121.魔術式
ヘルマンは砕けた聖遺物を手に取り見つめていた。
(そういえば宝物庫も他のルートから行ける地下室にあったはずよね。行ってみましょうか)
リゼは行ってみたいところがあるとヘルマンに伝えて宝物庫を目指してみる。地下へ降りる階段は入り組んだ先にあった。地下へと降りていくと、短い廊下があり、扉が奥に一つある。宝物庫の扉だろうか。部屋を開けると暗闇だ。
念のため戦闘ウィンドウでモンスターがいないかチェックするが反応はない。安心して魔法石を置いていく。
光で宝物庫の中の品々が照らされる。
(かなりの数ね。武器に防具、指輪やネックレス、ブローチにペンダントといった装備品。いえ、アクセサリー。きっと大賢者が沢山かき集めたのだけれど、みんな島を捨てて逃げてしまったから使われることなくここに保管されていたことになるのよね)
リゼは静かに見て回っていたのだが、ヘルマンが口を開いた。彼も圧倒されていたようだ。
「一国の宝物庫に匹敵するな。いや、元々帝国があったわけだから当然か。よくここまでかき集めたものだ。魔法やスキルの本まであるようではないか」
「そうですね……禁書庫ではなくてこちらに収納された本もあったみたいですね。それにしてもこれは皇子が引き継ぐべき物ですよね……」
「彼がくれるというのだから有効活用することだな。宝の持ち腐れとならぬように。売れば百億エレス以上になるだろうが、温存しておいたほうが無難であろう」
リゼは「そうしたいと思います」と返事をしつつ、数がありすぎるため整理はまた今度ゆっくり行うことにした。
それからランドル伯爵邸に戻るとヘルマンはテレーゼに会ってから帰路に着くということで去っていった。
翌朝、眠い目をこすりながら食堂へ向かうと皇子が席に着いていた。
「あっ、申し訳ありません! お待たせしてしまいました……! おはようございます!」
「おはようございます。いま来たばかりですし、細かいことは気にならないので問題ありません。それに食事をいただけるようで感謝しかありません」
リゼは席に着くと朝食にすることにした。皇子も食事を開始する。自然と家族の話になり、数日以内には戻ってきてくれるということを話しておいた。
「そういえば皇子は魔法を作り出したのですよね? どのように作るのですか?」
「アイスサーベルですよね。魔術式は『遥かなる氷河の深淵より、氷霊の叡智を引き寄せん。宵闇に浮かぶ氷の結晶を召喚す。寒気を纏いし剣となりて現出せよ』というものです。この手の構文を作って魔法陣として完成させてマナが受け付けてくれるかですね。魔法の開発は試行錯誤の連続です。全てはマナ次第ですね。マナは謎が多いですよ。さっきのは師匠から教わりまして編み出したのです」
リゼはまったく理解が追いつかなかった。アイテムボックスから日記を取り出してウィンドウェアーの魔法陣に書かれている魔術式を読み上げてみる。
「あまり意識したことがなかったのですが、私が習得している魔法の魔術式は……『風の旋律を高らかに奏で、我が存在は空を翔け巡り、光と影を纏いし空間を駆け抜けん』でした。私、考えつくことが出来なさそうです……」
「まずは初級魔法から編み出してみてはいかがでしょうか? 習得されているウィンドウェアーという魔法のように初級魔法は一文で良いので。中級魔法は三文、つまり三つの文から成り立っています。私の先ほどの魔法は三つの文で成り立っていますよね。上級に至っては五文ですからね。なかなか大変です」
「なるほど! 文の数で判別出来たのですね。古代魔法の本にはマナへのアクセス、マナの変換、発動といった要素を魔術式として構成しているといった記載がありました。そのルールは絶対だとも書かれていましたが奥が深いですね……」
リゼは古代魔法の本を少し思い出してみた。皇子はリゼの言葉を聞いて頷きつつ、さらに言葉を紡ぐ。
「細かく話すと魔法陣にはマナへのアクセス方法、マナへの変換指令、発動という要素があります。これはどの魔法陣でも描く共通事項です。あとはその魔法固有の魔術式を描きますね。先程お伝えした構文です。文の作り方は師匠から聞いて本として書き留めたものが別の離宮にありますので、差し上げますよ。きっと離宮が埋まっていると思いますので、掘り出してからになってしまいますが……」
