192.悪役令嬢
馬車の中から物を自分たちで運び出している。公爵家での暮らしから一変、元公爵夫人の実家である伯爵家に籍を移したため、裕福な暮らしが出来なくなったのかもしれない。伯爵家といっても裕福ではない家柄もある。エリアナの母親の実家は中央領域に領地があるため、王都に住むことを許されている家柄ではあるものの、どちらかというと裕福な家柄ではない。気まずさがあるし、リゼは突然の出来事にうろたえる。
「あっ……気づかれないうちに離れましょう」
「そうですね」
リゼの言葉にアイシャは同意する。進行方向に彼女らがいたため、逆方向を向くと、リゼたちはその場を静かに離れようとするが、後ろから声がする。
「リゼ嬢、いえランドル侯爵令嬢……」
明らかにエリアナの声であり、簡単に見つかってしまうのだった。距離が近かったので見つかってしまったが、避けられなかった。リゼは仕方なくエリアナの方に向き直ると会釈して「ごきげんよう、エリアナ様」と挨拶をした。
「ランドル侯爵令嬢、こうして話すのは建国記念の待合室以来ですわね……」
「そうですね……エリアナ様……」
「少し良いかしら……?」
「あっ、はい……」
エリアナはアイシャのことをチラ見しつつも、道を挟んだところにある喫茶店を指差している。断りたいところではあるが、仕方なく了承する。馬車から物を運び出していた元バルニエ公爵夫人が急いでやってきて「裁判の時にご挨拶を出来ずに申し訳ありません。夫や娘が迷惑をおかけしてしまい、謝罪いたします。今後は私が監視します」と話しかけてきた。
それから喫茶店に移動し、エリアナ、元バルニエ公爵夫人、リゼは席に着く。アイシャやフォンゼルは少し後ろで待機している。アレクシスなどの騎士は街の人々に扮しているが、近くの席に着くもの、店の向かい側で待機するものなど、様々だ。
元バルニエ公爵夫人はすぐにお辞儀をして席を立つと、向かい側にある店にもう一度向かっていった。
注文を終えて、飲み物が並べられるまでの気まずさといったら、想像を絶するものがあったが、冷静に考えると同じ場で言葉をかわさずにお互いに無言を貫いたことがあったため、あのときと比べればアイシャなどが近くにいるし、少しはマシだと感じるリゼであった。しばらくすると注文した紅茶が運ばれてきた。そして、元バルニエ公爵夫人も戻ってきたところで、エリアナが口を開いた。
「あれから全てを失いました。地位も名誉も、屋敷も、お父様も、ルイ王子との婚約も、ご友人も。ルイ王子派は私の元友人、イヴェット=ベリエ・メナール侯爵令嬢が筆頭貴族の娘として盛り立てていくことになったそうですわね。あと、ジェニー=リナ・シャトリエ侯爵令嬢もルイ王子派として、筆頭貴族にのし上がられたようですわ」
「そうなのですね……」
「私は追放された形ですわ。私のおじい様、メルメ伯爵は中立派ですし」
「ですよね……」
唐突に近況報告をされてなんだろうと思ってしまうが、その話を冷静に考える。
(アイシャの言うとおりの展開になっているようね。いつも扇を投げつけてくるイヴェット=ベリエ・メナールって、エリアナの元取り巻きの一人。それに新しくジェニーという方も出てきたりして、完全に仲間割れ、分裂したのね……それにしても何の用なのかな……ここまで近況報告といったところだけれど。思えばエリアナとこういう近況報告というか、日常的な話をするのも初めてかも。いつも攻撃されてきたし……)
エリアナとは彼女のお披露目会におけるお茶会、招待されたお茶会、建国記念パーティーの控室で会話したことがあったが、攻撃されるか無視されるかのどちらかであった。
そんなことを思い返しながらリゼが黙っているとエリアナは話を続ける。
「どん底に落とされて一つ気づいたことがあります……わね。この状況を生んだのは実質、私のわがままから始まったのですわ……」
「そう、なのですか……?」
相変わらず話が見えないため、少し動揺してしまう。リゼとしては、エリアナが自分を殺そうとバルニエ公爵をけしかけたとは思っていない。
(何のことかな……バルニエ公爵の罪と関係が?)
