163.第二離宮へ
きっとそれ以外にも格好や時間などについて連絡されているはずで、アイシャに質問する。
「他に言伝は……?」
「はい。狩猟大会のときのように動きやすい格好で、とのことでした。つまり、ドレスなどではなくて良いそうです。むしろ、ドレスではないようにとのことでした」
「分かった。ヴィッセル公国はブルガテド帝国とは同盟を結んでいるけれど、ゼフティアとはそこまで仲良しな国ではなかったはずよね? 敵でもないけれど、味方でもないというか」
「ですね。所謂、政略結婚ですよね。いまの王妃様は前王妃様が亡くなられた後に第二夫人のお立場から王妃の座を継ぐ形で王妃様になられた方で、第二夫人としてゼフティアに迎え入れられています。経緯などは私はあまり詳しくないので何とも言えないですけど、両国の関係を一応作っておこうという話に巻き込まれたのかと。公国の姫君であらせられたのに、王国の子爵家の方が王妃になって、いまの王妃様は第二夫人になられたため、色々と複雑な思いをしていらっしゃると思いますよ。最後のは勝手な妄想でしかないですけど……」
リゼとしては王妃へのイメージはリッジファンタジアの印象で構成されている。王との関係は冷え切っており、ジェレミー派をまとめあげ、虎視眈々とジェレミーを王にさせようと暗躍しているというのが彼女への印象だ。特に前王妃やその息子であるルイには嫌悪感を抱いているはずである。なお、リッジファンタジアにおけるジェレミー派はかなり過激でルイなどを貶めようと色々と悪事を行っていた。
しかし、ふと思えばテレーゼと仲良くしたりと、攻撃的ではない側面も垣間見えてる事実がある。また、ジェレミー派については剣術大会では陰湿な者たちに遭遇したが、彼らはいつの間にか鳴りを潜めており、オフェリーも目立って何かをしているわけでもない。
(要するにジェレミー派っていま静かなのよね。ゲームとは違う展開になっている気がする。王妃様の心境の変化なのか、何かが影響しているのかも。王妃様とお会いすることで何かが見えてくるかもしれない。失礼のないようにきちんとしつつ、リッジファンタジアとの違いを見つけていきましょう)
とにかく王妃に会ってみて、うまく立ち回るしかないという結論に達した。
「ちなみに明日は何時に到着すれば良いか聞いている?」
「十一時半に正門に到着するように来てほしいとのことです」
「そうなのね。では今日は早めに寝て明日に備えないと」
疲れた状態で訪問して何かしらのミスがあってはまずいと考え早めに寝ることにした。
そして、作戦を伝えることにする。
「リア、透明になって私についてきて。アイシャはきっと馬車待機よね。護衛の騎士は一名までは中に入ることを許可されるはず。フォンゼルさんお願いできますか? アレクシスさんたちは馬車付近で待機です」
リアとフォンゼルが頷いてきた。アイシャも同様に頷いてくる。
リチャードは「問題ないと思いますが、馬車には乗っていって待っていますね。何かあればメッセージをお願いします」と言ってくれたので感謝した。
その夜。リチャードが彼が作り出したフロストバーストとアイスサーベルの魔法陣を紙に描いてくれたため、受け取った。仕上げるのは明日の夜にすることにした。
そして、ベッドに寝転びながら少し考え事をする。
「さてと。今日は騎士の皆さんを無事に治癒出来て良かったのだけれど、明日のことを考えておかなきゃ。このタイミングで王妃様から声がかかるということはきっと狩猟大会のことよね。詳細の話をお聞きになりたいとかそういうことなのかな。ジェレミーのことを聞きたいのかも。あ、でも動きやすい服装というのは……まさか模擬戦などをやりましょうということではないはずだし……うーん。ひとまずルイ王子と前王妃様の話題は禁句みたいね。気をつけておきましょう」
伯爵たちから失礼のないように接するようにと言われているため、そういう点も気をつけようと考え眠りについた。
