185.帝都散策へ
ヘルマンが紅茶を飲み少し落ち着いたところで口を開く。
「帝国騎士学院への入学、よく決断してくれた。二人共な」
「リチャードも入学するのですか!?」
「実はそうなんです。といっても、ちょっと特殊な待遇で授業への出席などは任意で書物の研究などをさせてもらえることになっています。試験などにも参加しないらしいですよ」
「そうですか……驚きました。ヘルマン様、帝国騎士学院の件ですが、ご提案、ありがとうございました。私としても良い経験になるかなと思いましたので頑張りたいと思います」
「ゼフティア王国と異なり、女性も真剣に剣術を学ぶのが帝国の慣わし。リゼと同じように研鑽を積もうとしている者たちが沢山いるため良い刺激になるだろう」
リゼとしてはリチャードも同じ帝国騎士学院に通うらしく驚いてしまった。だが、近くに強力なリチャードがいることは安心でもある。彼は授業への参加や試験などは参加しないようだ。おそらくはリチャードの強力なステータスウィンドウを見たヘルマンが魔法の研究を自由に行えるようにと学院側と調整したのだろう。
なお、帝国では平民も試験を突破すれば学院への入学が許可されている。そして、そこで良い成績を残せば、出世も可能だ。ブルガテド帝国の場合、平民に関しては騎士になるための二つの選択肢がある。一つは剣術大会で優勝し、騎士見習いになり、その後に騎士になるというパターン。続いて、帝国騎士学院もしくは帝国騎士学院分校に入学し、十五歳から騎士見習いになり、騎士になるというパターンだ。前者は剣術大会の回数が限られている上に貴族の優勝が多いため、狭き門となっている。
「ちなみになのですが、学院では剣術以外に何を学ぶのでしょうか? まだ教科書なども手元になくてお聞きしました」
「この国の歴史、周辺国の事情、剣術に魔法、政治経済、城での勤め、地方遠征、各種要請への対応、分校との剣術大会、その他諸々と様々だ」
「すごいですね……王国の十五歳から入学することになる学園では貴族としてどのように生きていくかですとか、そのための嗜みを学ぶことになるので、それと比べると本当に実務が多いのですね」
実践向きの授業が多いようで、より楽しみになってくる。とはいえ、リゼの期待とは裏腹に一年目は実務はない。学院は生徒数もそれなりにいるため、色々な人と手合わせできそうだ。
「そうだな。王国と比べると平民も優秀な者は入学を許可されているという違いもある。ひとまずは入ってみてから空気感を見ていくのが良いだろう」
「分かりました」
「では領地のことを話しておこう」
「はい!」
いよいよ領地の話になる。規模も場所も、何も知らない状態であるため、ここで頭に入れておく必要がある。リゼはメモ出来るように本をアイテムボックスより取り出した。
「おぬしに引き渡す領地はわしの領地の中でいうと北東に位置するところで帝都寄りの場所だな。隣接するのはわしの領地と帝国の直轄地である帝都のみで他の貴族を意識する必要もない場所だ。いや、正確にはリチャードの領地が隣りにあるが、おぬしらは仲が良いし、まあ気にする必要はないだろう。狩猟大会の件で領地を拡大したため、それなりの広さがあるぞ。引き渡した領地には大きめの町が四つあり、あとは村がいくつかあるな。おぬしの領地の屋敷は周りを城壁で囲まれた町にあるため、安全だ。それに農作地、森、山、川、湖などがある。内陸であるため海とは隣接していない。人口は四千人といったところだ。ほとんどが農民だな。また正式な騎士の数は百五十人程度でほとんどが平民出身のものたちだ。ブルガテド帝国は北方のアレリードと隣接した地域以外は治安が安定しているため、彼らもまた農業をして生計を立てつつ、いざという時には騎士として要請に応える形となる。よって、常に騎士として警護などを行っている人数が非常に少ないということだけ覚えておくように。なお、先程も少し触れたが、領地には町の一つに邸宅があるため、そこがおぬしの本邸となるだろう。何か質問は?」
ゼフティアの価値観で言うと、子爵位でこの規模は想像以上に大規模だ。人口は三百人程度で町一、村二つくらいを想像していたリゼは少し不安になってくる。自分でなんとか出来るものなのか。なお、机に広げられた地図を見ると、帝都に近い町はそれなりに規模が大きいらしい。本邸がある町のようだ。
「えっと、領地管理や運営についてですが、私は何をすれば良いのでしょうか……?」
「領地管理についてはまたゆっくりと、後日に追々説明しよう」
「分かりました。ありがとうございます」
領地管理はヘルマンが代わりに実施をしてくれているが、覚えておいて損はない。学院に通う間に教えてもらうことにする。
「明日は皇帝との謁見があるため、今日はゆっくりすると良い。町でも見てくるか?」
「そうですね。そうしたいです」
「では何人か護衛をつけよう」
「ありがとうございます」
それから、ヘルマンはリチャードと話があるようなので、部屋を出た。
(どうしよう。いままであまり考えて来なかったけれど、領民の皆さん、四千人が暮らしやすいところにしたり、色々と考えないと。出来ればみんなに幸せになってもらいたい。でもこんな小娘がとか思われたりするかな……ううん、真摯に向き合えば分かってくれるはず!)
ヘルマンより話を聞いたリゼは領地を持ち、責任ある立場であることを実感した。すでにランドル子爵領出身という肩書の住民が大勢いるのだ。責任感もわいてくる。
それからリゼはアイシャと共に帝都に繰り出すことにした。後ろからフォンゼルやアレクシスが辺りを警戒しながら密かについてきてくれている。
まず、ヘルマンの邸宅を出て感じたのは、町が洗練されているということだ。ゼフティア王国のように道で画家が絵を描いているというような風情のようなものは感じられず、秩序が守られて、人々がテキパキとしている印象を受ける。
「帝都、雰囲気が随分と……なんと言えばよいのかな。都会、みたいな感じよね?」
「そうですね。ゼフティアの王都とは異なりますね。特に見てください、この道あるじゃないですか。帝都を囲む大きな城壁まですべて舗装されているそうですよ。ゼフティアだと王都内でも中心地以外は土の道になったりするので、差を感じますね……」
「あ! 見て。ゼフティア王国では見かけない店があるのね……! 武器屋とか……」
「すごいです。装備屋? というのもありますね」
町を見ると、武器屋や装備屋といった店がある。なお、帝国では常日頃から自分の武器を持つ者たちが多いらしい。平民でも武器の購入が許されている。ゼフティアでは反乱などを徹底的に抑制するため、武器は騎士や貴族などしか持てないが、そういうところも文化の違いなのかもしれない。
「あ! そうだ!」
「どうされました?」
「そういえばなのだけれど、ブルガテド帝国って神官という人たちがいたはず。確か、聖女の石、みたいなものに蓄積された聖属性魔法の力を使って治癒などを出来るのだったはずよね」
「どうやっているのでしょうね……道具を使っていたりするのでしょうか」
アイシャと話していたらだんだんと気になり始めてしまった。
「行ってみましょう! あ、でもいきなり行くのは失礼よね。どんな方なのかということくらいは街の方々に聞いてみたいな」
「良いかと思います」
リゼは街ですれ違った人に神官の話を聞くことにする。




