。

 ジェレミーは、笑顔で自分にもその権利があると、補足する。


「そうとも限りませんよ。ここ数ヶ月、ほぼ毎日のようにランドル伯爵邸に行っていましたし、個人的には婚約者候補として見ていますから。一番優先度が高くなりますよね。アンドレに宣言としては先を越されましたけどね。好きになったのはずっと前ですよ。エリアナ嬢のパーティーの時、しかもダンスが行われた夜ではなく、夕方の時点で好きでしたから。それに、アンドレとの関係は正式な縁談の申し出ではなく、ただ、好きだと宣言しただけですからね。まだ誰にでも彼女と婚約する権利はあるはずです。いまはまだ見送りますが、いずれは申し込むつもりですよ」

「なんだと?」

「これだけは譲れませんね。絶対に」


 ジェレミーの話を聞き、王は溜息をもらす。そして、アンドレをちらりと見る。


「私も譲れません」

「流石に令嬢に決めさせるというのは酷な話だな……被った場合は……仕方ない。令嬢は狩猟大会において、お前たちのパートナー候補からは除外する。それに双方ともに強引に婚約を進めることも許さん。帝国と問題になることや王国内部で内戦状態になるのは困るからな。ランドル伯爵家の令嬢についてはルーク様から名を授かっておるし、聞くところによれば聖女なのかもしれないのだろう? 伯爵と話をしてどうするか考えることにする」

「な!」

「それは……」


 当然、この話を聞いた時からリゼと出ようと考えていた二人は向かい合う。アンドレは比較的落ち着いているが、ジェレミーは困ったという表情だ。懸念していた王妃が強引に婚約を進める危険性はなくなったが、リゼと婚約するには色々と厄介な状態になってしまったからだ。

 それに狩猟大会でリゼを選ぶのは困難になってしまった。


「お前たちでよく話し合うことだな。ルイ、お前は……狩猟大会の方は大丈夫か?」

「正直こんなことになるとは思っていませんでした……が、一人よりもパートナーがいた方が良いのでエリアナを選びます。婚約者ですから必然的にそうなるかと」

「確かにお前は婚約していたな。剣術は大丈夫か?」

「剣の型は覚えていますのでなんとかなるかと。エリアナも最低限のサポートはできるでしょうし」

「バルニエ公爵家の娘か……そう甘いものでもないと思うがまあよい。そういうことだ。全員下がれ」


 王子たちは下がることになる。こうして一人で挑むか、パートナーを探して挑むか、つまり、うまくリゼを説得する必要が出てきたジェレミーとアンドレなのだった。果たして二人はリゼを選ぶのか、被った挙句に他の人物を選ぶことになるのか……それとも一人で挑むのか、どうなるだろうか。外に出るとジェレミーが不満を口にする。


「アンドレ、まったく困った人だね」

「うん?」

「確かリゼとは最近知り合ったんだよね〜。僕はもう随分前から一方通行ではあるけど、好きな人だからね。譲るべきじゃないかな?」

「好きな人、ね。それを言うなら私たちは命を預け合った仲。死線を乗り越えた戦友でもある。君が譲るべきだ」


 アンドレもジェレミーも決して譲るつもりはないようで、二人の話し合いは破綻する。


「ふーん。そう。まあ、リゼに聞いてみるとするかなぁ」

「私も聞くとしよう」


 二人はそのまま特に会話もないまま、別方向へと(きびす)を返す。ルイはそんな二人を呆れて見つめていたが、首を横に振ると自室へと向かうのだった。


 その頃、王宮内のとある場所では……ある話し合いが行われていた。


「バルニエ公爵。思ったよりも早く事態が動きましたね」

「先程は無駄口を叩きそうになりまして、申し訳ありません。えっと、何かあったのでしょうか?」

「あのですね、話題といえば先程の話に決まっているでしょう。他にありますか? あまり私を疲れさせないでいただきたいものです。狩猟大会の件ですよ。これは他の参加者を陥れやすく、自分たちの利を追求しやすい……」

