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142.危険の始まり

 しばらく周りを見渡すと、リゼは静かに呟いた。


「エル、何でしょうかこれ……こんな動物いますかね……木を倒す動物。うーん、私が知る限りいません……」

「足跡の間隔から察するに……この前のゴーレムくらいの大きさはありそうですけど……それに焼けた跡があるような……」

「これは……危険です。開始地点まで行きましょう。何かわかりませんし」

「そうしましょう」


 リゼたちは急いで開始地点へと向かう。動物にしては大きすぎる足跡だった。そう考えると、早足になる。何か良くないことが起きようとしているのかもしれない。


 そして歩くこと数分、近くで人の話し声が聞こえてくる。声の雰囲気からすると参加者だと思われるため、エリアスとリゼは目を合わせた。


「リゼ、少し先に誰かいますね」

「参加者みたいですね。危険だということを伝えましょう……!」


 二人は一旦しゃがみ、聞き耳を立てる。十メートルほど離れたところに誰かがいるようだ。


「おかしい。さっきから動物が全然いない」

「そうだな……雲行きが怪しくなってきたぞ。これじゃ、優勝は厳しいな」


(あれ、この声は)


 リゼは立ち上がり、参加者らしき人たちの方へと歩き、声の主に呼びかける。


「アンドレ?」

「……あれ、リゼ? どうしたの?」


 木陰から出てきたリゼにアンドレは驚きの声を上げた。


「話し声が聞こえたので。あの、何か嫌な予感がします。実はあっちの方で動物とは思えない足跡を見つけたのです。それに木の焼け跡がありまして。わりと新しかったです。木も沢山倒れていて……」

「なんだって……木の焼け跡? そんなことをできる動物はいないだろうね。まさかモンスター……? 動物をさっきからいきなり見かけなくなったんだ。うーん、でもここにモンスターはいないはずだし。仮にモンスターだとしたらどうやって」


 状況を理解したのか周りを警戒するアンドレ。話を聞いていたロイドやエリアスも剣を構え、辺りを警戒する。


「一度開始地点まで戻りませんか? ダンジョンはないにしても、誰かが悪意を持ってモンスターをこの森に転移させることは出来ると思うのです。転移石を使えば簡単ですし……転移石は高価ですが、買えないわけでもないですよね……」

「うん。そうしよう……他の参加者を見かけたら戻るように伝えよう」

「そうですね」


 リゼたちは急足でその場を後にする。とにかく危険は出来る限り回避したほうが良い。スタート地点までたどり着ければ何かしらの状況が分かるかもしれない。といっても森のかなり奥まで来てしまっているため、戻るまでそれなりに時間がかかってしまう。

 緊急事態が発生した場合に他の参加者に伝える手段がないという状況を認識しつつ急足で歩くリゼだ。


「おいアンドレ、あれ見てみろよ」

「ロイド、いまはそれどころじゃ……」

「普通じゃないぞ。あいつらみんな、さっきの方角から離れるように移動してるぞ」


 ロイドの声につられて指をさす方向を見ると、五十メートル先あたりで鹿が数匹、全速力で逃げるように走っていくのが見える。その時、ぐしゃりと音がして鹿たちが巨大な棍棒で叩き潰された。リゼたちはその棍棒の持ち主へと目線を移動させる。そこには巨大なモンスターがおり、こちらをちょうど見つけたところなのだった。棍棒を振り上げながら即座にリゼたち目掛けて歩いてくる。

 リゼたちは少し固まっていたが、自然と後退りした。


『ご主人様、周囲に敵あり。人間、五人』

『えっ!?』

『囲まれかけている』


 リゼはすぐさま周囲を確認した。確かに人影が見えた気がした。


『開始地点の方にもいるのよね?』

『そっちには二人いる。背後の方向には敵はいない』


 リアと念話で会話をしていると、エリアスが冷静に確認してくる。


「あれは……。リゼ、どうしますか!?」

「エル……どうやらモンスターだけではないみたいです。後ろの方向以外は囲まれかけています」

「後ろ……あ、少し先に広い空間があります。戦うにしても広い方が良いはずです。行きましょう!」

「アンドレ! と、パーセル伯爵令息……協力してくれますか? もう逃げても追いつかれてしまいます。戦うしかありません!」


 リゼは開けた場所のほうが戦いやすいと判断し、エリアスの案に乗った。何が狙いなのかも分からないため不気味だが走ったところで大人の足から逃げ切ることは出来ないだろう。つまり、戦うしかない。


