150.唐突なお達し
参加者の家族はヘルマンなどの例外を除いて、待機させられていたようで、行ったり来たりする伯爵が目に映った。リゼが「お父様!」と声をかけると伯爵夫人と共にすぐさま走り寄ってきた。
「リゼ!」
「大丈夫なの?」
「はい。エルが居てくれたおかげでなんとか生き残れました」
「エリアス、本当にありがとう。まさか、またこんな危険なことに巻き込まれるとは思ってもいなかったので本当に助かったよ」
伯爵は眉間に皺を寄せながら、エリアスに感謝した。事態が事態だ。伯爵は王に事の詳細を問い詰めるつもりらしく、肩を怒らせている。
「エリアスさん、娘を守ってくれてありがとう……」
伯爵夫人は伯爵をなだめつつも、彼女もまたエリアスに感謝しているようだった。
「えっと、どちらかというと活躍したのは……」
「今日はとにかく屋敷に戻ろう。陛下に詳細の確認をしたいのは山々ではあるが、きっと大公様が話をしているだろうしね。それに君たちの体のことを考えるとベッドで早めに休んだ方が良いだろう。今日は泊まっていきなさい、エリアス」
「ありがとうございます」
するとリチャードが前に進み出てきた。
「リゼ、無事で何よりです。大変だったようですね」
「はい……初めて人と戦ってしまいました……なんとかなって良かったですけれど、あれがなかったら厳しかったです」
「あれですか。でもひたむきに練習を続けているリゼの努力がきいたのだと思いますよ。例えあれがあったとしても一瞬でも隙を見せれば殺られてしまいますからね」
神器のことを伯爵たちにはまだ話していないため、うまくぼかしながら会話するのだった。
国王の先程の話ではリチャードたちが賊を倒してくれたような話であったがその話題にはならなかった。
それから屋敷までの帰りの馬車では一安心し、夕食をいただいたリゼとエリアスだった。
◆
その頃、狩猟大会会場では、メンツをつぶされた王が怒りの形相で忠臣たちを怒鳴りつけていた。
横では怒りに満ちた表情のヘルマンが立っている。
「それで? なぜこんなことになったのだ?」
「ランドル伯爵令嬢たちが戦った場所に壊れた転移石が発見されたところまでは良かったのですが、そこからは難易度が高く。誰かしらが転移石を森に置いたはずであるのですが、足跡などを追うことが難しいのです」
「必ず転移石を置いた人物がいるはずだ。捕虜を尋問して調べるのだ。いまはそれしかなかろう。何でも良い。リーダークラスを特に締め上げよ」
「は!」
「私はもう一度森を確認してみますね」
国王は苛立ちを隠すことは出来ない。自分が主催した狩猟大会に水をさされた上に、男やモンスターたちには明らかに狙いがあったからだ。
(襲われたのは王子全員。それに我々のことも殺しに来た。モンスターの調教などはデルナリ国でしか出来ないはずだ。あの国の仕業なのか。それとも……)
◆
その少し後、森の一角では……。
「お話ししたルートからここまで来ていただきありがとうございます。やれやれ、大変なことになりましたね? バルニエ公爵。ご感想は?」
「大変申し訳ございません。ですが、モンスターは分かりますが、賊たちについては私が命令したわけでもなく勝手に」
「なるほど。そうでしょうね」
男は冷たく言い放つのだった。バルニエ公爵はモンスターについては関与しているが、賊については知らないようだ。
「さてと……唐突ですがバルニエ公爵。大変申し訳ないのですが、あなたには自首するか逃亡するか、どちらかを選択いただきましょうか。拒否権は分かっていると思いますが、ないですよ」
「一体どういうこと……ですか?」
公爵は理解が追いつかない。男はいちいち理由を含めて全てを回答してくれるわけではない。
男が腕を上げると、木の陰からフードの男たちが姿を現す。公爵は「ひぃっ」と尻もちをつくと懇願する。
「お、お願いします……お許しください…………まだお役に立てます!!」
「先程の話はお願いではないのですよ。分かりますよね? 拒否するなら家族の命は有りませんし、そもそもの話、あなた、いえ、ご家族の名誉にも関わるあの件について明らかになってしまうかもしれませんね」
