120.質問と助言
それから皇子は手のひらを見つめながら感慨深げに呟いた。
「これは一体? どうやら魔力回路が繋がっている印象ですね……アイスサーベル」
すると皇子の手に氷の剣が出現した。非常に冷たいのか剣身の周囲の空気が冷やされて煙のように見える。アイスサーベルという氷属性魔法をリッジファンタジアで見たことがないリゼはなんだろうかと考えてしまう。
「これは僕が作った中級の魔法なのですが、成功したということは、魔力回路の異常は回復したということになります。大賢者の墓地で試した時は失敗したのですが。先程の魔法は治癒効果があるということですか。大賢者も知らないですよ、そのような魔法は。この世界もまだまだ奥が深いですね。興味が湧いてきました」
「あの、治ったようで何よりです」
「ありがとうございました、ランドル子爵。この時代の魔法理論を学んでみたくなりました。大公、一つお願いがあるのですが宜しいでしょうか?」
ヘルマンは先程の魔法が気になるのかリゼのことを見つめていた。皇子の質問にハッとしたように「聞きましょう」と返答した。
「ブルガテド帝国に魔法を学べる学校のようなものはありますか? 可能であれば通わせていただきたいです。この時代の文字については早々に理解出来るようにしますので」
「魔法だけではなく剣術や歴史なども含めてで良ければ、帝国騎士学院という教育機関があります。本来は受験が必要ですが、ねじ込むことは容易いでしょう」
「お願いしたいです。受験というのが何か分かりませんが、飛ばしても良いものなのでしょうか?」
「時と場合によりますな。今回は問題ないでしょう。貴方様のような実力者は是非入学いただきたく」
それから他愛もない話をしばらくすると、皇子が疲れ気味なのでもう一度部屋へと案内した。まだ精神的な疲れなどもあるのだろう。
その後、ラウルは帰路につき、リゼは応接室にまた訪れていた。中にはヘルマンとフォンゼルがいる。
「リゼよ。座ると良い」
「はい……」
ついついセイクリッドスフィアを発動させてしまったので、失敗だったとリゼは感じていた。聖属性魔法であるため、どうしたものかといったところだ。
「先程の魔法だが聖属性魔法であったな。人を治癒できるのは聖属性しかありえない。聖属性を得たのか?」
「あっ、いえ……一つ使えるだけです」
「聖属性を得ていないのに一つ聖属性魔法を使えるのか?」
「そうです……」
何とも言えない沈黙が訪れた。一分もたっていないが数十分の沈黙に感じるリゼであった。
「……まあ、おぬしは特別だからな。だが、聖属性を得る兆候かもしれぬな。それで、ベッドにいる時に唐突に手に入れたというダンジョン転移石を使った転移、転移石を置いて行き来できるようになったことなど、北方未開地に行けるようになったことは理解したが他に何があったのか話してくれないか? このフォンゼルめが機密だといって聞かんのでな」
ヘルマンはフォンゼルを睨め付けつつもあまり彼のことを怒っていないのか、少し笑っている。ヘルマンは「こやつは頑固なのだ」と付け加えた。フォンゼルは多くを語らないがリゼのことを気に入ってくれているのかもしれない。いままであったことを話さずにいてくれたのだ。
「分かりました。では、話しますね。端的に言い表しますと、転移したダンジョンの側に昔の帝国の離宮があり、そこの禁書庫で見つけた本で神の試練について知りました。そして、城の中で凍結された皇子、城の外で凍結されたニーズヘッグという、神の試練の際に出現したモンスターを見つけました。皇子を埋葬してくださいというお願いが本に書いてあったのでなんとか氷の中から救出しようと触れたところ、氷が溶けて皇子が目を覚まして……という展開がありました。島を囲む氷の壁は私が触れれば消えると思います」
リゼはいままであったことの中で肝となる部分をかいつまんで説明した。フォンゼルは「リゼ様のおっしゃるとおりでした」と同意してくれた。
ヘルマンは「うむ……」と呟く。
「では、北方未開地はリゼよ、おぬしの領地として皇帝陛下に具申してみよう。そして彼以外には情報を伏せるということも伝えておく。それで大丈夫か? 領地ということにしておけば、北方未開地で何かあったときに軍を動かすことが出来るからな。測量した地図が必要になるが用意できるか? それと家紋を押印する必要があるため、すぐに決める必要がある」
