187.謁見
ゼフティアと比べると、どちらかといえばブルガテド帝国は軍事大国というイメージが似合い、建築様式にも遊び心はない。すべてがきっちりとしている。
「国の文化の違いかもしれませんね。ゼフティアにはゼフティアの、ブルガテドにはブルガテドの良いところがあるはずなので、発見を楽しんでいきたいと思います」
「うん。とっても良いと思う」
それらを感じたリゼは感想をアンドレに話した。
(ここまで歩いて来た限り、私が描くような印象派に類する絵はなかったし、写実主義的な絵もなかった。どちらかというと神々であったりがほとんどで、私がこっちで印象派ですらなく、前世の世界におけるポスト印象派みたいな絵を描いたら異端者として扱われそう……)
と、心の中で考えていると、いよいよ謁見の準備が整ったようで「お待たせしました。それでは順番は……」と話しかけられ、ヘルマン、テレーゼ、アンドレ、リチャード、リゼという順番で入場することとなった。
皇帝の待つ応接間もとい謁見の間へと通される。そこはとても広い空間だった。ゼフティア王国の応接間も豪華ではあるが、この帝国の謁見の間は、三倍はありそうだ。
そんな広い空間ではあるのだが招かれた貴族はおらず、一部の重臣のみが控えており閑散としている。今回は非公式の謁見となるようだ。
皇帝はヘルマンの兄、ヘルムートという。幼い時より皇帝となり、長く皇帝という重責を担ってきたことから顔には深い皺が刻まれ、髪はなく白みがかった髭を蓄える男性だ。さらに子供を若い頃になくしていたことも影響しているのか、疲れが見える。
入場してきた面々をジッと見つめる皇帝であったが、特にリゼやリチャードのことは注視していた。
皇帝の前でそれぞれ挨拶をする。リゼは膝を曲げ、帝国において挨拶の基本とされているカーテシーにて対応した。
ヘルムートはそんなリゼをじっと見つめていた。
そしてしばらくして口を開く。
「よくきたな。セーデルリンド公爵、ランドル子爵」
「初めまして、皇帝陛下。この国に迎え入れてくださり、ありがとうございます」
「皇帝陛下、この度はお招きありがとうございます」
リゼたちは礼儀正しく挨拶をした。皇帝は頷きつつも、リチャードに対しては、「むしろ貴殿のような人物を迎え入れられて帝国は幸せだ」と話し、リゼに向き直った。
「行方不明となっていた我が姪、そしてその息子アンドレを見つけ出してくれたこと、感謝しておる。それから先の狩猟大会でもアンドレの命を救ってくれたそうだな。重ねて感謝している。先の一件により子爵位を与えたが、すでに聞いておるだろうが狩猟大会での功績を讃え、領地をさらに拡大させておいた」
皇帝が合図をすると重臣が地図を広げると、ランドル子爵領の位置を教えてくれる。
先日、ヘルマンに教えてもらったが、なかなかに帝都から近いし広い。
「ありがとうございます……」
「そう緊張するでない。普通に話すが良い」
「はい……」
厳かな雰囲気もあり、緊張してきたリゼだ。皇帝は緊張しないで良いと言うが、想像以上に緊張感が増してしまった。
(どうしよう……緊張してきちゃった……私、そもそもなんで皇帝陛下にお呼びいただいたのだっけ……)
謁見をするというが挨拶的なものだと思っていた。何か目的があるのかということを今になって考え始めるのだった。そして、観光気分でいた自分を少し恨めしく思った。
そんなリゼを見て、心を見透かすように皇帝は話しだす。
「さて。今日呼んだのは会ってみたかったということもあるが、子爵の功績にはもう少し対価をやらねばならぬということだ」
「そんな、すでに多くをいただきました。これ以上は……」
リゼは身振り手振りで十分のことをしていただいているとアピールする。実際にこれ以上は何も望んでいない。もはやこれ以上何かをもらっても手に余ってしまうし困ってしまうくらいだ。
「ゼフティア王国とまた交易が復活したことで我が国にも利益が及ぼされている。それにアンドレが王族にいることで、南方方面は脅威ではなくなった。たまに起きていた小競り合いも今後は起こらなくなるだろう。これも子爵のおかげというもの。欲しいものはあるか? 断るのは無しだぞ」
「少しだけお時間をいただけますでしょうか」
「五分やろう」
「はい」
リゼはもらった五分を使い、必死に考えを巡らせる。
(ブルガテド帝国の皇帝、ヘルムート・フォン・シャルンホルスト様。幼い頃に父が亡くなり、幼年にして皇帝となった人物。堅実な政治を行い落ちぶれかけた帝国を繁栄、復活させた英雄。確か、先代の時代にはクーデターが起こりそうになって不安定な次期もあったのだけれど、そういう目論見は全て潰されたのよね。武芸に秀でており、山賊、海賊、武装したカルト教団、反乱分子の討伐などを積極的に行い治安回復も行った。戦いで息子を亡くされている。そして、妾は取らずに一人の女性を愛し続けた方でもある。とにかくすごい人。そんな方から何か欲しいかって……うーん、何が欲しいか……身の安全? 違う。私が欲しいもの……武芸……かな? いえ、何かあった時に協力いただくことかな。試練が発生したときなどに。やっぱり協力いただける方は多いほうがよいよね。よし、そうしましょう)
リゼは目を瞑り考えていたが、決心をして皇帝を見つめる。
「決まりました」
「言ってみよ」
「えっと、もし何かあった時にご助力いただきたいというのでも良いでしょうか……」
「む、それはそのつもりでいたが……よし、だが分かった。何かあれば協力しよう」
皇帝は厳かに頷くと配下に指示をして書き取りをさせていた。記録として残すようだ。
「さて、ランドル子爵よ。そちは戦闘が好きだと聞いた。少し試してみたいのだが、どうだ?」
「手合わせ、ということ……ですか?」
「簡易なものだがな」
リゼとしては願ったり叶ったりである。強者と戦うことで対応方法を学んでいくというのはいつも考えていることであるからだ。よって、ドレスを着ているのはちょっと困りものだが、ドレスを着ている時に襲われる可能性も考えると慣れておいた方が良いとも考え、お願いすることにした。
「……はい!」
「流石だ。よし、やろうではないか」
その光景をアンドレたちは唖然として見つめており、ヘルマンは困った顔で笑っていた。ヘルマンでも若干動揺することはあるらしい。
「おい、剣を持ってこい。子爵、そなたの剣も持ってこさせようか」
「いえ、大丈夫です」
家来が皇帝の座る椅子の背後にある壁にかけてある剣を皇帝に渡すが、武器を持たないリゼを見て皇帝は目を細める。
「そうか。まさか素手で戦うつもりではないだろうな」
「剣よ、出てきて」
リゼはアイスサーベルと詠唱して氷の剣を出現させた。レーシアでも良かったが、相手の内部にダメージを与える効果が魔法石で防げるのかいまいち分からないため、やめておいた。他の剣はアイテムボックスにしまってあるため、いまこの場で剣を取り出すのは止めておこうと判断したわけだ。皇帝の忠臣たちがどのような派閥を形成しているか分からないためだ。秘剣ミスティアはゼフティア国王より正式に譲渡されたものであるし、記録もされているため、出しても良いかとも考えたがひとまずはアイスサーベルにしておいた。
「ほう。長年生きてきたがそのような聖遺物は初めてだ。俄然やるのが楽しみになってきたな。それでルールはどうしたい?」
「魔法あり、剣術とスキルもありの勝負でお願いします」
「よかろう」
皇帝ヘルムートは剣を引き抜いた。




