138.会場へ
そして、夜が明け朝になる。ついに狩猟大会の日だ。
あまり食べすぎないように朝食を済ませ、昼食用に軽食をささっと作ると着替えることにした。
そんな中、エリアスが迎えに来たようで、伯爵たちが出迎えるのだった。
「ランドル伯爵、伯爵夫人、本日はリゼのパートナーとして狩猟大会に参加させていただきます」
「話は聞いているよ。今支度をしているみたいだから少し待っていてくれるかな」
「承知いたしました」
「くれぐれも危険があったらリゼと一緒に逃げるのですよ」
「はい。リゼに怪我をさせるわけにはいきませんから無理はしません。ただ、素直に逃げてくれると良いんですけどね……」
エリアスは苦笑しながら言った。リゼのことだから何かあれば戦おうとする可能性があると考えているのだろう。
「あの子、無茶しそうだからね。もしもの時は……」
「お任せを。全力で守りますので」
リゼは階段を下りていると玄関にエリアスたちが見えたため、小走りで近づいて挨拶する。
「お待たせして申し訳ありません! 今日はよろしくお願いします」
「全然、待っていません。あれ、その格好は……」
「狩猟大会ではこういう服装とのことでしたので仕立ててもらいました」
「そ、そうですか……新鮮ですね。似合ってます」
リゼを上から下までをチラッと確認したエリアスは少し動揺しながら言った。
「ありがとうございます」
「斬新でドキドキします……」
動きやすい狩猟用の服装に身を包んだリゼに赤面するエリアス。胸当てや肩当てなどを装備していて、動物の攻撃を受けても体を守れるような服装になっている。エリアスがあまりにも見つめてくるので少しずつ恥ずかしくなってきているところで、伯爵が布をかぶせた何かをリゼに渡してきた。
「リゼ、それじゃあこれを」
「お父様? そちらは……?」
「先祖より伝わる剣の一つだ。これを持っていきなさい」
「でも、これは……」
リゼは剣を渡され、布をとると、伯爵家に伝わる家宝の剣が鞘におさまっている。これは歴史ある剣でゼフティアに戦争で負ける前の時代のものだ。かつて王国であった時の紋章が刻まれている。
「私は……剣術は得意ではないし、リゼが持っている方が剣も喜ぶだろう。もらってくれ。剣も飾り物であるよりも、その本来の力を発揮したいだろうしね」
そう言いながら伯爵は頷いてくる。そのまなざしを見たリゼは受け取ることを決意するのだった。伯爵の気持ちを無下には出来ない。
「……分かりました。ありがとうございます。大切にします。軽いですね……」
「これは旧王家時代の剣でね。三本のうちの一本だ。一本はエグバートにすでに渡しているのだが、特殊な鉱石で作られている名剣だよ」
「あっ、たしかにいまとは違う紋章がありますね。大事にします。それに特殊な鉱石、ですか?」
「レクシスを知っているかな? 練習場で魔法を吸収する壁や床に使われているものだね。よくある鉄の剣などと比べると強度がまったく異なるんだよ。それにアクアアローなどの魔法くらいであれば吸収できるからね」
「あのレクシス……ですか。剣にも加工できるのですね……」
伯爵いわく名のある鍛冶職人に作ってもらったものらしい。
リゼは鞘から剣を出してみた。黒色の刃の独特な魅力がある剣だ。剣身にも紋章が刻まれていた。今回はこの剣を主に使うことにした。ジェレミーからもらった剣であるレーシアも万が一の時には使えるし、ブリュンヒルデもあれば神器もある。いざという時に使い分ければ問題ない。
「すごい……これがご先祖の……」
「確かランドル伯爵家って元々は別の国の王家なんでしたよね。王家にふさわしい洗練されていて美しい剣ですね」
「この剣にふさわしい持ち主でいないと……ですね」
