128.会場へ
出来る限り穏便に済ませるため、挑発などと取られないように言葉を選びながら返答する。
「ありがとうございます。私、アンドレとは、いえ、アンドレ王子とは趣味などもあいますので、楽しい日々になると思います」
エリアナが水の入ったグラスを強めに机に置いてきたが、オフェリーは手を叩いて祝福してきた。
「素晴らしいですわ。その際は祝福させていただきますわね!」
その後、オフェリーはエリアナに嫌味を言い始めた。
「ところでバルニエ公爵令嬢はお一人ですと静かなのですわね? もしかしたら緊張なさっているのかしら」
「……貴族の子女からかけ離れた趣味をお持ちのお二人とは話があいませんし、会話に加わっていないだけですわ」
「あら、剣術はゼフティアの学園でも必須項目としてあがっておりますわよね。どうにも皆様、真面目に取り組まない方が多いみたいですが……不真面目は良くないのではなくって? なぜ剣術を学ぶのかお分かり? 貴族たるものいざ戦争になれば戦うしかありませんわよね。無様に逃げ惑ったりせず、剣術で戦いもしもの場合は美しく散りましょうという意味があるのですわ。話を戻して剣術は貴族のたしなみですわよ。よって、貴族の子女からかけ離れた趣味、というわけではないですわよね」
「そうですわね」
エリアナは取り巻きがいないと戦う気が起きないのか、素っ気なく答えると以降は押し黙った。オフェリーはエリアナのことを鼻で笑った。
「ルイ王子の婚約者が無様を働けば、それはルイ王子の格を落とすことにも繋がりますわよね。頑張ってくださいな、バルニエ公爵令嬢。学園の剣術大会で私とあたらないと良いですわね。それにお仲間に囲まれていないと何も言えないような自分に自信のない方ではないことを祈っておりますわ」
エリアナは明らかにイライラしているようだが、口喧嘩で勝てるとは思っていないのか拳を握りしめて押しだまるばかりだ。
リゼは巻き込まれたくないし、出来る限り攻撃されるような隙を見せないようにしようと心の中で誓う。とはいえ、オフェリーがリゼに言葉で攻撃してくることはないだろう。何しろ、リゼはブルガテド帝国の子爵位を持つれっきとした貴族だ。国際問題に発展するようなことは避けるべきだと認識しているはずだ。それに後ろ盾となっているのは帝国皇帝の弟であるヘルマンだ。
そして昼食が終わると、使用人がいる控室へと向かう。早めに食べ終わったので挨拶をしてすぐに部屋を出た。やっと彼女らと別れられてリゼはホッとするのだった。あの二人だけの空間ではきっとオフェリーがエリアナをチクチク攻撃し続けるのだろう。
使用人の控室に行くとアイシャが笑顔で出迎えてくれた。アイシャの笑顔を見てリゼは晴れやかな気持ちになった。リゼとアイシャは王宮のメイドに用意してもらった専用の部屋に案内され、そこで着替えたり待機したりすることになる。
「お嬢様! 聞いてください! バルニエ公爵令嬢のメイドが嫌味を言ってきたんですよ。なので、事細かに理詰め攻撃をしたら泣かせてしまいました……」
「そ、そうなのね。でも理不尽な話はしていないのよね?」
「もちろんです!」
「仕方ないと思う……以前、私がお茶会で軽食を食べているときにこれ見よがしにお皿を片付けたりとか、結構失礼なことをしてくるのよね……あの家の方々」
そういえばリアはどこにいったのかと思ったところでちょうど念話をしてきた。
『ご主人様の悪口をメイドと言っている。オフェリーという人。二人とも敵対対象と認識した。眠らせる?』
『あ、オフェリー嬢の部屋にいるのね。好かれているとは思っていなかったから大丈夫よ』
『適当に戻る。窓が空いているからそこから』
その後しばらくしてリアが部屋にやってきたので迎え入れるとギリギリまでドレスに着替えずに歓談して過ごした。時間の経過は早いもので、すぐに着替える時間になってしまった。
着替えを済ませて鏡の前に立つ。アンドレからもらったドレスだ。ティアラはどうしようかと考える。
リゼは「もっと前に聞いておくべきだったはず、私」と過去の自分に一言いれつつ、アンドレにメッセージを送った。
『あの、アンドレ。ティアラってどうすれば良いでしょうか?』
『もちろんつけてほしいな』
『分かりました!』
『ダンスが楽しみでソワソワしていたんだよね。メッセージを送ろうかとメッセージウィンドウを開いていたからすごいタイミングだよ』
