194.壮行会の朝
エリアナが口を開いた。
「お優しいですのね、ランドル侯爵令嬢……あの、一つ、話を聞いていただけますと嬉しいですわ……」
「あっ、そうでしたね。何でしょう……?」
「ランドル侯爵令嬢、どうしたらあなたのように強くなれるでしょうか? オフェリー嬢に並び立つような……いえ、それ以上の強さに……私の知る限り、ここ数年間、オフェリー嬢は強いと有名でしたわ。そんなオフェリー嬢をあのように簡単に倒されてしまうとは……どうすれば良いのか、是非教えていただきたいです……わ」
「それは……あの時は剣術のみで戦ったと思いますが、毎日練習する必要があります。例えばここにいるアイシャは毎日私やジェレミーたちと剣術や魔法の練習をしてきました。アイシャはオフェリー嬢に確実に勝てるレベルです。ただ、毎日練習するといっても、目的意識や真剣度合いが重要です。目標を決めてそれに向けて着実に成長することが大切です。エリアナ様はオフェリー嬢くらいの強さになりたいのでしょうか?」
オフェリーと戦った際には魔法やスキルを使用しなかった。よって、あれは加護による交換画面の効果ではなく、練習に練習を重ねたことで得られた成果だ。何とか運命を回避したい、そして剣術大会に出て成長度合いを確認したり、ダンジョン事件などを踏まえてもっと強くなるために、ブルガテド帝国の剣術を取り入れて対応の幅を広げるということを目標に練習してきたが、目的意識があったからこそ成長できたというものだ。
「私は……オフェリー嬢というよりも、ランドル侯爵令嬢のように強くなりたいですわね……私は自分には取り柄もないので爵位で全てを判断することで、自分の弱さを見て見ぬふりをしてきました……。いまではそんな自分が許せない……努力して一人の人間として胸を張ってみたい……ですわ」
「わかりました。素晴らしいと思います。では、唐突ですが、明日、私の家に来られますか?」
「ランドル侯爵令嬢の家にです……? はい、行けますわ」
「では十一時にいらしてください」
エリアナは「わかりましたわ」と返事をした。
その後、エリアナから再度謝罪があり、アイシャと共に帰路に着くリゼであった。
「意外でしたね。まさか例のバルニエ公爵令嬢があんなにしおらしくなられるとは……」
「そうね……」
「あと、もしかしたら話の途中でキュアをお使いになられるのかなと思いましたが、やはりという感じでした」
「うん。エリアナ様も、もしかしたらイザベル様の愛を幼い頃から受けていれば、あのようなことにならなかったのかもしれないと色々と考えちゃった」
イザベルはかなりまともそうな印象だった。彼女からの愛を受けさえすれば、エリアナは普通の令嬢だったかもしれない。
リゼの話を聞いて、アイシャは頷いた。
「それはあるかもしれません。一つの歯車が狂うだけで人生というものは大きく変わってきますから。人生における将来の可能性って無限にあるものじゃないですか。未来は一つの行動や何かの状態で日々変化しているものだと思います。よって、勇気を出して変わろうとするのであれば、きっと良い方向に行くと思います!」
「同意ね。私たちも魔法の練習をしなかったら今はないのだし」
「確かにそうですね。魔法の練習からかなり状況が変わりましたよね……」
「エリアナ様の場合は、意識的に変えていくしかないと思う。そのためにはやっぱり変えるための行動が重要ね」
といった話をしつつ、リゼたちは屋敷に帰ってきた。
この日はローラたちにエリアナのことをメッセージで話してみた。
彼女らもエリアナと話してみる気になったようであるため、近日中にお茶会を開くことにするのだった。
そして次の日のこと。今日はエリアナが来訪予定ではあるが、ジェレミーやラウルが訪ねてくるということにもなっている日であった。リゼの壮行会を開くことになっているらしい。
両親たちがそそくさとパーティー用の大広間に出入りを繰り返していたが、リゼは近づくことを禁じられたため、北方未開地でモンスターを狩ったりして過ごした。
そして、十時頃、ジェレミーとラウルが訪ねてきたところで、エリアナの話をすることにする。
久々に応接室に二人を連れてきて「話があります」と伝えたため、微妙に緊張した面持ちの二人であった。紅茶が運ばれたところで、ラウルが即座に聞いてくる。
「それで、話とは何かな?」
「えっとですね、ラウル様、そしてジェレミーにお願いがあるのです」
「リゼからお願い事とは珍しいね〜。何だろう。緊張してしまっているから早く話してほしいな」
「エリアナ様のことなのですが……」
色々あったため、言い出しづらいところではあるが、伝えておいた方が良いだろう。彼らが許すか許さないかは彼らの判断に委ねるしかない。
エリアナと聞いて二人は顔を見合わせた。緊張するような話ではないと感じたのか、リラックスした態度へと変わった。
「僕の絵を踏めって言ったルイの元婚約者ね。リゼにお茶をかけようとしたり悪口を言ったりした人だよね」
「あー、はい。その方です……実は昨日、町でお会いしまして。謝罪してくれたのです。もちろんジェレミーにも謝る必要はあるのは分かっているのですが、変わりたいと相談されて……お二人が宜しければ今日の剣術の練習に参加してもらおうかなと考えていたり……」
「なるほどね。こんな事を言うのは申し訳ないのだけど、罠の可能性は?」
ラウルはエリアナを警戒しているようだ。またトラブルにリゼが巻き込まれるのは困るといったところだ。
「私もそれは考えました。ただ、あの方って、純粋で取り繕ったり策略して騙そうとするということは出来ない人だと思うのです。いままでも常に言いたいことを言っていましたし、昨日も嘘を言っているようには思えませんでした。変わりたいと言われた時の表情は真剣そのものでした。過ちを犯してしまったとは思います。ただ、やり直しの機会を設けて差し上げるというのはありかなと思いまして……上から目線みたいになって申し訳ないのですが……」
「分かった。リゼがそう言うなら僕は良いよ。ジェレミー、君は?」
ラウルは頷いてジェレミーの方を見た。
「まあ……きちんと謝って、真剣に取り組むならいいよ」
「ありがとうございます!」
ラウルやジェレミーはリゼの話を聞いて同意するところがあったのか、エリアナが練習に参加することを許してくれた。
(正直、ここまでしてあげる必要があるのかと言うと……分からない。でも、彼女には彼女なりに、育った環境や公爵令嬢として求められること、つまり気苦労が多かったのでしょう。それに、子供の頃から母と他の家庭のように接することが出来なかったのは……うん。流石にかわいそうだと思う。なので、彼女が変われることを願って……)
それから一時間後、エリアナはやってきた。別れ際に約束した時間通りだ。応接室に行く前に彼らが居るということは事前に伝えておいた。ラウルやジェレミーも応接室で待っていたため、気まずそうに入室してくるエリアナだ。ジェレミーとラウルはじっとエリアナを見つめている。
「エリアナ=ジェリー・メルメですわ……今日はえっと、その……」
「エリアナ様、紹介します。ジェレミー王子のことはご存知かと思います。そしてこちらがドレ公爵令息です」
「ラウル=ロタール・ドレです。どうぞよろしく」
「ジェレミー=エクトル・ゼフティア。話したことはほぼなかったよね」
ラウルとジェレミーは硬い口調で挨拶をした。エリアナはこの状況に恐怖を感じているのか小刻みに震えている。