「皇帝陛下にお伝えする件、大丈夫です。あと測量した地図は持ち帰ってきていますのでそれを写します。あと、紋章はこれを……!」
リゼは封蝋を描き写しておいたため、紙をヘルマンに渡した。
「良い紋章だな。竜に薔薇か。一つ、話しておこう。島を囲む氷の壁は消さずにそのままにしておくのが良いだろうな。アレリードやケラヴノス帝国などに攻められるのを防ぐためだ」
「そのつもりです! 良くないことになりそうなので……」
「うむ。この話は皇帝陛下の承認が降りるまではアンドレにも話さないでおく。北方未開地にはおぬしの転移石でしか行くことが出来ず、利用時はスキルアイテムボックスの中から取り出しているということで良いな? であれば、安全だろうからその状態を維持することだ」
「はい!」
ヘルマンは色々と心配してくれているようで、リゼは感謝した。氷の壁は消さないつもりであり、転移石は使わない時はアイテムボックスに入れているので問題ないだろう。それからヘルマンが北方未開地を見ておきたいという話をしてきたので転移することにした。
ヘルマン、フォンゼルを連れて離宮の大広間へと転移した。リアもこっそりついてきている。
もう夜であるが、魔法石を配置しているため、そこそこ明るく、外を見ると星が輝いていた。
玄関口より外に出る。泥人形が左右に鎮座しており、目を向けてきたので、味方であると合図しておいた。
「これが北方未開地か。分厚い氷の壁もあるため、よもや足を踏み入れることが出来るとは思っていなかった。随分と涼しいところなのだな。氷の壁の影響かもしれぬが、リゼよ。おぬしはやはり特別な何かを持っているとしか思えん。先程の聖属性魔法もそうだ。神託で名を授かっただけのことはある。これからもおぬしが何をしでかしてくれるのか楽しみだな」
それから城の方に転移した。暗闇だ。泥人形たちはいまだに採掘作業を行なっており、せっせと土を運んだりしていた。
「先程から気になっていたのだがこの土で出来た騎士のような者たちはなんなのだ?」
「魔法で出した泥で出来た方々です。採掘作業を行なったり、離宮の警護、モンスターの侵入を阻むための壁を作ってくれたりしています」
「そうか。ランドル伯爵邸にも何体か出しておいた方が良いだろうな。警護のためにもな。おぬしは貴重な氷属性魔法の使い手。連れ去って良からぬことを考える輩などが出てくるかもしれない。フォンゼルもいるが、念には念を入れておく方が良い。ランドル子爵家の騎士としたわしの元騎士たちの一部についても伯爵邸に来させよう」
「泥人形、出しておきますね。騎士の方々は……私、寝る時は結界、いえ魔法の壁を展開させてから寝ていますので大丈夫です! わざわざゼフティアに住むとなると大変でしょうし……ご家族などもいらっしゃるのかなと思いますし……」
実際に寝る時はインフィニティシールドを展開している。備えはバッチリだ。刺客が侵入して来たときに備えている。リッジファンタジアでは暗殺などもあったからだ。伯爵たちの部屋はかなり奥まったところにあるが、リゼの部屋はわりとどこからもアクセスが良いため、すぐに侵入を許しそうであり警戒をしている。
ヘルマンが「ふむ」と言いながら質問をしてきた。
「親を人質に取られたりしたらどうなるかな」
「うっ……それは……」
リゼは言葉に詰まった。あり得ない話ではないからだ。ルークに遭遇した時にラウルと公爵の本来の末路について聞いたことがあるが、人質を取られての話であった。
(リアが睡眠魔法で眠らせてくれればなんとかなるかもしれない。でも、そういう事態に陥らないことが大事よね)
「ヘルマン様、やっぱり騎士の方々に来ていただきたいです。お父様たちは……危ないので。兄は領地で騎士たちに囲まれているので大丈夫だと思いますが、王都の屋敷は騎士の数も少ないので気をつけたいです。最初からお父様たちの部屋に向かわれたら困りますし」
「そうするが良い。おぬしに仕える騎士なのだからゼフティアまで来て護衛する必要があることは彼らも分かってくれるはずだ」
それから明かりを灯す魔法石を置きながら皇子が凍結していた部屋までやってきた。壊れた聖遺物が地面に落ちていたため、皇子が身につけていた物であることを説明した。




