146.続く困難
周りを見るとあとは弓矢を持つ男とフードを深く被って顔が見えない男のみだ。
リゼは自分たちを囲むように結界を展開すると、ジェレミーの前に座り、世界樹の葉をアイテムボックスより取り出した。足に突き刺さっている二本の矢を引き抜き、胸の上に世界樹の葉を置き、さらにセイクリッドスフィアで癒やしの光も当てる。上級ポーションも口に含ませた。深手を負い、蒼白な表情をしていたジェレミーだが、傷が治り、呼吸も正常な状態に戻るのだった。結界内にいるオフェリーは殴りつけられて気を失っていたが、目を覚ますとさめざめと泣き出した。
「オフェリー嬢、ジェレミーをお願いします」
オフェリーは泣きじゃくりながらジェレミーの側まで来て座り込んだ。頼りになりそうにないがエリアスが「この盾を使ってください」とサイクロプスが使っていた盾をオフェリーに強引に持たせるのだった。
そして敵の方を向くとフードを被った男を素早く戦闘ウィンドウで確認した。
【名前】モイセイ・レスノイ
【レベル】25
【ヒットポイント】表示不可
【加護】一角獣の目
【スキル】表示不可
【武器】表示不可
【魔法】表示不可
死にそうであったジェレミーが回復する流れを冷静に眺めていたフードを被った男は一瞬にして姿を消した。弓を持った男も続こうとするが「なんでだ! くそ!」と飛び跳ねたりしている。
リゼは結界を解除し、ジェレミーとオフェリーを囲むようにもう一度結界を張り直した。
「きっと転移石で転移して、転移先で転移石を壊したのでしょうね」
エリアスが倒した男を銀糸で縛りつつ、呟いた。
「メッドドール。メッドドール」
泥人形を二体ほど出現させると、リゼの魔法で倒れた二人を見張るように指示した。
男は唐突に姿を表した泥人形を見て、「なんだそいつ……」と呟くと叫び始める。
「降参だ! 俺は何もしていないんだ。信じてくれ」
男は大げさな動作で降伏をアピールしてきた。手に持っていた弓と背負っていた矢筒を目の前に投げ捨てる。
本当に降参するつもりなのか分からないため、戦闘ウィンドウで見ることにした。
【名前】ボリス・リロフ
【レベル】18
【ヒットポイント】342/342
【加護】夜魔の盾
【スキル】ルミナス・イグニス
【武器】鉄の弓(弓)、ガイラス(剣)
【魔法】ファイアボール、フレイム、フレアー
リゼは溜息をついた。弓を捨てたところで、きっと背中に鞘を下げているのだろう。つまり、剣を隠し持っているのだ。それにスキルはリッジファンタジアで見覚えがある。攻略キャラのジャンが使っていたもので剣を振ると斬撃が相手に向かって射出されるという強力なスキルだ。五秒間程度持続するので剣を何度か振ればその斬撃を何本か飛ばすことが出来る。
油断させて襲うつもりだろうと予測したリゼは、相手に手を向けた。すると男はビクッとしつつ、体をこわばらせた。
「スキルアブソーブ。ルミナス・イグニス」
男は咄嗟に「フレイム!」と叫び、炎の渦がリゼたちに迫る。しかし、セイクリッドスフィアの光線が迎撃して炎の渦をかき消すのだった。さらに光線は男にまっすぐ射出されるが男は横にジャンプして地面に転がるとなんとか避けることに成功した。しかし、スキルアブソーブはその動きを追尾して当たった。
なお、セイクリッドスフィアは交換画面で交換可能な聖属性の特殊上級魔法であり、当然得体のしれない魔法として映ったはずだ。男は驚愕の表情で見つめてきていた。
「投降するのでしたら、なぜこのようなことをしたのか教えてください。それと、剣を隠し持っていることもルミナス・イグニスのことも把握していますので」
「……分かった分かった。小芝居はなしにしよう。俺は冒険者だ。近頃はダンジョンを攻略するだけでは食っていけないわけさ。仲間とともに聖遺物の売上は分配するし、武器のメンテも必要だ。装備もな。つーことで、割の良いバイトがあったから参加したんだよ。そこの銀髪の小僧、それから黒髪の小僧の似顔絵を渡されて、殺せば大量の金、つまりエレスをその場で貰えると聞いてな。そこで倒れている奴らも訳アリのやつか、冒険者とかだろーよ。元締めはさっきのやつだ。参加しただけじゃ金も貰えねーし、踏んだり蹴ったりだ。お前と戦うメリットは俺にはない。降参するよ」
