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69.動き出す者たち

 エリアスとは一旦別れ、大公のところに向かうことにする。


「ヘルマン様。お待たせしてしまい申し訳ありません」

「結構。気にするでない。もう一度改めて礼を言いたくてな」

「あの……本当にテレーゼさんやアンドレが幸せになってくれて良かったと思います。私のことはお気になさらずに……」


(これ以上は目立ちたくない……)


 というのが本音だ。また別のお礼のために呼び出されたのだろうかと身構える。


「そう言うわけにもいかん。この度のこと、感謝する」

「今後、ご家族でより良い日々を過ごしていただければ私も嬉しいです」

「それで、アンドレとはいつ婚約するのだ? 来月に発表するか?」

「えっ! 婚約ですか?」

「当然だろう。わしとしてはおぬししか適任はおらん」


 そういう話にいつかなるかもしれないと考えていたが、まさかこんなに早くその時が訪れるとは思っていなかったため、驚きの声を上げてしまった


「アンドレからは返事はまだ良いって言われていまして……」

「なに! あやつめ。こういうことはすぐに進めなければ意味がないと言うのに」

「…………」

「……まさかアンドレ以外の男を選ぶつもりはなかろうな?」


 黙り込むリゼにヘルマンが重い口調で聞いてくる。


「う……あの正直に申し上げても良いでしょうか」

「言ってみよ」

「まだ、好きですとかそういうことはよく分かりません……。アンドレは命を預けあった仲ですし、私が殺されそうな時に、敵の前に立って私を守ろうとしてくれたんです。とてもカッコよかったです。でも結婚は一生を左右することなのでもっと人となりを知ること……具体的には学園に入学して寮生活となることで深く知れると思うのです。なので、結婚相手は学園で恋愛して決めたいと考えていたり……します。怒らせてしまいましたら申し訳有りません……!」


 目を瞑り話を聞いていたヘルマンは、ゆっくりと頷く。


「とくに怒りはせぬ。帝国にはない価値観だと思っただけのこと。まあ良い。それではアンドレには頑張ってもらうしかあるまい。わしとしては娘と再会させてくれて、それから孫にも会わせてくれたリゼよ、おぬししかありえないと考えておるからな。娘については命まで救ってもらっておる。うーむ……それからなるべく早く一度帝国に来ることだ。おぬしに譲渡した領地の説明をしなければならないからな」

「わかりました。私、領地管理のことなど何も知らないので教えていただけると……」


 婚約の話にならず一安心するリゼは帝国を訪ねることを約束する。


「良い心がけだ。それからもう一つ。週に一度王宮に出向いてアンドレの話し相手になってやってくれないか」

「分かりました。一緒に絵を描きながら話したりというのも楽しそうなので。劇を見たりも。あとは剣術や魔法の練習などもありかもしれません」

「む。やはりアンドレにはおぬししかおらぬだろうな……」


 ヘルマンはそう呟くのだった。そして、彼は人だかりができている方向に目を向けた。

 リゼもつられて目を向ける。そこにはリゼが展示用に描いた絵画が飾られていた。絵の前にはリゼが契約しているステファン・アルベール、アルベール商会の会長が立って色々と質問に答えているようだ。

 それなりの人たちに絵を見てもらえてリゼは少し嬉しくなった。 


 ◆


 その頃、会場のルイ派が集まるエリアでは。


「まったく何なんですの。あのリゼとかいう生意気な子は! 皆さんもそう思いますわよね?」

「そう、ですね……」

「あはは、本当に生意気ですわよね……」

「あら、どうしましたか? 歯切れが悪いですわよ。ほらあなた、このワインをあの子にかけてきなさいな。あのふざけたドレスを汚してあげなさい」


 エリアナは取り巻きにワインのグラスを押し付ける。


「え! 私がですか? む、無理ですわ……見てください……帝国の大公と話してますし……」

「あのエリアナ様? ルイ王子派は大丈夫なのでしょうか?」

「それは……」


 アンドレ王子派が誕生するのも時間の問題、はたしてルイ王子派はどうなるのか。リゼの父、ランドル伯爵もルイ派を抜ける決断をしたように、他の貴族もそうしてくる可能性は高い。王位継承問題は波乱の予感だ。エリアナはリゼにちょっかいを出すことはあきらめ、ワインのグラスを持つ手を震わせながら、怒りに満ちた表情で見つめるのみだった。

 

