165.観戦者
リゼは王妃に質問する。
「あの、王妃様はずっと剣術を学ばれていらしたのですか?」
「私は八歳の時から十二歳までは公国で学んだわ。十二歳以降はゼフティアに来ていたからこっちのやり方を学んだわね。ゼフティアの剣術は剣でも斧でも槍でも、相手の武器が一つの場合においては、どこから攻撃されても攻撃を受け流すことは可能なのだけれど、その後に攻撃に出て、それをかわされたりした際の対処方法をきちんと教えてくれるわけではないから、きっと狩猟大会では動物に攻撃を避けられたりして参加者たちは右往左往してしまったでしょうね。あと相手が複数の武器を持っている場合などへの対処も教えてくれないのにあなたは対処出来ていたわね」
「私はブルガテドの剣術を日々学んでいるというのもあるかもしれません。ゼフティアの剣術は泥臭く勝つ、なんとしても生き残るというよりも、美しく対応するといった方向に偏りすぎていると思っています。王妃様の……ヴィッセル公国の剣術は……超攻撃特化型なのでしょうか?」
一方的に攻撃をされたわけだが、反撃できるチャンスのようなものを見いだせなかった。最後に剣を打ち上げたときもこちらが攻撃を加えるような余裕はなく、すでにもう一つの剣がすぐ近くまで迫っていた。よって、ジャンプして距離を取ったわけだ。
「ふふ、興味があるのね。ブルガテドは戦闘で自分の身を守る、危険を出来る限り冒さずにチャンスを窺うという考え方よね。対してゼフティアは認識の通りね。公国の場合は相手を殲滅するということに特化しているのよ。相手に攻撃させず、一方的に蹂躙するの。リゼ嬢、あなたはよく防ぎきったと思うわ」
それからしばらく剣術の談義を行ったが、応接室へと戻った。
そして伯爵から預かった贈り物を渡すと喜んでくれた。
「あなたのおかげでゼフティアに来る前の、嫌な思いをする前の気持ちに戻れた気がするわ。ありがとう、リゼ嬢。さっきの剣術もゼフティアでは封印していたのだけれど、なかなか体に染み付いていて忘れないものね。いじめを受けた時に剣術で勝負をすれば絶対に勝てるのに……と悔しい思いをしたものよ。さて、さっきの模擬戦はとある方に観戦してもらっていたの。あそこは隣に秘密部屋があって、隙間から観戦できるようになっているのよ。お呼びするわね」
「あ、えっと、そうだったのですか!?」
「ええ、そうよ。お呼びして」
王妃は扉のそばに立っていた近衛騎士に命じた。リゼとしては誰がやってくるのかと考える。ジェレミーが見ていたとかそういう話なのだろうか。
わりとすぐに扉が開いた。リゼの予想に反してジェレミーではなく男性とフォンゼルが共に入ってきた。
「リゼ嬢、紹介するわね。私の父、ヴィッセル公よ。孫であるジェレミーの救出をしてくれたあなたに直接感謝をしたいということで今日の場を早急に用意したのよ」
「ブルクハルト=アルガー・ヴィッセルだ。ブルガテド帝国、ランドル子爵。この度は我が孫ジェレミーの件、感謝してもしきれない。私はブットシュテット大公とは旧知の仲で、こちらのフォンゼル殿と共にアレリード討伐で共闘したことがある。そういう意味では、子爵と同じ陣営に属していることになる。話がそれてしまったが、娘も今回のことで思うところがあったらしく、昨日に数年ぶりに腹を割って話し合った。私はとにかく反省した。娘の現実と本音に気づくことが出来なかったというのは恥でしかない。これは娘に一生かけて償っていくつもりだ。娘が受けた修行期間の三年間の処遇については初めて知り、ゼフティアには怒りが湧くが……事を荒立てるつもりはない。私が騒いだところで逆効果だろうし、今となっては娘に迷惑をかけてしまうからな……。娘と話す機会を持てたのもランドル子爵のおかげというもの。我が国はブルガテドの一部の貴族、ゼフティアの大使以外の立ち入りは全面的に禁止しているが、子爵、あなたのことはいつでも歓迎しよう」