「……であれば、逃亡いたします……。逃亡したら家族には手を出さないということで宜しいのですね?」
「良い選択です。我々とすればとにかく自首するか逃亡していただければそれで構いませんので。自首すれば処刑されてしまうでしょうから、頑張って逃げてみてください。もし逃げ切れればいつか家族と再会できるかもしれませんね。家族との別れをしていただけず、心苦しいのですが……」
男はバルニエ公爵に転移石を渡す。公爵は何か弱みを握られているのか、唐突な命令であるが男に逆らうことが出来ないようだ。何かの事情があるのかもしれない。
「ではお願いしますね」
「……はい」
バルニエ公爵はフードの男たちと共に転移していった。公爵も行き先は分からない。男は転移石に剣を突き刺すと拾い上げてポケットへと入れた。
男は衣服を正しつつ、少し離れたところに居た騎士と合流し、国王の元へと走っていくのだった。走り出したのはヘルマンがちょうどアンドレやテレーゼを引き連れてテントを出ていくのを目にしたからだ。ヘルマンがいない状況で話をしたほうが鋭い目で見られたりせず、何かと都合が良いためだ
「陛下、状況はいかがでしょうか。いま一度森を見てまいりました」
「変わりない状況だ。それで?」
「左様ですか……しかし、いずれ口を割るでしょう。この事態を未然に防ぐことが出来なかった第一騎士団には困ったと思っていたのですが、森の中に転移石を隠されては見つけることなど困難ですし、どうしようもありません。と、思いました。ですが、森の通常の警備は近衛騎士の管轄ですから、彼らが森への何者かの侵入を許したのが問題なのではないでしょうか」
「そうであるかもしれんな」
男は「それでは陛下。おそらく私の隊が尋問していますので、状況を確認いたします」と答えるとテントをあとにした。
◆
そのような会話が繰り広げられる中で、王妃のテントでは……。
「それでオフェリー嬢、あなたの口から詳細を。ジェレミーは憔悴していて黙ってしまっているので帰らせたわ」
リゼがまだ寝ている間に目を覚ましたエリアスに事の詳細を確認済みの王妃はオフェリーに質問した。泣いたり気絶したりという話が既に伝わっているのだ。
「はい。私たちは順調に動物を狩っておりましたわ。ですが、突然に不気味な男たちが姿を現しまして。ジェレミー様は剣を構えて私を守ろうとし、賊の男に大ダメージを与えられてしまいましたわ。一瞬の隙を見せられた際に攻撃を受けられて……気絶してしまいましたの。その際に私もなんとかしようと思ったのですが……そこにたまたま加勢に来られたランドル伯爵令嬢の攻撃が賊にあたりましたわ。私も魔法で攻撃しようとしていましたが、ちょうどランドル伯爵令嬢に当たりそうでしたので、詠唱をやめましたの。恐らく私が魔法を詠唱したとしても男たちを気絶させる程度のことは出来たと考えていますわ。一つランドル伯爵令嬢がすごかったのはジェレミー様を回復させたこと……それ以外は私でもなんとか出来ましたわ」
「そう。無事で何よりよ。ミュレル侯爵に近いうちに会合を開くと伝えてちょうだい」
「はい!」
オフェリーはジェレミーが気絶してからの話については、リゼが王妃と話す機会などないと考え、嘘にはならない程度で自分の考えを話した。
退出するオフェリーの後ろ姿を見守りながら王妃は溜息をついた。
(なるほど……十二歳ならもう少し頭が回らないものかしらね。あの子と仮にジェレミーが婚約して何がもたらされるというの。ジェレミーの危機的状況で泣きじゃくるだけの子に用はないわよ。確かに王位継承の地盤は固められるかもしれない。でも、王妃である以前に私は母親なのよ。私の王への恨みなど二の次……よ。ジェレミーが生きてくれていて本当に良かったわ…………。命の恩人のリゼ嬢には感謝しないといけないわね。それと助太刀してくれたカルポリーニ子爵令息にも)
王妃はリゼたちに感謝し、オフェリーの評価は下がってしまうのだった。