エリアナはうつむきながら自分が事の発端であると明かしてきた。よく分からないリゼは困惑するしかない。
「一つ謝らせていただけませんか?」
「えっと……?」
リゼは唐突に謝罪を申し入れてきたエリアナと元バルニエ公爵夫人を交互に見てしまう。エリアナは手を膝に置き、リゼを見つめてきた。
「実はあのお茶会であなたにお茶をかけられた時に、あなたのことでお父様に駄々をこねましたの。それでお父様がお怒りになって、きっとダンジョン転移事件へと繋がっていて……その節は……申し訳なかったと思っておりますわ。謝って済むような話ではないですけれど……ごめんなさい……。ランドル侯爵令嬢がお望みであれば、私は学園に通わずにあなたの目の前には二度と現れないと誓いますわ。それに、他にも何かあればおっしゃってくださいな……」
エリアナは謝罪をしてうつむいた。
(そうだったのね。とはいえ、プライドの高いエリアナが謝ってくるなんて、思ってもいなかった。エリアナに一つお願いするとなると、平民を攻撃しないということかな……。まあでも、あのダンジョン転移事件がなかったら、テレーゼさんをお救いすることは出来なかったと思うし、結果的には良かったのよね。恐らくエリアナはランドル伯爵家をルイ派から追放するだとか、恥をかかせたいとかそういう駄々こねをして、バルニエ公爵が過激に反応したのよね?)
リゼは色々と過去の出来事などを振り返った。神器に(あの時、エリアナは何をバルニエ公爵に言ったのですか?)と聞いてみた。
すると、神器は当時の話をリゼの脳内で再生してくれた。
◆
まずはルイとエリアナの会話だ。
「私、ランドル伯爵令嬢とはうまくやっていく自信がありませんわ。ルイ王子と婚約している私に逆らわれますと面子的にも問題がありますし、なんとかあの家系を追放することはできませんの?」
「うーん、それはどうかな」
確かに、エリアナの立場を考えると、派閥をまとめる必要があったのだろうし、反抗的な態度を取りすぎたかもしれないとリゼは思った。とはいえ、最初から攻撃的であったし、取り巻きにならないように立ち回るために仕方のないことだったかもしれないとも考える。リッジファンタジアの展開は避ける必要があるからだ。
続いてバルニエ公爵とエリアナの会話である。
「お父様、ランドル伯爵令嬢を許すことはできませんわ。ルイ王子ったら私がどのような目に遭っても気になさらないおつもりのようですわ」
「まあまあ、お前にお茶をかけ、恥をかかせた罰をそのうち身をもって知るだろうから大人しくしていなさい」
「分かりましたわ……」
◆
リゼは(バルニエ公爵とエリアナの会話はお互いの思惑が噛み合っていないみたい。エリアナは私やお父様たちをルイ派から追放したかったようだけれど、バルニエ公爵は最初から私を痛めつけることが目的のようね)と神器の回答を振り返ってみた。
(エリアナがリッジファンタジアでやったこと。いまから三年後以降くらいに、学園の特待生であるレイラを取り巻きを使って攻撃する。取り巻きである私などに全ての罪をなすりつけるのだけれど、最終的には罪がバレて破滅する。ただし、それはあくまでも公爵令嬢としての立場があったからだものね。可哀想だけれど、いまのエリアナにはそんなことを可能とする立場も仲間もいないはず。それに、エリアナって自分の心の内を正直に話すことしか出来ないタイプだし、きっと私への謝罪は嘘ではないのだと思う……)
少し下を向きながら考えていたリゼは顔を上げた。




