152.大公との密談
その二時間後、ヘルマンがリゼの元を訪ねてきた。ベッドに寝転んで静かに天蓋を見上げていたところ、『まだ起きているか? すぐに対面で話をしたい』と連絡があったので、『分かりました』と返事をし、伯爵たちにヘルマンの来訪を伝えた経緯がある。
伯爵たちはヘルマンのことを歓迎し、部屋へと戻っていった。
ヘルマンは応接室でリゼと二人になると質問をしてきた。
「おぬしは此度のことをどう考えているのだ?」
「私は……ゼフティアを混乱させたい人たちがいるのかなと思いました。その上で可能であれば王族を根絶やしにするというのも目的の一つなのかなと。確か陛下たちも襲われたのですよね。なお、ジェレミーを襲った人の中に転移してあの場を脱出した人がいました。なので、何が何でも殺そうというよりは、混乱させたいのかなと……。あ、でも……」
「言ってみよ」
「ルイ王子とエリ……バルニエ公爵令嬢はなぜ男たちに囲まれずに逃げ切れたのでしょうか。ルイ王子だけならまだしも、公爵令嬢を連れて逃げ切れるとは思いません。よって、本気で追いかけてはいなかったのではないでしょうか。もしもそうだとしたらルイ王子派の人たちが……でも、そんな分かりやすいことをするとは思えませんし……まだ考えがまとまりません……」
リゼはベッドで考えを巡らせていたことを話してみた。まだバルニエ公爵が居なくなったことを知らないリゼの意見を聞いてヘルマンはうなずいていた。
「実はバルニエ公爵が消えた。このタイミングで消えて、奴の執務室が燃えたというのは何かありそうだ。ゼフティア王には奴が怪しいという話にしておいたが、実態としては奴の後ろに黒幕が居るのだとわしは考えている。罪を公爵になすりつけるつもりだろう」
「仰る通りかもしれません……!」
リゼはバルニエ公爵が消えたという話を聞いた瞬間に犯人だと思ってしまったが、ヘルマンは別の視点を持っているようで、参考にしようと考えた。視野を広く持ち、一次情報のみで物事を判断するのは早計であると何かの本で読んだか、アイシャが話していた気がしたが、その話を思い出した。
「なおリゼよ、おぬしをダンジョンに転移させたことを裏付けるものも見つかったぞ。あの事件の前に転移石を購入していた。普通はルートを辿れないように入手するだろうし、誰かしらが奴の執務室に紛れこませていたのかもしれないがな。うーむ、今回のように大掛かりなことをやつが考えるとは思えんが、まあダンジョン転移事件のことはあながちやつが本当にやったのかもしれない。わからんがな」
「えっ!? ダンジョンの件……そういうことでしたか。公爵令嬢にお茶をかけてしまったから怒ったのかもしれません……」
良く分からないところで何かしらの恨みをかっていたのかもしれないとリゼは考えていたのだが、案外犯人は近くに居たということで驚いていた。公爵が犯人と断定できる訳ではないかもしれないが、エリアナの件で恨みをかっていたとしたら辻褄が合う。
「あ! そういえば、ヘルマン様にお伝えしておくことが。先程、戦いの途中で転移した怪しい人物の話をさせていただきましたが、名前はモイセイ・レスノイといいました。隊長といった感じでした」
「名前を聞いたのか?」
「あっ、いえ……メッセージウィンドウのように私だけ使える戦闘ウィンドウというものがありまして…
…それで名前を見ました」
「……そうか。流石に慣れてきたが、驚かせられるばかりだな、おぬしには。レスノイというと……とある国で見られる名前だ。良い話を聞いた」
ヘルマンにとっては興味深い話だったようで名前を書いてくれと言われたので書いて渡すのだった。そして、何が起きたのかをくまなく話すとヘルマンはしばらく押し黙っていた。
「ゼフティアは脇が甘すぎた。今後は気をつけてもらわねばな。アンドレにはブルガテドにある聖遺物を与え、スキルや魔法などを覚えさせるとしよう。一人である程度は対処できるようにしておかなければ。転移石も渡しておくとしよう」
