188.皇帝との手合わせ
その様子を見つめつつ、少し考える。
(皇帝陛下って何属性なのかな。光か闇かな。戦闘ウィンドウや神器はなしにして、私の実力で挑んでみましょう)
皇帝は椅子から立ち上がると、鞘を配下に渡して階段を降りてきた。二人は距離を取り向かい合う。審判はヘルマンが務めることになった。
両者は静かに剣を構えて見つめ合う。リゼは久々に戦闘ウィンドウを使わないことにした。ここ最近は戦闘ウィンドウを用いていたわけであるが、起動する暇もない襲われ方をする可能性もある。そういった状況への対応もできるようになっておきたいというのも理由の一つだ。戦闘ウィンドウで情報を見たところでおそらくレベル差により加護くらいしか確認出来ないだろうし、リゼとしてはぶっつけ本番の何も情報がない状態で戦うことにしてみたわけだ。せっかくなので真剣にかつ楽しもうと思うことにした。
ヘルマンが開始の合図を行う。
「はじめ」
掛け声と共に手合わせが始まるが、リゼはあることを実感する。
(まったく隙がない。落ち着いて……相手の出方を見るのよ)
ただ立っているだけで威圧感のようなものを感じてしまった。
リゼは隙を見つけようとするが、皇帝は剣を構えたまま微動だにせず、目を閉じ静かに立っている。
「ウィンドカッター!」
相手の動きを見ようと魔法を放つ。うまく軌道操作された二つの風の刃が皇帝を切り付けにいく。しかし、皇帝の目の前で砕け散った。そして、皇帝は目を閉じたまま動かない。
「えっ……?」
いままでこのようなことはなかったため、驚きつつも、急いで考えを巡らせる。
(どうしよう。なんでウィンドカッターは消滅したの? 皇帝陛下は何も詠唱していなかったけれど、無詠唱の魔法かな? スキル……? それとも加護? なんにせよ、それなら近接戦を試してみる!)
少し考えを巡らせたところ、緊張も解けたため、近距離戦を挑んでみることにした。
「アイスレイ!」
皇帝の足から腰までが凍り付く。リゼはすかさず前進すると側面に回り込んで切りつけた。皇帝は目を閉じたまま剣でリゼの攻撃を軽く防いでくる。それから薙ぎ払った。リゼは後方に吹き飛ばされ地面を転がる。ドレスがかなり汚れてしまった。
(いった……一体何が……? う、足をひねったかも……衝撃耐性のスキルがあっても足のひねりとかは起きてしまうのね)
皇帝の足はまだ凍りついたままだが、相変わらず動く気配はない。広間の中央から壁側に吹き飛ばされたため、周りに人はおらず絶好の機会と考えたリゼは魔法を小声で詠唱する。
「キュア」
すると光がさし、足の痛みが消えた。
(よし! それにしても皇帝陛下、目をつぶったまま剣で防がれるとは……次元が違いすぎる……それなら!)
リゼは元の位置に戻ると皇帝と向かい合った。その時、リゼが認識する前に唐突に背後に魔法が発動した。発動したのはインフィニティシールドだ。リゼの背後にインフィニティシールドが発生し、何かを防いだのか爆発が起きた。加護により背後からの攻撃に対してはインフィニティシールドが自動起動されるようになっている。リゼは(魔法攻撃!?)と驚くが、皇帝が目を開けた。
「よく避けたな。なぜわかった?」
リゼは警戒しながら剣を握り直した。
(背後の攻撃に対して無意識のうちに魔法で防いでいた。これは……加護、竜羽の盾よね。メリサンドを倒した時に手に入れた加護で、背後の攻撃に気づいて魔法を出せるというもの。発動する魔法としてインフィニティシールドを設定しておいたはず)
唐突な攻撃に驚きつつも、冷静に状況を考えた。
「メリサンドを倒した時に手に入れた加護です」
「ほう」
「いきます! アイスランス!」
リゼは再び魔法を詠唱すると、氷の槍が二本出現し、皇帝に向けて射出される。しかしまた皇帝の前で消滅した。なぜ防がれるのか不明だ。
続いて銀糸で腕を縛り付けようとしてみるが、やはり消滅した。リゼとしては一体なんだろうかと考えてしまう。
「セイクリッドスフィア!」
リゼの周囲に五つの球体が出現し、皇帝に向けて聖なる浄化の輝きが光線として射出され始める。リゼは一つの可能性を考えて皇帝の周りを走りながらセイクリッドスフィアの光線を打つ。ヘルムートはアイスレイを破壊し、何かを呟いた。すると、浄化の輝き、つまり光線と何かがぶつかりあい、爆発した。爆発が断続的に起こるため、すべての光線に何かをぶつけているようだ。
仕方がないため、前進するリゼは側面から攻めにいく。一気に距離を詰めると、素早くアイスサーベルで切り付ける。皇帝はすかさず剣で防いできた。
(よし! きて!!)