ヴィッセル公は表情に疲れが見えていた。狩猟大会で孫が受けた仕打ち、そして王妃の境遇について知ったからかもしれない。ヴィッセル公国は立地的にもブルガテドとうまく交流しておけば攻め込まれるような心配がほとんどない安全な場所にある国だ。とはいえ、念には念を入れて近隣の国であるゼフティアとも関係を築いておこうと王妃を嫁がせたのだろうが、結果的には関係性は薄く、失敗したと感じている可能性がある。特に娘の境遇を聞いたことによるダメージが大きいのかもしれない。
「ヴィッセル大公殿下。リゼ=プリムローズ・ランドルです。ありがとうございます。ヘルマン様、そしてフォンゼルさんにはいつも良くしていただいております。そしてジェレミーとは友人でして、王妃様からはつらいお話を聞かせていただきました。私……心に来るものがありました。酷いことをした人を許せないです……」
リゼは今の気持ちを素直に話した。そして、「公国への立ち入りの件、ありがとうございます」と付け加えた。
(公国ってブルガテドと同盟国で、ヴィッセル大公様がヘルマン様と同じ陣営ということは、きっと王妃様もそちら側なのでしょうし、もしかしたらジェレミーとアンドレって大きな枠組みで見ると同じ陣営なのでは……?)
少し考え事をしてしまうリゼであるが、ヴィッセル公が話しかけてくる。
「娘が受けた仕打ちについては整理してどうするかは検討するつもりだ。なお、先程の模擬戦、見事であった。娘は私が自ら指導したため、いざという時に数人であれば敵を壊滅させるだけの力はあるのだ。あの攻撃を全て我慢強く受けきり、最後は地の利を得ていたな。流石は十二歳で帝国の子爵位を授かる人物なのだと感じた」
「ありがとうございます。私、双剣で戦うことが最近では多いので、王妃様の剣さばきはとても勉強になりました。分析して、立ち回りの参考にさせていただこうかと考えています」
「そうか。とても素晴らしいことだ。色々と話したいことがあるのだが、もう時間がない。たまには娘の話し相手になってやってくれ」
ヴィッセル公はリゼにお願いをすると足早に退室していった。おそらくお忍びで来ているのだろう。バレる前にヴィッセル公国の連絡所まで戻る必要があるようだ。
「リゼ嬢、今日は突然申し訳なかったわね。恥ずかしいところも見せてしまいそちらもごめんなさいね。あなたには何かお礼をしたいのだけれど、何が良いかしら?」
突然のことで何も考えつかないリゼは困ってしまう。
(どうすれば……うーん。あー、学園に入学した後に相手を選ぶ際のポイントについてを以前に教えるようにという話になっているのよね。でも……そもそも私が選ぶとかではなく、選んでいただく立場かもしれない。だからポイントとかそういうのは、ないのよね。そのことにしましょうか。でも、せっかくのご好意にこの件で良いのか……)
悩むリゼを見て王妃は微笑んだ。
「では……あなたが私の力を必要とした時に全力で支援するというのはどうかしらね。あとジェレミーと婚約して欲しいのは山々なのだけれど、無理強いはしないわ。あなたの意思を尊重して学園でゆっくり考えればよいわね。それにいまのあの子では……もっと良い男にならないとダメね」
「王妃様、ありがとうございます。是非、何かあった際にご相談にさせてください。ジェレミーとは……王妃様がご存じかわかりませんが告白はされているのです。返事を待っていただいているところで……」
「あらそうなの!? あの子もなかなか頑張っていたのね。知らなかったわ。ライバルは多いでしょうけれど、頑張るしかないわね。あ、そうだわ。一つお願いがあるの。あなたのことはリゼと呼ばせてもらえないかしら? 私のことはローレと呼んで頂戴、是非」
「分かりました。嬉しいです。ローレ様」
それから王妃に「人がいないときはローレさんで良いわよ」と言われてしまったため、そのように呼ぶことになってしまった。また、ジェレミーとの会話の八割はリゼに関することであるという話を聞かされてなんだか恥ずかしくなってしまった。色々と驚いてしまったがお開きとなる。