アンドレから瞬時に返事が来たのでティアラを装着した。どうやらダンスが楽しみらしい。あとは迎えが来るまで椅子に座って待つだけだ。
それからしばらくするとアンドレがやってきたのでエスコートしてもらい会場入口へと向かう。
「可愛いね」
「あっ、ありがとうございます……アンドレも凛々しいですよ」
「嬉しいな。緊張してる?」
「少し緊張していますね。でもここまで来たらあとは当たって砕けろです!」
リゼは意識を切り替えた。会場入口にはすでにルイやジェレミーたちが到着していた。
昨晩、ジェレミーから軽い挨拶以外はしないでおこうとメッセージをもらっており、了承しておいた経緯がある。
その約束を守りつつ王子たちに簡単に挨拶をして少し離れたところで待機する。見事に王子たちは一定の距離を保って立っていた。近くに立つのではなく、微妙な距離を開けて開始を待っている状態だ。そして王や王妃、テレーゼなどがやってきたので共に入場することになった。音楽が演奏され始めると扉が開かれ、入場することになる。拍手で迎えられた。そして奥まで歩くと、王が話し始めるのだった。
「各国の皆様、ようこそお越しくださいました。本日はゼフティアがかつての帝国から分離独立した記念日です。あれからかなりの月日が流れました。かつて戦った国々ともいまでは良い関係を築けております。近年の我が国におきましては」
それから王が十分程度の話を終え、祝辞をヘルマンが務めるようだ。自己紹介を行ったのち、祝いの言葉を口にする。
「ブルガテド帝国も貴国の独立記念日、建国記念日を祝福する。貴国の独立なくしてブルガテドの独立は語れまい。かつては一つの帝国であり、双方共に帝国と戦った経緯がある。良き隣人としてこの大陸の平和と秩序を担っていけることを切に願っている」
会場が拍手で包まれた。より大きく拍手しているのはブルガテド帝国の来賓が固まっているエリアだろうか。
ブルガテドからはヘルマンとリチャードだけかと思っていたがそれなりの人たちが参加しているようだ。
その後、王子たちの紹介が行われた。その横に立っている関係で、色々な人に見られるため(あんまり見ないでください……)と考えてしまうリゼであった。
とある国の来賓が固まっているエリアでもリゼに注目していた。
「あれが通称フォルティアですか。ゼフティアも落ちたものではないですか。あの娘の特異性に気づけないとは。氷属性魔法の持ち主であるということが判明した時点で囲い込むべきでしたよね。逆にブルガテドはフォルティアがルークから名をもらう前に帝国の子爵にしている。侮れないですね」
「ただの小娘にしか見えんが奴らには物申すしかあるまい。あの者が氷属性の持ち主であると分かったタイミングで我々に連絡をするべきだった。さすれば、囲い込んだものを。この国の無能な貴族共には飽きれるばかりだ。もう遅い以上、敵にならないようにするしかあるまい。あの娘が聖女でないことを願うばかりだ」
男は苦々しく言い放った。ちょうどいまジェレミーの紹介がされているところだ。
「同意でございます。聖女探しはいま間者に対しても指示しております。ルークの神託なので信憑性は定かではありませんが、早めに取り込んだほうが良いはずですからね。我々の目指すべきもののためにも」
「うむ。頼んだぞ。そしてフォルティアの性格を見定めよ。以降は話しかけるでない」
「御意に」
他にも各国が思うところをこそこそと話しているが、音楽がまた演奏され始めた。ダンスパーティー開始の合図だ。王たちは踊らず、王国の未来を担う王子たちが踊る形式だ。
曲が演奏されアンドレが腰を引くと手を出してきたので、その手を取った。曲は国歌だ。優雅でありそれでいて高揚感のある曲調の曲でアンドレにあわせて踊る。
「みんなリゼのことを見てるね。フォルティア様とお近づきになりたいのかもしれない」
「そうでないことを祈ります……」
「大丈夫、挨拶周り以外の時は隣にいるからね。リゼに話しかけるなオーラを出していくよ」
「アンドレったら……私も話しかけにくいオーラを出してみます」
そんな話をして笑い合った。踊る時の目線はキュリー夫人から細かく教えられており、踊る相手のこと見つめすぎないようにしていた。よって会場の来賓が目に入るわけだが、一際目立つ服を着ている人たちがいた。あれは何だろうかと考えるが分からなかった。各国の服装などの文化について勉強しておけばよかったと後悔しかない。