「それは……! 絶対にそれが良いと思います!」
アンドレは今後も狙われるはずだ。対処が必要だと感じていたので大賛成のリゼであった。
それからしばらく話をすると、ヘルマンは離宮へと帰っていった。
部屋に戻り、物思いに耽る。
(ヘルマン様はバルニエ公爵が黒幕ではないとお考えのようね。ヘルマン様は長年の勘みたいなものでそうお思いになったということよね? ひとまず私としてはヘルマン様のご意見通りに他に犯人がいるのかもしれないと思って注意して行動しないと)
そんなことを考えているとラウルよりメッセージが入った。
『リゼ、無事で本当に良かった。我々の警備の問題で危険な目に合わせてしまって面目ない。申し訳ない、リゼ。そして連絡が遅れてすまない。何が原因だったのか父上と調査していたんだ。今回の出来事は我々、第一騎士団の失態であるという事実はどうしようもなさそうだ。当日の朝から狩猟大会の会場となるエリアは全て捜索したんだけど、予め転移石を置いておいて、転移してくるとは考えていなかったということになる……。これはまずいよね。それに、警備の騎士団の配置も甘かったと思う。あとは騎士の練度もね。少し思ったのは、ゼフティアは長年戦争がなく、緊張感がアレリードと常に戦っているブルガテドと比べるとないのかもしれない。本来気づくことが出来そうな事柄も気づくことが出来ていないしね。これはまずいと思う。僕は今後第一騎士団を引き継ぐことになると思うからそれまでに色々学ばないといけないなと考えさせられた』
ラウルのメッセージはそれなりに長文であったが、悩んでいる様子が伝わってきた。
少し考えてから返信する。
『ラウル様、こんばんは。連絡をいただけて嬉しいです。私が思うのは、警備をするといっても騎士団の方々の人数は限られていますし、あの広い森を全て掌握するのは無理だと思うのです。なので、どれだけ気をつけたとしても、どこかしらに穴は出てきてしまうと考えられます。ではどうするべきだったのかという点ですが、狩猟大会に騎士を随伴させるなど、ルールを持ってして出来る限り危険を取り除く、安全な大会にするというのが正解なのではないかと私は思います。あとはお金はかかりますが、参加者全員に転移石を配るというのも、ありなのかなと。何かあってもすぐに逃げられますし。それと、騎士として警護する際に何を考慮するのかという点はブルガテドの話を聞けましたらラウル様にお伝えしますね。ラウル様も何か気づきがありましたら教えていただきたいです。何かを学ぶにしてもお互いに教え合ったりすると良い相乗効果があるかもしれません。よくアイシャに教えてもらったりしていますし、私がアイシャに教えることもあるので、お互いに教え合うことの大切さを日々実感しています!』
思っていたよりも長文になってしまったと思うが送信しておいた。返信は即時ではなかったが、わりとすぐに返ってきた。
『リゼ、なんだか元気が出たよ。ありがとう。好きだよ』
ラウルが少し元気を取り戻してくれたようで、リゼは安心した。返信に困ってしまうような内容だったこともあり、メッセージウィンドウを閉じた。
それからエリアスにお礼を言っておくことにする。一人ではオルトロスを倒せたかどうか分からないため、非常に感謝していた。エリアスは客室を使っているはずであるため、フロアが異なる。部屋を出ると階段を降りた。すると、踊り場でちょうどエリアスと遭遇するのだった。
「あれ、エル!? ちょうど行こうと思っていたところです」
「奇遇ですね、僕もですよ。気が合いますね!」
「あー、そうですね……! 実は改めてお礼を」
「せっかくだからゆっくり話しませんか? ちょうどメイドさんに紅茶を入れていただいたところなのですが、ポッドの中に結構な量の紅茶があって飲みきれないのでどうですか?」
リゼは「分かりました。お邪魔します」と伝え、客室に入った。机を見るとカップが二客置いてあった。エリアスが紅茶を入れてくれたので席に着く。