「わかった。急ごう」

「俺のことはロイドでいい! いくぞ!」

「わかりました! ロイドも宜しくお願いします!」


 アンドレ、ロイド、エリアス、リゼの四人は少し先にある空間へと移動し、モンスターを誘導する。モンスターは早足に追いかけてきた。そして、モンスターは少し開けた場所の端まで来ると立ち止まるのだった。

 その後ろから一人、武装した者たちが姿を見せた。リアの話では五人だったはずだが、二人しかいない。二人とも冒険者風の出で立ちだ。剣の他に短剣などをベルトにさし、腕や肩などに装備をつけている。


「ちっ。やっと見つけたぜ。焦らせやがって。ターゲットはそこの王子なんだが、二匹のはずが四匹になってやがる。二匹って話じゃなかったのかよ~。お、可愛いお嬢ちゃんもいるじゃねーか。泣き叫ぶところを見てみたくなっちまった」

「任務だ。無駄口を叩かずに真面目にしていろ。俺が話そう」


 リーダーらしき人物がリゼたちに聞こえないように静かに言い聞かせると、一歩進み出てきた。


「諸君。君たちに恨みはない。だが、金をもらっている以上、任務はやり遂げる。それがプロだ。我々のターゲットはそこの王子のみであるため、他の者は見逃してやらないこともない。無駄死にはしたくないだろう。我々とてターゲット以外の子供を殺すほど無慈悲ではない。逃げるなら武器を捨てあちらの方向へゆっくりと歩け」

「そんなことさせるかよ。お前らはアンドレを連れて逃げろ。足止めくらいなら出来る」

「威勢の良い少年だ。だが逃げられるかな。出てこい」


 するとリゼたちを取り囲むように木陰から男たちが姿を現すのだった。追いかけながら分散したのだろう。


「こういうことだ。こちらは五人、それにモンスター。対して君たちは四人、しかもまだ子供だ。さて、どうする?」


 男は手を広げて笑顔でロイドに言い放ってきた。ロイドは周りを見て黙り込むしかない。

 リゼはどうすれば良いのかと考える。


(どうすれば。敵は五人とサイクロプス。サイクロプスはみんなで戦えばなんとかなるかもしれないけれど、この人たちをどうにかしないと集中して戦えない。人間の方が頭が良いし。周囲を囲まれているけれど、透明状態のリアは気づかれていない。眠らせればなんとかなる可能性はある)


 リゼは念話でリアに作戦を伝える。


『リア、睡眠魔法で敵を確実に眠らせて。後ろの一人、右のもう一人。出来る? 私は左の人と、正面にいる言葉遣いの悪い人を狙うから』

『了解。合図して』


 このような状況に陥ったことがある者は誰一人としていない。強がったロイドもよく見れば手が少し震えている。エリアスは肝が座っているのか、あまり緊張をしているようには見えない。集中力を高めているようだ。


「私のことが狙いだというのなら、殺せば良い。だが、他のみんなは確実に見逃してくれるという保証は?」


 アンドレがそう言うと男は「もちろんだ。任務に支障をきたさない者は見逃そう。一分以内に結論を出せ」と答えてきた。

 当然そんなことをさせるわけがない。リゼは仲間にのみ聞こえるように小声でつぶやいた。


「戦うしかありません。皆さんはサイクロプスを倒すのを手伝ってください。あの人たちは私がどうにかします」

「リゼ、何か作戦があるのですね?」

「はい、エル。万が一にも倒しきれなかった場合のために警戒をお願いします。もし倒しきれなかったら魔法で牽制をお願いします。皆さんも」

「分かりました。リゼの剣として戦いましょう」


 エリアスは頷くと、アンドレの横に立った。

 しかしアンドレはリゼに小声で話してきた。


「リゼ、君を危険な目には合わせたくない」

「ここで戦わないでアンドレが殺されでもしたら一生後悔します。私は戦います」

「……そうか。なら戦うしかないようだね。再び共闘といこうか。リゼは私たちのことは気にせず、やりたいようにやってくれ。我々は周りを警戒する。最悪の場合、魔法を放てば良いんだよね。リゼが男たちを倒せたらサイクロプスを叩きに行く」


 アンドレは剣を構えた。エリアスはアンドレの言葉にうなずいた。ロイドは目をつぶり「しっかりしろよ、俺」と呟くと剣を構え直すのだった。

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