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75.王宮でのひととき

 そして翌日になる。復習を兼ねてサンドイッチ作りを行うのだ。

 昨日教わったことを思い返しながら作ってみる。寝る前に日記にも記したため、手順はバッチリ、頭の中に入っていた。

 テキパキと進めていく。


「よし、完成。じゃあアンドレのところに行こうかな」

「分かりました。すでにこなれた感じになっていますね。今度ジェレミー様やラウル様にも差し上げたら良いかもしれませんね?」

「そうね。ジェレミーたちとはあれから会ってないから……ちょっとだけ緊張するね……」


 アンドレの式典以降、まだジェレミーたちとは会っていない。会っていない期間は数日間ではあるが、彼らとここまで会わないのはいつ以来だろうか。なかなか訪ねてこないジェレミーやラウルはアンドレの登場によって環境が変化しており、色々と家の事情で忙しいのかもしれない。もしくは、告白した手前、恥ずかしいのか、どちらかであろう。


「お嬢様は……あまり考え込まずに友人として普通に接すれば良いのではないかと」

「うん……そのつもりよ!」

「まずはアンドレ様ですね」

「そうね……!」


 屋敷を出て王宮に向かう。

 なお、昨日は交換画面で得た加護やスキルのチェックが出来ていないため、帰宅したらアイシャと実戦形式で確認しようかと考えている。


 ◆


 その頃、王宮では、忠臣たちとゼフティア王が話し合いを行っていた。


「王よ、王位継承問題についてはどのようにお考えなのですか?」

「うーむ……今回の騒動で何か変わったことは?」

「おそらく中立派がアンドレ王子派を作るでしょうし、それぞれの派閥からも離脱者が出るかと。例のランドル伯爵家もルイ王子派から抜けられたそうです。王位継承権の競争が激化するものと思われます。このままいくと、アンドレ王子派にならなかった中立派をいかに取り込めるかが鍵になってきますから、水面下で様々なことが起きるでしょう。とはいえ、このままいきますと王妃様配下のジェレミー王子派よりも帝国の後ろ盾があるアンドレ王子派が勢力的には上回るのではないでしょうか」

「参ったな……アンドレは帝国が後ろ盾になっているしな……帝国の影響は計り知れない。いままでの貴族による投票システムでは、帝国の恩恵にあやかろうとアンドレ派が増え続ける可能性がある。よって、従来の方法を変えてでも、平等に次期王を選ぶ必要がある」


 ゼフティア王は頭を抱えながらも宣言する。王位継承を貴族のおもちゃにされるわけにはいかないのだ。なお、ゼフティア王国では、建国以来、王位継承権問題が発生したのは数回しかない。男児が生まれた時点で基本的に子作りを取りやめていたのだ。例外として前国王とドレ公爵のように歳が離れすぎている場合は、産み落とされる場合もあった。また、王位継承権問題が発生しないように、秘密裏に処理されていることもあったようだ。王国の闇だ。

 にも関わらず、現国王は色々と後先考えずに行動しため、同い年の王子が三人いるという絶望的状況になってしまっている。

 忠臣は国王の発言を聞いて疑問を口にしてくる。


「平等に選ぶとすると、投票制度を廃止する……つまり、システムを変えられると?」

「検討が必要だ……我が国の現在に即した案を作るのだ」

「わかりました……」


 ゼフティア王国では、王位継承権問題が発生した場合には、選出は貴族による投票にて行われてきた。各爵位によって投票価値が設けられ、適切に計算されたのち、王が選出されてきたのだ。

 王国は隣国のブルガテド帝国とは聖女のいざこざがあり、長い期間、正式な国交もなくお互いに干渉せずにきた。しかし、アンドレとその母親であるテレーゼが帝国の出身ということがわかり、状況が大きく変化してきていた。

 帝国の経済というものは、とてつもなく強大であるため、恩恵を得ようとする貴族が後を経たない可能性がある。欲に(まみ)れた貴族たちがアンドレを担いだりしないように、できる限り平等に選出を行うシステムの確立が不可欠となってきているのだった。急務である。

 アンドレ派はヘルマンのお眼鏡に叶う必要があるため、なかなか欲にまみれた貴族は派閥に入ることが難しいはずであるが、ゼフティア王はそこまで考えていなかった。

 

 ◆


 そんな話が繰り広げられている頃、リゼたちは王宮に到着する。特に物々しい雰囲気はなく、平和だ。アンドレ付き執事が出迎えてくれる。護衛の騎士やアイシャは馬車で待機となった。


「ランドル伯爵令嬢様、ご案内させていただきます。お初にお目にかかりますが、オースト=サン・ジョルジュと申します。離宮時代の幼少の頃よりお仕えしております」

「はじめまして、リゼ=プリムローズ・ランドルです。宜しくお願いします」


 帝国の子爵位を持つ帝国貴族となったリゼであるが、ゼフティアでは普通に伯爵令嬢として扱ってもらえることになっていた。つまり、ランドル子爵呼びはなしだ。いちいち気を使われたら身がもたないと思ったので、ダンスパーティーの際に王や王妃にお願いしたのだ。

