181.見慣れた屋敷へ
それから数日後、恒例のアンドレとのお茶会の日だ。
準備を行い、王宮へと向かう。王宮に到着すると、挨拶を受けた。
「ランドル侯爵令嬢様、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
今日は応接間へと通された。しばらく待つこと十分ほど、ドアがノックされアンドレが入って来た。
「狩猟大会ぶりだね。調子はどう?」
「もうすっかり元気です。アンドレはあれから大丈夫ですか? 狩猟大会ではアンドレが狙われていましたけれど、無事で良かったです。でもまた狙われていないか心配です」
アンドレは「あー」と言いつつも苦笑いした。
「あれからすごいことになってしまったよ。護衛はブルガテドの騎士が増員されたし、毒見役も二人になったしね……。そうそう、狩猟大会での話で思い出したけど、エルがあのサイクロプスが使っていた盾をくれたんだ」
「あっ、そうだったのですね?」
「うん。それで戦闘スタイル少し考え直そうと思ってね。盾を持ちながら戦うスタイルを模索中ってところかな」
「興味深いです……! いままで盾を持って戦うスタイルはお兄様のと、賊の人のしか見たことがありませんでしたが、お兄様には攻撃を当てることが出来ませんでした。アンドレの盾を使ったスタイル、楽しみです。近衛騎士などはそういえば盾を持っていますよね」
応接間へとたどり着くまでに近衛騎士が何人か立っていたが、全員が盾を持っていた。盾を持っていると魔法での攻撃が出来ないのではないかと思うが、もしかしたら何かしらのやりようがあるのかもしれない。
「そうなんだよね。いまブルガテドの騎士や近衛騎士に稽古をつけてもらっているから取り入れようかなって。大人になればエルがくれた盾も使えるようになるだろうし」
「楽しみにしていますね!」
「もう少し形になって来たら一戦やろう」
「はい!」
アンドレは盾を持ちながら戦うスタイルを採用したようだ。リゼとは戦闘スタイルが異なるが、どのような動きになるのか楽しみだ。なお、物にもよるが盾にも加護が備わることがあり、魔法の攻撃に対しても有効である。それから歓談をしたのち別れた。
アンドレは忙しいらしく、謝りながら応接間を後にしていったのだった。馬車に乗り込もうというところで王宮の従者がやってくる。
「少々お待ちください。ランドル侯爵令嬢様。ジェレミー様がお会いしたいとのことですが……」
「あっ、そうなのですね。分かりました。どこに行けば良いでしょうか?」
「申し訳ございませんが、王宮の外でして。こちらになります」
従者が地図を渡してくる。見たところ、貴族の邸宅が並ぶエリアだ。
「ありがとうございます。行ってみます」
手紙を受け取ると横で聞いていたフォンゼルに目配せした。
そして、リゼは地図をランドル侯爵家の御者に渡して馬車に乗り込み、待機していたアイシャにもジェレミーと会うことを話した。
「お嬢様、ジェレミー様の待たれているところは王宮ではないのですね?」
「そうね……貴族の邸宅が立ち並ぶあたりだけれど、どこなのかな」
馬車で揺られること三十分、とある屋敷の前に着いた。見覚えのある場所だ。
「ここは……あれ……?」
「お嬢様……」
「うん。バルニエ公爵家の屋敷よね……?」
アイシャと顔を見合わせてしまう。バルニエ公爵は逃亡し、使用人などは全員解雇された。そして、エリアナたちは公爵夫人の実家へと籍を移したはずだ。
すると、門の陰からジェレミーが声をかけてくる。
「元バルニエ公爵家の屋敷、だけどね〜」
「あ、ジェレミー!? これは一体……?」
「まあ、入りなよ」
ジェレミーが合図をすると中に立っていた騎士が門を開けた。リゼはひとまず中に入ることにした。
それからジェレミーが歩き出したのでついていく。