剣をかざしてみる。太陽に照らすと白く光る。剣を手になじませるために、いくつか型を試してみた。伯爵と伯爵夫人はその様子を見て顔を見合わせるが、ほほえましそうに笑う。
エリアスはしばらく見とれていたが、褒めてくる。
「すでに持ち主として様になっている気がしますよ」
「それは嬉しいです。でもまだまだ成長出来るはずなので頑張ります」
それから馬車に乗り込む。走ってやってきたリチャードが「僕もあとで伯爵たちと近くまで行ってみますね」と話してきたので頷いておいた。
いよいよ出発の時になる。フォンゼルやリゼの騎士たちは馬車を取り囲むように位置取りをした。会場は王都を出て、劇場などの前を通り、北方向に一時間ほど進むと到着するのだった。道中はエリアスと街を見ながら歓談して過ごしていた。
すでに到着している貴族もそこそこの数に上っている。リゼが馬車をおりると、視線が集まるのが分かる。現在、ホットなアンドレ関連のうわさを聞いたものたちなのか、神託の話を聞いたものたちなのか。いずれにせよ、好奇の目で見られていることは確かだ。ブルガテド帝国の甲冑に身を包んだ騎士たちを引き連れてきたというのも大きいかもしれない。ついでに言うと、リゼがヘルマンに渡した家紋を旗にしたようで、旗を持つ騎士が二名もいたため、とにかく目立ってしまった。
気にしても仕方ない。馬車から少し歩くと集合場所に到着した。エリアスと話をしていると、いつの間にか時間が経っていたようで国王が挨拶をする。
「皆のもの、よく集まってくれた。今日は王子たちを競わせるというのが目的であるが、それ以外の参加者たちは狩猟大会を楽しんでくれ。まずは男女別れて食事会……もといお茶会で話に花を咲かせてもらい、その後にいよいよ狩猟大会を開催する。今回は優勝賞品も用意しているので存分に狩猟に励むように。それなりに豪華、いや非常に豪華な景品だ」
参加者たちは拍手をした。王子やそのパートナーは緊張した表情をしているが、それ以外の面々はリラックスした雰囲気だ。どうせ景品は王子が得るだろうと考えているのだろう。貴族の遊びの一つである狩猟大会を楽しもうとしか考えていないようだ。
リゼはエリアスと別れると、女性のみのお茶会へと案内されるのだった。テーブルにはエリアナなど、見知った顔を見える。リゼとしては(もしかしたら王妃様やテレーゼさんもいらっしゃるのかな?)と思っていたのだが、国王たちと別のテーブルのようだ。
(それにしても、エリアナと近い……気まずい……)
エリアナも気まずさを覚えているのか、リゼを見つけるとそっぽを向く。同じように取り巻きもコソコソと話をした後にリゼを睨みつけてきた。この会場にはルイ派だけではなく、ジェレミー派もいれば中立派もおり、さらにはアンドレ派もいるため、エリアナは敵も多いことから比較的静かであり、攻撃を仕掛けてくることもなく、開始の合図を待っている。それから鐘が鳴り、お茶会のスタートだ。
「皆様、本日は狩猟大会に参加する殿方を支え、良い日にいたしましょう。特に王子の婚約者である私や婚約者候補であるオフェリー嬢やランドル伯爵令嬢は頑張る必要がありますわね」
第一王子の正式な婚約者であるエリアナが挨拶をするといよいよお茶会が始まる。アンドレと参加しないことを知っているのかそれとなく悪口を言ってきたような気もするが、相手にしても仕方がない。リゼは狩猟大会にローラたちが参加しないため、一人で静かにお茶を楽しんでいた。とはいえ、対外的には現在ではアンドレのパートナーとしての扱いのため、上座寄りで目立つ位置だ。他の令嬢たちからもチラチラと見られている。敵対的な目線ばかりではなく、ある程度好意的な目線もあり、興味を抱いている目線もあるようだ。