 なお、このオーストという執事は貴族であるようだ。アンドレがカイとして街に出ることを容認したのはきっと彼であろう。彼のお陰でアンドレは離宮に閉じこもることがなかった。

 しばらく歩くと、アンドレの部屋の前に到着する。なお、離宮はいまもアンドレたちが使ってよいということになっているようだ。というのも、ヘルマンが滞在するのにも利用されるからだ。


「こちらになります」

「わかりました」

「アンドレ様、ランドル伯爵令嬢様がお見えになりました」

「どうぞ」


 アンドレの返事を待ち、執事が扉を開ける。リゼは「ありがとうございます」と会釈をして入室する。入室すると、アンドレを訪ねてきた貴族たちが帰る支度をしている最中であった。いままで中立派であった貴族たちのようだ。すでにヘルマンと面会して派閥を作ることが許可された人物たちであろうか。


「アンドレ王子、いつ婚約をされるのですか?」

「それは……リゼ次第かな……」

「左様ですか。出来る限り早い方が宜しいかと」

「なぜ?」


 貴族たちはこそこそとアンドレに話しかけている。リゼにはギリギリ聞こえない声の大きさだ。アンドレの返事は普通に聞こえてくるため、自分のことを話しているということは分かった。


「王子はご存知ないかもしれませんが、噂によるとジェレミー王子とも前から親しいご様子ですし、その他貴族からも……序列二位のドレ公爵令息などです」

「えっ……?」

「それにルーク様に名を授かった聖女かもしれない方です。他にも狙う貴族たちが出てくるでしょう。ここ数日間で貴族たちがランドル伯爵邸に押し寄せていたようです。それでは失礼いたします」


 貴族たちはリゼに「いずれゆっくりとご挨拶させてください、フォルティア様」と、挨拶をすると退室していった。ここ数日で気付いたことだが、信仰力が強い貴族は『フォルティア』と呼んでいるようだ。

 リゼは貴族たちに挨拶をするとアンドレの元へと向かう。


「あの……こんにちは。アンドレ」

「あ、あぁ。そこに座って」

「はい。ちょうどタイミングが悪くてごめんなさい」

「気にしないで。話も終わるところだったから」


 アンドレは少し動揺した様子でリゼに椅子を勧める。そして、紅茶を入れカップをリゼの前に置いたのだった。


「あまり聞こえなかったのですが、私の話でしたか?」

「そうだね……聞いても良い?」

「はい」

「リゼはジェレミーやその他の貴族と親交があるのかな?」


 そういえば、彼らのことを話していなかったということに気づいた。アンドレと剣術や魔法の話をアトリエですることはなかったのが理由だ。それに彼らがちょうど同じタイミングで訪ねてきたこともなかった。


「そういえばお話する機会がありませんでしたが、そうですね、友人です。ジェレミー、ドレ公爵令息、カルポリーニ子爵令息のみですが。あとはスプリング侯爵令嬢はお友達ですね。あと二人ほど、先日のアンドレの式典で仲良くなった方がいます。マシア子爵令嬢とラングロワ侯爵令嬢ですね」

「友人ね。相手も友人としてリゼのことを見ているということか。安心した。スプリング侯爵家の方か。先日、侯爵と会ったよ。ルイ派を抜けて中立派になるという話だったかな。それにマシア子爵やラングロワ侯爵とも会ったね。彼らは娘である令嬢たちからの強い要望もあって中立派のままいくことにしたようだ」


 アンドレは少し安堵したように呟いた。リゼとしては友人だと考えているが、先日の件もあったため、隠しておいても仕方なく、嘘は良くないということで、一応伝えておくことにする。


「あー、それは……」

「ん?」

「私としては友人なのですが……カルポリーニ子爵家からは縁談の話があり……断りました。ジェレミーやドレ公爵令息からは……アンドレの祭典の時に好きって言われてしまいました……」


 アンドレは、恐れていたことであったようで、「そうか……」と呟き、押し黙る。まさかのライバルがいたことを知り、どうしようかと考えているのかもしれない。いままさに、ヘルマンの『頑張るように』という意味を痛感していた。

 悩んでいるらしきアンドレを見ながらも、自身も悩んでいるため、素直な思いを口にすることにする。


「私もいまの状況には困惑していまして……」

「そういえばロイドからジェレミーが明るくなって、どこかの令嬢と美術館にいたと話していたような……」

「そうですね……」

「それがリゼとだったのか。そうか……話が繋がったよ」


 それなりにショックを受けているようだ。リゼは念のため、今後の方針について説明しておくことにする。


「ただ、私は学園でお相手を選ぼうと思っているのです。もしくは、私が告白して選んでいただくか……ですね。なので、いまはあまり考えないようにしようかなと……私、魔法や剣術の練習に集中したいですし」

「うん。お祖父様からその話は聞いたよ。リゼのその考えを尊重する。しかしまさか身内にライバルがいたとはね。それに他にも……」


 この話をあまり長引かせるのもよくないと感じるリゼは持ってきた鞄に目を向けることにした。


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