「ほら、バルニエ公爵が爵位を剥奪されたでしょ? 屋敷も当然没収されたから僕がもらったんだよね」
「そうですか……スケールがすごいことであまり想像出来ないですけれど、すでにジェレミーの家ってことですか?」
それなりに歴史のある邸宅で広さもかなりある。まさか十二歳にしてこのような邸宅を手に入れることが出来るということを想像できないリゼは驚くしかない。北方未開地の離宮を所持しているリゼもすごいことではあるが、王都の大きな邸宅というとリゼの中では少し印象が異なる。それを手に入れたジェレミーのことをすごいと感じてしまう。
それにこの屋敷の庭園は綺麗なことで有名だ。価値のある邸宅を手に入れたということになる。とはいえ、アンドレとテレーゼが第一離宮を所有しているようなものであることを考えると、ジェレミーがこういう邸宅を持ったとしても不思議ではない。
「そう。現在は僕の家だね。でもリゼも帝国に領地をもらったんじゃなかったっけ?」
「あー、そうですね。そういえば帝都にも家をいただいたんでしたっけ……。まったくどういう感じなのか想像がつかないので早く行かないと……」
「当然だけどさ、領地には領主としてのそれなりな邸宅はあるだろうね。さて、とりあえず中へどうぞ」
「ありがとうございます」
ジェレミーのものとなった旧バルニエ公爵邸に入ろうとするが、アイシャが後ろから呟く。
「お嬢様、私はこちらでお待ちしておりますね」
「うん」
リゼはジェレミーに続いて、旧バルニエ公爵邸へと足を踏み入れた。家具や絵画、彫刻などはそのままとなっているが、すでに人が住んでいないからか、生活感は感じられない。屋敷には執事やメイドがいるが、一新されたようだ。おそらくは王妃かジェレミーの祖父であるヴィッセル公の息のかかった人々であろう。
しばらく屋敷の中を見て回ったり、元々エリアナが使っていたと思われる部屋に案内されて苦笑したりと、それなりに楽しんでいると、最後に庭園へとやってきた。
「ここなんだよね〜」
唐突に発したジェレミーの言葉には続きがありそうであるため、リゼは黙って聞くことにした。
「ここであの光景を見てから僕の人生は随分と変わったよ。あの時までつまらない人生だったんだけど、楽しくなってさ。で、頑張って剣の技術も身に着けたり、魔法をより極めようとしたり色々やってきたよね」
「そうですね。剣術大会に出てみたり、そんなに月日は経っていませんけれど、懐かしいですね」
剣術大会に出ることになってからはあっという間であった。剣術も魔法もだいぶ成長し、バルニエ公爵が有罪になったことにより、〈知識〉の流れとはだいぶ異なるものになったと言える。本来の筋書きではエリアナの取り巻きとして主人公であるレイラをいじめて罪に問われるというものであるが、エリアナが伯爵家の娘となった今、ルイ派においては別の侯爵家が力を増しており、彼女にはもう何の力もないはずだ。
これまで自らの身を守れるようにしつつ、エリアナとは関わらないようにしようと思って生きてきたが、そのためのリゼの行動により〈知識〉の流れとはだいぶ異なった状況になりつつある。
「ダンジョン事件のあとさ。リゼがトラブルに巻き込まれた場合に、守れるようになろうと思ったのに狩猟大会では不甲斐ないところを見せてしまって恥ずかしいよ」
「あれは……むしろオフェリー嬢を守りつつ、一人で戦われて勇敢です。私はエルと二人でなんとか倒せましたけれど、実質ジェレミーと三人で倒したようなものですよ。私は不意をついて何人かの賊を倒しましたので、意識が私にも注がれていたらきちんと倒せたかわかりません」
「そう言ってくれると嬉しいよね。最近悩んでいたんだけど、より高みを目指そうと決心がついたよ」
そっとジェレミーが呟いてきた。