「どういうことです? ルイ王子にとっては色々と不利かなと思いますが……」


 バルニエ公爵は狩猟大会の何が良いのか分からず、頭にはてなマークを浮かべている。男は深い溜息をつく。それからあきれた表情で言った。


「困りましたね……何から何まで説明しないといけませんか?」

「え、いえ、それは……」

「ルイ王子にはある程度痛めつけた大型モンスターを倒させて、優勝させます。そして、他の参加者のところには……」

「なるほど! つまりジェレミーやアンドレ、例の小娘などを……」


 男の話を聞いた彼は、「素晴らしい!」と、手を叩きつつ、目を見開き興奮気味になる。


「そういうことです。人が多い街で襲う必要もありませんし、楽でしょう? 足もつきにくい。死体も残り、確実に死んだことが分かるという」

「まさに!」

「状況がこうなってきますと、王子たちは色々と厄介でしかありませんから……今のうちに消しておきましょうか。これくらいなら失敗せずに遂行できますよね? ターゲットは王子のみです。あの小娘は不気味なので除外します。何か隠していることがあるかもしれませんし。毒入りの水を飲んでも問題なさそうでしたからね。それに敵とするよりも取り込む可能性もありますしね……」

「は、はい! あ、最後はなんと? 毒入りの水のお話から先が聞こえませんでした」

「聞こえていなくて問題ない話です。その意気ですよ。それで、回答していただけますか? これくらい簡単なことはお願いできますよね? デルナリ国より調教済みのモンスターを仕入れるのです。お金はかかりますが、出来ればボス級が良いですね。南方であれば調達可能でしょう。運び込みには転移石を使えば足はつきません。あとはお任せしますよ」

「はい! お任せを……」


 歓喜するバルニエ公爵に、男は「失敗は許されませんからね……」と念を押すと退室した。


 ◆


 その頃、リゼたちには王宮主催の狩猟大会の話は届いておらず、屋敷内のアトリエに居るのだった。


「エルからお願いされた絵、何を描こうかな」

「まあ、一番お喜びになるのはお嬢様の肖像画とかでしょうけど……」

「それはちょっと……自分で自分を描くのは嫌じゃない……?」

「確かに……どういう系統にするのですか?」

「私の好きなものを描いて良いということだったから、屋外の風景とかになるかも。そうだ、エルって剣術以外に好きなことあるのかな。手紙で聞いてその返事で何にするか一応、考えてみる」


 好きなものを描いてよいのであれば、外の景色を描くつもりではあるが、念のためエリアスの好みを聞いて、取り入れるか判断を行うことにした。


「良いですね。賛成です!」

「じゃあ今日は軽く商会向けの絵を描いて、料理の勉強をして、剣術に魔法の練習といきましょう。あ、そういえば明日からまたキュリー先生の授業が再開されるのだった。そっちの勉強もしないと」

「時間配分が大事になってきますね」

「そうね……うまくバランスを取らないと!」


 アイシャは「そういえば」と呟いて、リゼにあることを伝える。


「お嬢様、アンドレ様の式典で絵を飾られていましたよね? あの絵が話題になっているようですよ。名のある画家たちの間で論争になっているみたいです。あと、アカデミーからも目をつけられているようです」

「え、そうなの? ゼフティアにはない表現だったからなのかな。確かに人だかりが出来ていたような」

「そうですね。あとは神託の……フォルティア様が描いたというのもあるかもしれませんが。聞いた話によると、批判が六割、賛同が四割みたいです。新しいことというのはなかなか受け入れられるまでに時間がかかりますからね。保守的な人たちには受け入れがたい何かがあるのかもしれません」

「それは……仕方ないと思う。でも、私はこの描き方を続けようかなって思っているのよね。黒色は使わずに、他の色を使って光や影を表現する。私、見たときに明るい印象を受ける絵が好きだから」


 リゼの言葉に「絶対的に同意です!」と、賛同するアイシャ。アイシャも一緒に絵を描いたりしているため、必然的にリゼの描き方に寄って来る。なじみのあるリゼの絵が好きなのだろう。

 リゼとしてはどのような絵柄も好きであるため、対立はしたくないと少しだけ感じるのであった。


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