いつの間にか朝だ。着替えて食堂へと向かう。伯爵たちは席に着いていた。
「リゼ、おはよう。突然のことではあるがこれを」
「おはようございます、お父様。えっと、これは王妃様にお渡しするものですね」
「そうだね。領地の方で作ったそれなりに高級なネックレスだ。大丈夫だとは思うが、今日はとにかく失礼のないように気をつけるようにね」
「はい……!」
それから前王妃がなぜ子爵家の出なのに王妃となり、今の王妃が第二夫人になったのかという話を聞いた。アイシャから聞いた話では知り得なかった情報も聞くことができた。
本来はいまの王妃が王妃になるのが既定路線であったのだが、当時王子だった今の国王が唐突に前王妃を王妃にすると言い出したそうだ。それから揉めに揉めたが今の王妃が第二夫人という立場を最終的に受け入れたそうだ。前王妃は病弱であったため、公務はいまの王妃が全て取り仕切らなければならなかったそうだ。リッジファンダジアでは悪い印象を抱いていたが過去に色々あったようだ。
朝食を食べ終わると部屋に戻り狩猟大会の時の服に着替える。
遅れるわけには行かないのでほどなくして出発となる。近くで待機しておいた方が気持ち的には安心だ。伯爵たちに見守れながら馬車が出発した。
第二離宮までは一時間ちょっとで到着した。近くで待機することにする。リゼは隙間時間を利用してアイシャやリチャードと話しながら結界を展開して消してを繰り返してポイントを稼ぐための日課をこなす。
そうこうしていると良い時間帯となったため、第二離宮へと向かった。時間ぴったりに到着すると出迎えがあった。敷地内に入ってよしとのことで待機予定だったアレクシスたち騎士も中に入る。それから馬車を降りると騎士やアイシャは別室で待機ということになった。フォンゼルのみ同行が許可されたため、共に案内役の執事についていく。
応接室へと案内されるとフォンゼルはドア前で待機となったので入室する。
王妃はリゼの予想に反してにこやかに迎えてくれた。
「リゼ嬢、よく来たわね。さぁ、かけて」
「王妃様、この度は貴重な機会を」
「挨拶は大丈夫よ。あなたが礼儀正しいことは分かっていますから」
「失礼いたします」
リゼは席に着いた。すると王妃が話し始めた。
「呼んだ理由を話すわね。改めてになるのだけれど、狩猟大会ではジェレミーを救ってくれたこと、感謝しているわ。この恩を忘れることはないでしょうね。それに私も襲われたのだけれど、あなたの騎士が守ってくれてありがたかったと思っているのよ。近衛騎士が即座に介入しようとしたとは言え、その心意気に感服したわ。その件についても感謝しているから……ありがとう」
「ジェレミーのことは……あんな目に遭う前に駆けつけられれば良かったです……私、我を忘れてしまったのは初めてでした。ギリギリのところで間に合って良かったと思います。騎士たちは……ブルガテドで鍛えられた方々なので、あのような場面に慣れているようです。王妃様がご無事で良かったです」
それからお茶を勧められたので一口飲んだ。
「今日、呼んだのは理由があるのよ。唐突だけれど、一戦どうかしら? スキルや魔法はなしで、制限時間三分で」
「王妃様と、でしょうか……?」
「そうよ」
「分かりました。王妃様はその……」
なぜか唐突に模擬戦を申し込まれてしまった。王妃が実戦経験があるのか気になるので聞こうとしたところで王妃が頷きながら答えてくれた。
「私は自分の身は確実に自分で守れるようにと実家では教わってきたのよね。よって多少の心得はあるつもりよ」
「あの、実は私も同じ考えで生きています。殺されそうになったら戦ってなんとか出来るようにと」
「同じよ。命を他人に預けられるような性格ではないのよね」
王妃の意外な一面を聞きつつ、練習場へと到着した。離宮にも騎士が自主的に鍛錬できるように作られているらしい。