黙って考え込むリゼの横でエリアスが「そんな理由で人を殺そうとするなんて、言葉が出てきません。野蛮すぎます」と漏らすと男が少し声を荒らげた。
「いいよな、お前ら貴族様は。適当にヘラヘラ生きてるだけで金が転がり込んできやがるんだからな。貴族様の趣味は狩猟大会だっけか? くっだらねー。庶民はなぁ、お前らに搾取されて生きてんだ。庶民の生活はお前らには理解できないだろうよ。生きるか死ぬかなんだわ。ま、分かるわけないだろうけどな」
リゼは横たわるジェレミーを見つめながら手に持つ剣を握りしめた。足に矢が突き刺さっていなければジェレミーはもう少し俊敏に動けたはずだ。あのような致命傷を受けたのか分からない。弓を持っていたのはこの男しかいないし、ジェレミーが切り裂かれて地面に転がった際に確かに笑い声が聞こえたのだが、この男の声と一致していた。この人物は確実に殺しを楽しんでいたはずだ。本当に降参するつもりなのだろうかと疑問が残る。もしかしたら降参するつもりなのかもしれないが、こういう打算的な人物には気をつけるようにとヘルマンから雑談している時に言われたことがある。
男へと視線をリゼが合わせると、男がまた口を開いた。
「一つ提案させてくれ。俺の剣は聖遺物の魔剣だ。これをくれてやるから、俺を見逃してくれないか? 冒険者としては手痛いダメージだが、命と比べれば……な。もう二度と汚い仕事はしないと誓うから、どうだ」
と、提案をしてきた男だがよく見ると少しずつ後退していることに気づいた。話しながら後退して隙を見て逃げようとしていることは明白だ。
「リゼ、どうしますか?」
「あまり信用出来なさそうな人です。少し距離があるのでフォーススリープが当たる距離まで距離を詰めたいです」
「では、あれですね」
リゼは「はい」と言うと魔法を詠唱する。
「アイスレイ」
リゼは逃げられないように冷静に相手の動きを封じることにした。足が突然凍ったことに驚いた男は氷を破壊しようとしながら「くそあまが!!!」と叫び、今度は「フレアー」と魔法を詠唱してきた。
「エアースピア!」
男より放たれた炎の波のようなものが軌道を操作された突風によって上空へと吹き飛ばされる。
リゼとエリアスは男に向けて距離をつめに入る。拘束するしかない。男は剣を背中から抜いた。スキルを発動するつもりだろう。しかしその瞬間、男は宙を舞い木に激突すると動かなくなった。あまりにも一瞬の出来事であり、何が起きたのか分からないリゼたちは倒れる男を凝視した。
そして、男が立っていたところへと視線を戻す。
すると禍々しいモンスターが姿を現したのだった。リゼは反射的に数回バックステップで後退した。エリアスも同様だ。
その姿を目を見開きながら見つめるしかない。蛇の尻尾を持ち、二つの頭を持つ犬型の大きなモンスターだ。尻尾はかなり長く、攻撃にも使えそうだ。おまけに火を吐くのか蛇の口から火が漏れ出ている。尻尾が蛇であるモンスターはメリサンドも入れると二体目だ。ふと燃えた木を見かけたことを思い出すが、燃やしたのはこのモンスターであろう。
(これは特徴から察するにリッジファンタジアで見たことがあるオルトロス。簡潔にいうと非常に強いモンスター。それに、チクりと頭に痛みが。どうやら前足の爪に毒があるみたい……)
オルトロスはジェレミーに目を向け体勢を整える。どうやら男たちと同じようにターゲットはジェレミーやアンドレらしい。ジェレミーやオフェリーとの間にはリゼが立っている状況だ。
(私たちが攻撃をかわしたら、一直線にジェレミーのところに向かうはず、結界を展開しているとはいえ、壊されたら困る。つまり私たちは攻撃を避けられない……)
まだ一度も壊されたことがないインフィニティシールドだが、万が一にも破壊されたらジェレミーたちが危険だ。賭けは出来ない。なんとかオルトロスをジェレミーたちに近づけないように倒すしかない。




