140/879

140.狩り開始

　いつの間にか国王が近くまで来ていたのだった。

「見事な太刀筋であった。関心したぞ。あのオフェリー嬢を軽くあしらうとは。彼女は同い年の中では実力者グループに属しているのだがな」

「こっ、国王陛下……！」

「リゼ嬢、この調子で頑張ることだ。君は……」

　王はリゼに紹介しろと目配せしてきたため、すぐさまエリアスを紹介する。

「はい。こちらはカルポリーニ子爵令息です」

　エリアスはお辞儀をしながら自己紹介する。

「陛下、エリアス・カルポリーニと申します」

「カルポリーニ子爵の息子か……。うむ、覚えておこう」

　試合を見て少し感情が高ぶったのか国王は声をかけて満足し、離れていく。周囲は「あの娘、陛下から声をかけられた……」と、騒然としている。

「あれが例の氷属性の持ち主か……先日のアンドレ王子の式典は欠席してしまったのだが、確かフォルティアといったか」

「いや、リゼという名前だったはずです。フォルティアというのは神託の別称でしょう」

「剣術のみであのレベルなら総合的にみると相当ですな。武勲に優れた家系であるミュレル侯爵令嬢をいとも容易く倒すとは……」

「帝国の子爵位も授与されたのは本当か？」

「そうですよ。ランドル伯爵家は、いまは中立派、是非ともアンドレ王子と婚約いただき、アンドレ派の筆頭貴族になっていただきたいものだ……」

「アンドレ王子も良いところに目をつけたものだ」

「いやいや、アンドレ王子が国王になってその王妃がランドル伯爵令嬢ですと、帝国との繋がりが強くなりすぎる。王妃が帝国の子爵ということになるのですから。それは避けるべきだろう。それならジェレミー王子が王になった方が……」

「ルイ王子はこの狩猟大会で成果を上げないとなかなかに大変な状況かもしれませんな」

　会話の内容はよく聞こえないが、王の忠臣たちは論争になっていた。エリアスには内容が聞こえていたようで首を振った。

「僕も蚊帳の外にならないように頑張らないと。いまのままではジェレミー王子やアンドレ王子、それにラウルとは比較対象にすらされないんだから……」

「エル？　何か言いました？」

「あー、独り言です。しかしそのためにはどうしたら……」

　エリアスはより努力を重ねることを誓うしかない。リゼは（どうしたのかな？）とエリアスを見つめているが、エリアスはというと、（この狩猟大会で頑張らないといけないですね。少しでも良いところを見せましょう）と考えるのであった。

　リゼたちの模擬戦は良い余興になったようで、観戦していた者たちがだいぶ盛り上がっているが、もうすぐ狩猟大会がスタートするようだ。ルールの説明が行われた後、それぞれがスタート地点に移動する。

　移動する際にアンドレとすれ違い「さっきはすごかったよ」とウィンクされたので少しだけ立ち話をした。アンドレとエリアスはというと、一応は挨拶を交わしていたがバチバチとした雰囲気を醸し出しており、危険そうなので、早々にスタート地点を目指すことにした。それぞれが別の場所からスタートすることになる。ほどなくして到着し、あとは開始の合図を待つのみだ。

