71.聖女について
リゼは日記をつけていたが、一段落したところで本棚へと向かう。
古代魔法の本が大量に敷き詰められているが、リゼが個人的に入手した本が置いてあるエリアで目的の本を手に取る。
そして、再び机へと向かう。
「さて、身を守れるようには当然するのだけれど、神託について考えを整理しておいたほうが良いはず。他の国に聖女が出現した場合に、どこと戦争になるかもしれないのか、予測しておかないと。この本、買っておいて正解だったかも」
本のタイトルは『アスラロテ大陸 ~各国の宗派と教義~』と『聖女降臨』だ。前者は各国がどの神を信仰しているのかをまとめた本で念のためにと取り寄せておいた本である。後者は非常に古い文献であり、聖女に関してが書かれている。これはキュリー夫人がくれたのだ。
リゼの予想では、今後、大地の神ルークの神託を受けて、各国が聖属性の持ち主探しをするはずだ。大地の神ルークを信仰していない国でも念のため確認はするだろう。基本的に、近年においては同じ神を信仰している国は小競り合いはあるものの、大規模な戦争にはなっていない。しかし、別の神を信仰する国とは戦争になる可能性がある。そんな国の聖女が誕生してしまったら、正義の名のもとに侵略をしてくるかもしれない。よって、いまのうちに敵となりうる国を見極めておくつもりだ。
「えっと、ゼフティアとブルガテドが私の関係するところだから、その両国周辺を見てみましょうか。まずはゼフティア周辺ね。北はブルガテド帝国、東はベレ公国、聖ルキシア国、ソレージュ王国の三つね。南は別大陸の未開地。西はデイラ聖教国」
近頃この日記はアイテムボックスに収納している。いつ何時でも見れるようにするためだ。日記に地図を描いていく。
ブルガテド帝国は大地の神ルーク、武の神ラグナルを信仰しており、ゼフティア王国は大地の神ルークを信仰しているため、ある意味で被っている。そして、ベレ公国、ソレージュ王国はそれぞれ大地の神ルークを信仰しており、聖ルキシア国は水の神アレーヌを信仰している。
そして、デイラ聖教国は光の神ルーフを信仰している宗教国家だ。
「うーん。私としてはデイラ聖教国に聖女が誕生したら危険かなと思う。領地も大きくてそれなりに人口もいるから戦争を始められそうよね。それに『他の神は異端とし、世界への布教、統一を目指し~』という記載があるし、危険かも。ゼフティアの王都にも支部というか小さな教会みたいな建物があるのだけれど、あんまり良い噂は聞かないし、保護とかそういう名目で攻めてくるかもしれない。逆に聖ルキシア国はゼフティア王国とは千年以上前には戦争をしていたけれど、いまは良い関係を築いていたはずよね……続いて、ブルガテド帝国を見てみましょうか」
ブルガテド帝国は北にアレリード。ここは農耕や狩猟を生業とする民族が住んでいるが、荒々しい民族であり周辺国家への侵略を繰り返す秩序のない、ならず者集団というのが常識だ。そんな彼らだが、信仰しているのは秩序の神ガイラだ。そして東のアレーナ王国は夜の神ルア。南はゼフティア王国であり、大地の神ルークを信仰しているため、被っている。西のヴィッセル公国は武の神ラグナルを信仰している。
なお、アレーナ王国のさらに東にある国々はそれぞれグレンコ帝国とケラヴノス帝国であり、前者は知恵の神カルロ、後者は殺戮の神モリガンを信仰しているようだ。比較的、ブルガテド帝国は他宗教の国々と近いようだ。
「ブルガテド帝国周辺の国はゼフティア以外はよく知らないかも。アレリードの海賊みたいな人たちがランドル伯爵領のある島にまで進攻してきたという昔話を聞いたことがあるくらいね。確か先祖が返り討ちにしたはず。よし、危険な国は改めて理解できた。私の印象としては、デイラ聖教国は危険で要注意、ブルガテド帝国の周辺はアレリードや東の国々は危険かも……といったところね。それ以外の国については、聖女が誕生しても戦争にはならない気がする……」
といってもここまでまとめてみたが、現状で何かできることはない。せいぜいそれらの国の動向を注視しておくといったところだ。それに、もしかしたらルークによって転生した転生者が今後現れて同じような加護をもらって聖属性を得るのかもしれない。念のため、ルークやミカルのメッセージを日記に書き写しているため、振り返ってみる。
『芸術の神ミカルじゃ。前世の人生で頑張っていたことを称え、少しだけ力を貸してやろうかの。どう使うか、よくよく考えることじゃ。先程のルークの話じゃが……人生は選択の連続じゃよ。一つの選択で身近な運命の歯車は変わるものじゃが……。だがの、変えられない大きな定めもあるものじゃ。例えば、個人の努力で天災を防げるか、答えは否じゃろうて。ルークの言う通り、大きな流れというものはある、準備は怠らないことじゃ』
『さて、あとは君次第だ。一つ良いことを教えてあげよう。リッジファンタジアはシリーズ物でね。君がやったのは『リッジファンタジア』で記念するべき一作目だよね。そしてファンディスクが『リッジファンタジア ~ Its the truth he speaks.~』で、次がブルガテド帝国を舞台にした『リッジファンタジアII』。そして、三作品目は『リッジファンタジア オルタネイティヴ』だね。三作品目は一作目と同様にゼフティア王国が舞台で主人公はレイラだよ。それから、私はね、転生については管理しているけど、他にも色々な神がいるということを頭の片隅に記憶しておいてね。さーて、危険は様々なところにあるから、加護を有効活用することだね。特別な名も授けたし、たまには君の生活を観察してみるとするかな。では頑張って~!』