リゼのもう片方の手に秘剣ミスティアを出現させる。アイスサーベルは皇帝の剣で受け止められているが、リゼは思い切り秘剣ミスティアで横から切りに行く。さらに「ソードゲネシス!」と叫ぶとリゼの左右に剣が出現し、射出される。
「ぬうん!!!」
皇帝が唸り声を上げて剣を振るとリゼは後ろに目掛けて勢いよく吹き飛ばされ地面を転がり壁に叩きつけられた。秘剣ミスティアはリゼの手を離れたことで消滅した。今の攻撃でリゼの魔法石はすべて割れていた。
「ほう……」
少し秘剣ミスティアとソードゲネシスが皇帝をかすったのか魔法石にほんの少しダメージが入っている。リゼは何もできなかったと冷静に考えつつも、少しばかり興奮していた。隠れてキュアを発動したのち、皇帝のところに向かう。失礼にあたるかもしれないが、皇帝の強さがどれくらいなのか、今の自分が神器を使わない状態でどこまでやれるのかを試してみたかったリゼとしては予想を完全に超える皇帝の強さに気分が高まっていた。こういった強者と戦うのは色々と参考になるためだ。
リゼは皇帝の分析をする。前方には相手の攻撃を防ぐ何らかの加護があるため、何も対処しなくても良いが、側面や後方に対しては効果がないため、何らかの魔法で対処してきていたのだと分析した。なお、二回ほど剣で攻撃を受けたのは、あえて間合いに入らせて自分のことを試していたのだろうとも予測した。
「ありがとうございました。私ではまったく皇帝陛下に歯がたちませんでした……」
「そうでもない。わしも良い体験をさせてもらった。そちの魔法、初めて見るものだがわしの加護が通用しなかったな。聖属性魔法か? よって、それなりに魔法を使わせられた。それに見てみよ」
「これは……本当に少しですけれど、魔法石にダメージが入って……いますね……」
本当にかすかにではあるが傷がついている。いまのリゼとしては精いっぱいやった証だ。ここまで皇帝が強いのであれば、殺傷力の高いアブソリュートゼロを使うという選択肢は除外していたわけだが、対応してくるだろうし、使ってもよかったのかもしれないとも少しだけ考えるのだった。
「そういうことだ。わしに攻撃をかすらせたのだ。良い作戦であったな」
「ありがとうございます!」
といっても、間合いに入らせてもらえなければ秘剣ミスティアとソードゲネシスの不意打ち攻撃は出来なかったはずで、何が起きたのか改めて整理してみようと考えるのだった。
皇帝ヘルムートは手合わせを終えると穏やかな表情になる。厳かな雰囲気を醸し出していたのはリゼを試していたのかもしれない。
「ところで、そちは聖属性魔法を使えるのだな。あの光の玉のようなものは聖属性だろうし、治癒魔法も使えると聞いている。一つ試してほしいことがあるのだが。良いか?」
「私に出来ることでしたら、喜んで」
「うむ。あれを持て」
すると、白い装束に身を包んだ高齢の男性がやってきた。