「リゼ、今日は優勝目指して頑張りましょう」

「そうですね。絶対に勝ちましょう！」

「弱い動物が複数匹いる場合はリゼと僕とで一匹ずつ対応すれば効率が良いですね」

「数も評価のポイントですものね。あとは倒し方も確かポイントでしたよね。あまりに形が崩れたりしているとダメだというのはさっき初めて知ったルールです」

　この狩猟大会は国王が一部のルールを追加しているらしい。獲物の状態、つまり美しさもポイントの一つとなる。

「これはこの大会向けに追加されたんだと思いますね。普通はないはずですから」

「そこも注意点ですね」

　その時、開始の鐘の合図が鳴り、リゼとエリアスは顔を見合わせる。

「リゼ、では行きましょう」

「そうですね。優勝しましょう！」

「その意気です！」

　二人は王子たちに忖度するといった考えはなく優勝する気が満々である。リゼたちは森へと進んでいく。森には道がないため、草をかき分けながら前進することになる。

（いつもの服装ではなくて動きやすい服にしてよかったかも。それにしても道がないところを歩くのって大変ね……）

　進むこと十分ほど経った頃だろうか。エリアスが先の方を指さしながら何かを見つけたのかリゼに呟いてきた。

「鹿です」

「接近すると逃げますよね……？　物音に敏感ですし」

「そうですね。ここは魔法が有効です」

　近づくと逃げられてしまうので魔法で遠距離からダメージを与える作戦のようだ。

「あ、いいことを思いつきました！」

「おや？」

　リゼは少し近づくが、まだバレていない。鹿は草を食べているようだ。

　ここぞとばかりに魔法を頭の中で詠唱する。

（アクセス・マナ・コンバート・アイスレイ！）

　すると瞬時に足が凍りつき、鹿は唐突に身動きを封じられてしまった。頭を上げて周囲を警戒している。意図を理解したのか、エリアスは飛び出して一撃を加えたところ、鹿はなすすべもなく倒れるのだった。

「そうでした、リゼにはアイスレイがありましたね。これならかなり効率的に狩りが出来そうです」

「えっと、倒したらどうするのでしたっけ？」

「基本的に開始場所まで運ぶしかないようですね。小さい動物であればカゴなどに入れておくこともできるのですが。普通は騎士などを同行させて運ばせるんですが、今回は同行できないルールですからね……」

「つまり特に運び方の決められたルールはないのですね。ではアイテムボックスに入れておきましょう」

　リゼは鹿をアイテムボックスへと入れた。

　こうして鹿、さらに鹿、そして兎に狐と着実に狩りをこなしていく二人だ。抜群のコンビネーションで着実に狩っていく。ここまでで四十分ほど経過した。

　だが、なかなか他のグループとは遭遇しない。思っていたよりも森は広く、参加者が分散しているのだろう。

「リゼ、あの倒れた木のところで少し休憩しましょう」

「分かりました。お昼用に軽食を作って来たので食べませんか？」

「あ、いいですね。そうしましょう」

　二人は少し開けたところに倒れた木があり、そこで休憩にする。これまで苦労することなく倒してきたとはいえ、歩き続けているため、休憩は重要だ。倒れた木に座ろうかなとも考えたのだが、ナメクジのようなものが多数いたので止め、リゼは机や椅子などをアイテムボックスから出して、テーブルクロスなどを配置し、軽食を並べることにした。

　そして、軽めの食事をとった後、エリアスが呟いた。

「とても美味しかったです。ごちそうさまでした」

「良かったです。毎日料理の練習もしているので、凝った食事なども作れるようになってきています」

　それから少し日課について語り合った後、エリアスが感慨深げに呟いた。

「それにしてもアイスレイ、便利ですよね」

「はい……この手の拘束系魔法はなかなか他にはありませんからね……便利すぎます。あ、一応古代魔法の土属性魔法にもあるにはあるのですが」

「個人的には火属性にもあると嬉しいですね。それにしてもミュレル侯爵令嬢と魔法やスキルありの勝負でしたら、さらに早く決着がついたかもしれませんね」

「それは……確かにそうかもしれません。私、元々は魔法の練習だけをしていて、剣術は全然だったのですが、両方をある程度使えるように練習してきてよかったです。魔法や剣術、片方のみでは出来ることに違いがありすぎますから。これはラウル様のおかげなのですよね」

　今日までダンジョン転移事件で休んでいる時以外は毎日練習してきたのだ。実のところ、練習を始めたばかりの頃は手にマメや水ぶくれが出来て痛かったが、努力してきてよかったと実感するのだった。練習している最中に擦り傷等が日常茶飯であったが、定期的に上級ポーションで回復したりしていた。よって綺麗な肌を保てている。

　なお、当初は魔法の練習と騎士とのちょっとした剣術の練習くらいであったものであるが、ラウルに剣術の練習に誘われ教えてもらいながら、ジェレミーやアイシャも含めて切磋琢磨することで、剣術もそれなりに上達した。ここ最近はフォンゼルからも指導を受けている。そういった経緯をエリアスに話すのだった。

　その経緯を知らないエリアスは驚いた様子だ。