書き写したメッセージを注意深く確認する。
「う~ん。メッセージからは聖女については読み取れない……。それにしても、私がプレイした『リッジファンタジア』は学園入学から卒業までの間に聖女なんて誕生しなかったし、王位継承権問題で色々あったということくらい。エルのルートは荒れたけれど。続編では語られたのかな。ファンディスクとわざわざレイラを改めて主人公にした三作目……これらが重要な作品なのだとは思う。プレイしていれば何か分かったかもしれないのに。歯がゆい……。一つふと思い出したことはレイラのステータスウィンドウにおける称号ね。確か『選ばれし二人』だったはず。思えばなぜ二人? そして、『他にも色々な神がいるということを頭の片隅に記憶しておいてね』……色々な神がいることを頭に入れておくこと……どういうことなのかな」
結局のところ、最初にあの朽ち果てた教会に呼び出された際にルークに何かが起きると言われて、ミカルからもそのような話が示唆されており、ルークからは先日、改めて危険な世の中であるということを念押しされて、聖女が出てくるという神託があったということで、リゼとしては一作目のリッジファンタジアでは語られなかった何かが起きる、それには聖女が関係あるかもしれないということくらいしかやはり分からなかった。
とはいえ、一つ明確なことがある。三年後の四月三日に聖女がどこかに誕生、もしくは出現するということ。そして、恐らく大陸の国々は混乱に巻き込まれていくことになるだろう。それまでに準備を怠らないようにしなければならない。それに『五年後、全ての扉が開かれるだろう』という神託の『扉』が何なのかも考えていく必要がありそうだ。
リゼは個人的に努力を重ねて何かあった時に生き残れるようにするつもりではある。しかし、果たして王位継承権問題などで水面下の争いが絶えないゼフティア王国は近い将来に向けて必要な準備を行えるのだろうかと疑問が残る。そこは王や忠臣がどうにかするのだろうが、噂やニュースなどにはアンテナを張っておき、前もって動けるようにしておくことにした。
そして、ブルガテド帝国は神託により即座に様々な状況を考慮し、準備を整えていくはずだということはなんとなく予測できた。帰り際にヘルマンより「おぬしが聖女であろうがなかろうが、帝国は常におぬしと共にある。諸々、対応が必要だ。何か分かったら知らせよう」と伝えられたためだ。
それからリゼは『聖女降臨』を読んだ。要約するとこの本には聖女出現とそれが原因でかつて存在した大帝国からゼフティア王国やブルガテド帝国が独立し、大規模な戦争になったということが書いてあった。大帝国は縮退を続け、現在の聖ルキシア国となったようだ。聖女はゼフティア王国の民としてどうやら戦地にも赴いたようだが、何かしらの原因があって数年後にブルガテド帝国へと渡ってしまったらしい。突如として姿を消したため、理由は分からないそうだ。そしてブルガテド帝国に在住していることが判明し、ブルガテド帝国とゼフティア王国の国交が完全になくなった事件でもある。聖女は忌むべき存在として歴史から抹消されたが、次に現れた聖女は王国の管理下に置くということが決まったらしい。そして、聖女は最終的にブルガテド帝国で亡くなることになるが、今もなお、帝国にて保管されている『聖女の石』に聖属性魔法の力を蓄積したとのことだ。帝国では重要人物の治癒などに利用されている。が、年々蓄積した魔力が減ってきており、そろそろ底をつくことが予想されていると記載されていた。
この本が書かれたのはだいぶ昔のことであるが、どうやら加筆されているようだ。その加筆は五百年前なので、そろそろ本当に『聖女の石』の力は失われてもおかしくない。
「結局、何が起きるのかは分からないけれど、加護によって聖属性魔法で攻撃されても一撃で殺されたりはしないはず。とはいえ、どんな魔法なのか分からないと対処出来ないから、交換画面の魔法交換画面において、聖属性魔法がラインナップされたら試しに習得して観察してみましょう。破壊力だとか、どうすれば対抗できるのかとか、他の魔法で相殺出来るのか、などね。よし、とにかく練習の日々よ!」
その翌日、ランドル伯爵邸の前にはリゼと面会したいという貴族たちが唐突に訪ねて来たため、お断りと、どのような要件だったのかを伯爵が確認するといった忙しい日になってしまった。
来訪の要件としては、『聖女フォルティア』への挨拶かアンドレ派への勧誘といったところだ。
どうやら聖女だと思い込む人々がそれなりにいるようで、リゼは伯爵を通して『違います』と伝えてもらったが、本当に信じてもらえたのかは謎だ。平民もランドル伯爵邸の前を通り過ぎる際に謎の一礼をしたりしているため、嫌な噂が広がってしまったとリゼは溜息をついた。
まったくもって聖女ではないのだが、本当の聖女が出現した際に、『偽聖女だ! 人々を騙していた! 偽聖女に裁きを!』などと言った罵倒を浴びせられたりしたら最悪であるため、今のうちにどうにかしたいがどうこうできる状態にはなかった。
そういった騒がしい日々は数日間ほど続くのであった。




