183.大公からの手紙
それから数日後、ヘルマンよりランドル侯爵へと手紙が届いたのだった。狩猟大会の式典において、リゼが喜ぶだろうと話していた件だ。
侯爵は侯爵夫人と共に手紙を確認した。
「これは……」
「あの子次第ね……」
「そうだね。とにかくあの子を呼ぼう」
リゼはアトリエで絵を描いていたが、侯爵夫人付きのメイドに呼ばれたため、執務室へと向かうとノックをして入室する。
(何事かな?)
入室すると父である侯爵に席に着くように促される。座るとほどなくしてティーセットが運ばれて来た。その後、世間話をしばらくしたところで呼ばれた理由について質問してみることにした。
「えっと、何か私にお話があるのですよね? どうされたのですか、お父様? お母様?」
「……実はね、ブットシュテット大公から手紙が来てね」
「そういえば、何か連絡するとおっしゃられていました」
「それがこれだろうね。読んでみなさい」
リゼは手紙を受け取ると読み始める。手紙は短く簡潔に書かれていた。
『リゼ=プリムローズ・ランドル子爵へ。やっと調整が整ったので連絡させてもらう。帝国では十二歳から帝国騎士学院に通うことができるのだが、編入できるようにしておいた。より剣術や魔法を極めるには他国の技術を学ぶのが良いと思うがどうだろうか。またとない機会なので前向きに検討してみて欲しい。おぬしの友人であるドレ公爵令息が通う帝国騎士学院分校は本校の姉妹校である』
リゼは念のため、もう一度読み返した。
予想できていなかったことなので、驚いて目を丸くしてしまった。
「これは……!」
「帝国にある学校に入学出来るということだろうね。どうする?」
侯爵はリゼに決断を委ねた。帝国騎士学院は十二歳になる歳から十四歳までの三年間を通う学園らしい。リゼは今年に十二歳となったため、一年目の途中で編入ということになる。どうするか考えるリゼだ。
(どうしようかな。ちょうどあれね、ゼフティアの学園に入学するまでの間ってことよね。もしかしたら今後、一緒に戦ってくれる人が見つかるかもしれない。せっかくご用意していただいたこの機会を逃すわけにはいかないよね。色々学んでみたいし、挑戦してみたいから行こかな!)
少しだけ考えたが、答えは一つしかない。
「そうですね……是非行きたいです!」
「そうか……」
寂しそうな顔をする侯爵たちである。その表情を見て、おずおずと確認する。
「ダメ……ですか?」
「いや、寂しいのは確かであるが、行ってきなさい。今となっては王国と帝国は転移石で簡単に移動できるようになったし、我々が会いに行こう。少し前よりも便利になったものだよ。まあ、それもこれもリゼのおかげなのかもしれないけどね。私としては入学することに反対しないよ」
「そうね。色々学ぶのは良いことですし、入りたいなら入ることを止めはしないわよ。寂しくなるけれど……行くからには多くのことを学んで人生の糧にしなさいね?」
二人は反対しなかった。リゼも確かに寂しいが、お披露目会を終えた今、いつまでも両親に甘えるわけにもいかない。独り立ちへの一歩として頑張ろうとやる気がわいてくる。
「分かりました。ありがとうございます。色々と学んできます!」
「では決まりかな。アイシャ、お前はついて行ってくれるね?」
「もちろんです、旦那様」
アイシャもついてきてくれることになる。当然であるがリアもついてくることになるだろう。
アイシャとリゼはそっと目を見合わせて期待に胸を膨らませた。
「うむ。では生活に必要なものを明日リゼと買って来なさい」
「かしこまりました」
こうしてリゼは帝国にある帝国騎士学院に入学することにした。すでに十二歳も終盤であるため、途中からの編入となる。ラウルも帝国騎士学院分校へと通うことが決まっており、また、ジェレミーもヴィッセル公国の学園へ通うことにしていることを考えるとリゼも同じような道を辿ることとなった。
(帝国騎士学院。ゲームには出てこなかったからどんなところかも分からない。ただ、帝国のことを知る上では良いことだよね。ヘルマン様に色々と聞きたいと考えていたし、良い機会だと思う。一応、十五歳になったら王国の学園に通うことになるから、数年後にゼフティアに戻ってくるし、問題ないでしょう。あ、そういえばリッジファンタジアの続編はブルガテド帝国が舞台なのだったっけ。そっちの攻略キャラとかいるかも……?)
何か思い出せないかと日記を広げて見たが、何も思い出せることはなかった。
次の日、リゼはアイシャと王都で買い物をすることにした。いま、町へと繰り出してきている。
「生活に必要なものって何かな? 確か全寮制なのよね。帝都に屋敷がある貴族や平民の方は家から通うことも許可されているみたいよね」
「そうみたいですよね。必要なもの……服とか小物ですとか、そういう類のものではないでしょうか」
「そういうことね。では、お茶を飲むときのカップのセットとかも買う?」
二人は服や生活必需品など、必要なものを買うのだった。
購入したものはアイテムボックスへと入れておいた。ここでふと疑問が浮かんできた。
「部屋はアイシャと一緒かな?」
「あの後、帝国騎士学院に関する説明書きを旦那様よりいただいたので読んだのですが、平民は二人で一部屋みたいです。貴族は一部屋らしいですよ。そして、メイドは別の部屋が用意されているようですね」
「ということはアイシャとは別……残念ね……」
「基本的に身の回りのお世話や買い出しなどはメイドがするので、そこまでいつもの日々と変わらないかもしれませんね。制服の採寸のために行かなくても良いように、お嬢様の情報は旦那様にお伝えしておいたのできっと手紙で大公様に伝えてくれるかと思います」
「ありがとう!」
二人は新生活を少し楽しみにしている。大変かもしれないが、世間を広げるためには良い機会だ。いままで箱入り娘として育ってきたため、同じ学年の生徒たちと学舎で交流するのもまた良い刺激になるだろう。
二日後の夕方、ジェレミーやラウルが訪ねてきたので、リゼは友人たちに帝国騎士学院に入学することを話すことにした。なお、エリアスにはすでに手紙を書いて送っていた。
「まさかこうくるとはねぇ」
「ジェレミー王子、君もヴィッセル公国の学園に通うんだったよね。ということは、みんなバラバラになるね」
「そうなるね〜。学園に入るまではしばらく会えないかなと思っていたけど、リゼが帝国騎士学院に通うならどこかのタイミングで会えるかもね」
「そうなのですか?」
含みのある話し方であったため、純粋に何があるのか気になって質問してしまった。ジェレミーはからかっているのか「どうかな〜」としか答えてくれずラウルの方を見た。
しかしラウルはジェレミーのことを見つめており、口を開いた。
「そういえばアンドレ王子は編入しないのかな?」
ジェレミーとラウルは神妙そうな面持ちでこそこそと話を始めた。アンドレとは昨日に王宮を訪れて話をしたので結果を伝えることにする。アンドレは帝国騎士学院に何としても入りたいと言い出し、その場でヘルマンにメッセージを送っていたが、結果としては無理ということになっていた。
「えーとですね、ラウル様。アンドレは流石に外国であるゼフティア王国の王族ということで入れないみたいです。怪我とかをした際に責任をとれないとかで」
「朗報だね〜」
「ジェレミー……アンドレとは仲良くはないのですね……?」
よい機会であるし、以前から気になっていたことを質問してみた。