 その頃、会場の外、とある個室での出来事だ。暗い部屋で語り合う者たちがいた。


「ど、どうしてこんなことに!? あの小娘の暗殺は失敗し、アンドレの式典まで……」

「バルニエ公爵、焦りは禁物ですよ。そもそも私は暗殺には反対したでしょう。勝手に行動した上にツメが甘いので我々の方で刺客は消しましたが万が一にも全てが明らかになればあなたは破滅だ」

「どうすれば良いのでしょう!」


 バルニエ公爵は焦って行ったり来たり、あたふたと歩き回る。


「娘のためなどという理由で暴走するのはこれきりにした方が良いでしょう。次に勝手な真似をしたら……分かりますね? あの方はお怒りですよ」

「はい……」

「ひとまずは様子を見ましょう。それにしてもあなたの娘はあまりにも世間知らずですね。よく教育することです。ランドル伯爵家はルイ派から離脱するでしょうから、ルイ派の部外者となるあの家系や伯爵令嬢などは無視して派閥内をきちんとコントロールするように。アンドレとまだ婚約もしていませんし、その気になればあんな小娘はいかようにもできますから。とにかく、今回のような勝手な真似は慎んでくださいね。とはいえ、中級ダンジョンを二人で攻略するなど、正気の沙汰ではありませんね、不気味ですよ、あの小娘は。ということは、詳細をつかむまでは手出しをしないほうが良いでしょう。様子を見るのです。分かりましたね? それからあの方を会場内で見つめないようにしてくださいね」

「わ、分かりました……」


 明るい口調でそう告げられたバルニエ公爵はうなだれながらそう答える。


「それでは私もそろそろ会場に戻らないと怪しまれてしまいますね。では。おっとそうでした、様子を見ましょうとは言いましたが、あの令嬢にはこの混乱を招いたお礼にプレゼントを贈りましたよ。まあ、死にはしないでしょう。軽いちょっかいというやつですね」

「す、素晴らしいです……!」


 暗い部屋の影に隠れた者はその場を立ち去った。少し時間をおいてバルニエ公爵は呼吸を整えると会場へと戻るのだった。


 ◆


 リゼはというと、ゼフティア王と王妃、テレーゼに囲まれていた。リゼとはどういう人物なのか話してみたかったのだろう。リゼのことが気になるのか王妃から直視され続けていて、何とも言えない気持ちになっていた。テレーゼは優しい顔つきで始終リゼに接してくれており、ゼフティア王は今度ランドル伯爵を招いて晩餐会をしようと提案してきた。その後、宰相が合流したところで、宰相の息子であるジャンに会いたくないため、少し話をしてその場を離れるのだった。


「ランドル伯爵令嬢様、お飲み物はいかがですか?」

「あ、はい。いただきます」


 リゼは、攻略キャラに会わないように、辺りを警戒しながら飲み物を受け取る。それから人が多いため、壁際へと移動した。


(波乱の一日だった。まさか、こういう展開になってしまうなんて。これからどうすれば良いのかな)


 そして、飲み物を見ると頭がピリリとする。


「うっ、まさか」


 先ほど受け取ったこの水は、どうやら毒レベル1だ。急いでアイテムウィンドウを確認する。


『ハンカチ 備考:フォルチエ店のハンカチ。材質は絹』

『カルミネ 備考:ブレスレッド。魔法の威力を増幅させる』

『メリサンドの指輪 備考:魔法の再詠唱を早める』

『ミネラルウォーター 備考:※毒レベル1 高級水』


「なんてこと……こんなところでも何かされるなんて……。よく見ずに受け取ってしまったけれど、毒レベル1でよかった。いつでも狙っているよってことなのかな……レベル1なら問題ないし、レベリングのために飲んでしまいましょうか。こういうことを想定していたから毒耐性スキルを入手しておいて正解だった」


 リゼは一気に飲み干した。

 空になったグラスを持つリゼを見つめている者がいる。しかし、それが誰なのか、知ることは出来ない。その者は「よくわかりませんね。まるで何事もなかったかのような感じ、ですか。あれは中身を捨てたのではなく、確実に飲んでいましたね。警戒が必要です。……様」と呟くのだった。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 何故に飲む···アンドレ達に証拠として渡して犯人探すべきでしょうが。会場で毒を盛れるのだから犯人は会場内にいるはずでしょう···恐れてる割に変に楽観視するのがなぁ~敵側もあからさまに大公がリ…
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