「ありがとうございます! 泥人形に採掘をお願いしましょう!」
魔法を作ってみたかったが、なかなか難しいそうだとリゼは感じるのだった。だが、試さずに諦めるのは性に合わないため、いくつかはその本を参考にしながら頑張って試してみようとも思うのだった。
「二つほど、豆知識です。一つ目は魔術式の文を結合させたりすると新しい魔法が出来上がったりします。色々試してみると面白いですよ。あと二つ目は魔法を習得すると魔術回路に魔術式が記憶されるため、魔法名を提唱すれば発動できるわけですが、マナとの親和性の問題ですぐには無詠唱は出来ないわけです。そんな時はアクセス・マナ・コンバート・アイスサーベルといった形で心の中で唱えるとマナが受け付けてくれますよ。師匠が試行錯誤して見つけたものですね」
「あっ、擬似無詠唱ですね! 私の先生も同じ方式を発見されていまして」
「おお! それはすごいです。相当試行錯誤されたのかもしれません。魔法を愛している方ですね。是非お会いしたいですね」
それからしばらく魔法の話でだいぶ盛り上がるのだった。
その後は練習場でフォンゼルと打ち合いをし、アイシャと交代すると練習を見ていた皇子の元へと向かった。
「ランドル子爵は剣術もお好きなのですね」
「そうですね……好きです。細かい動きにもこだわっていまして。それに仮にですが、マナがない空間などがあった場合にも剣で戦えると生存確率があがりますし! 皇子殿下は剣術については……嫌ではないですか?」
「僕も好きですよ。それなりに練習して父上からも剣術は合格だと言ってもらえました。魔法の方が得意なのですが、確かにマナがない空間があったとしたら剣を使えるにこしたことはありませんね。あ、そうでした、是非僕のことはリチャードと名前で呼んでください。友人として名前で呼び合いませんか?」
リゼはその方が距離感がなくて良いので是非にとお願いすることにした。この提案は助かると感じるのだった。少し距離を感じていたためだ。
「わかりました。リチャード様とお呼びしますね」
「リチャードでお願いしたいですね。僕もリゼと呼ばせていただければと」
「分かりました……! リチャードとは氷属性魔法の話もできますし、ルーン文字の話も出来て嬉しいです。そうでした、昨日の夜にゼフティアに伝わる物語をルーン文字として訳してみたのでこちらの本と訳を書いた紙をお渡ししておきますね。見比べると今使われている文字について勉強になるかなと思いまして。こちらの文字とルーン文字で単純に比較できないようなところは注意点として波線を引いて説明を書いておきました」
この作業を行なっていたのでかなりの寝不足であり、今朝は眠すぎてフラフラとしてしまうほどだった。そしてせっかくの機会なのでアイシャやリアにも同じように説明をしようかと考えていた。真剣に真面目に勉強すれば読めるようになるだろう。
「わざわざ作ってくれたのですね。ありがとうございます。早速今日から勉強していきますね。そして、我々の帝国ではほとんどいなかった土属性、風属性、水属性、火属性など、つまり氷属性以外の魔法について詳しく知りたいと考えています。本を読めないと難しいだろうなと感じていたので助かります」
「あっ、リチャードは風属性などのことをお知りになりたいのですね。うーん、それでしたらルーン文字で書かれた古代の本がいくつかありますよ。先生からいただいた本たちなのでお見せして良いかは確認しておきますね!」
「それは嬉しいです……! とはいえ、この時代で生きていくには文字を読めた方が良いので頑張ろうと思います」
それからモンスター投影石でランダムにモンスターを出して戦う練習をしていたらもうお昼だ。午後は北方未開地で絵を描いたりして過ごすつもりだ。練習場から本邸へと歩いているとメイドが走ってきた。
「リゼお嬢様、旦那様がご帰宅されました。食堂にいらっしゃいます」
「ありがとうございます。すぐに向かうと伝えていただけますか?」
「承知いたしました」
メイドは一礼するとすぐに屋敷へと向かっていった。リゼたちも急いで向かうことにする。
(もう少しかかるかと思っていたのだけれど、もうお帰りになったのね。さて、リチャードのことを話さないと……北方未開地のことも話さないとよね)
ノックをして食堂へ入ると、リゼは驚いてしまった。




