119.主権
皇子はまっすぐにリゼのところへやってくる。
「ランドル家のリゼ嬢、君には感謝してもしきれません。墓地についてですが、我が師匠、エーベルハルドも喜んでいるでしょう。そして、我が帝国が滅んだことも、国民がいないことも、今使える城はこの離宮しかないということも分かりました。先程も気になったのですがエーベルハルドが使っていた泥人形をリゼ嬢が使える理由はなぜでしょうか?」
リゼはアイテムボックスより神器を取り出した。
「実は……この原理の魔導書なのですが、所有者が私になってしまったようなので、離宮の採掘、南岸のモンスターとの戦闘のために出してみました。触れたら所有者になってしまいまして……申し訳ないです……」
「理解しました。神器があなたを選んだのでしょうね。きっとエーベルハルドもあなたが後継者なら本望でしょう。どうぞ受け継いでください。そしてここからが本題なのですが……何千年も前の人間としてはこれからどのように生きていくべきか考えているところです。何もわからないのです。いまの時代のあり方、魔法、国々の関係、試練の有無など……。手始めに現在の国々について教えていただけますか?」
「こちらの本、大切にします。大賢者が様々な魔法を記録しておいてくださったので、そちらも活用させていただきつつ、私も魔法を記録させていこうと思います。そして、この時代の様々な事柄については全部説明しますが、国についてはみんなでお伝えします!」
リゼはフォンゼル、そしてラウルと共にゼフティア王国やブルガテド帝国、周辺国について話した。
知る限りの歴史、氷属性は滅びていること、かつての魔法帝国は北方未開地と呼ばれていること、等についても付け加えておいた。途中でエレス、つまりお金についての話となり、昔はウィンドウシステムがなかったということをリゼたちは皇子の話で知った。お金は硬貨であったらしい。また、氷属性と雷属性というものがあったということなどについても話があった。
そしてこの日は一度、ゼフティアに戻るということになるのだった。
ゼフティアに転移し、リゼの隣の部屋にやってきた。
禁書庫から持ち出した本などについて話しておくことにしたのだ。
「この本たち、勝手に持ってきてしまって申し訳ありませんでした。それとこの短剣、本、机の上にあった紙は皇子殿下のお父様である皇帝陛下の部屋から見つかったものです。あとこの封蝋も…ですね。私の家の紋章として使おうかと考えていたのですが、辞めておきますね」
「この本ですが全てもらってください。たまに昔を懐かしむために借りるかもしれません。短剣などは父の形見としてもらっておきます。紋章は是非お使いください。滅びた国の痕跡がこの時代にも残っていると僕も嬉しいですからね」
「承知しました。ではそのようにさせていただきますね」
それから街に出て、馬車から降りずに王都などを案内した。活気のある街に皇子は驚いていた。道すがらに伯爵に連絡を取って可能であれば戻ってきて欲しいと伝えるのだった。父である伯爵からは早急に戻るという返信があり、ヘルマンにも来てほしいと連絡をしておいた。
『このメッセージウィンドウというものでは伝えられないものなのか? ランドル子爵、いやリゼよ』
『はい。混み合った話でして……』
『まさかアンドレ以外の男を好きになったとかではないだろうな?』
『違います! 好きについてはまだよく分からないです……』
ヘルマンからは『なるほど。とにかく向かうとしよう』と連絡があったので数日以内には到着しそうだ。
屋敷に戻ると、屋敷の内部の説明を順番に行い、皇子の部屋も案内した。そして皇子が「歴史と現在の大陸について知りたい」というので、該当する本を渡したが読むことができなかった。ルーン文字以外は読めないようだ。そんな話をしていると屋敷が騒がしくなる。
「ご主人様、誰かが来たみたい」
「誰かな……」
リアから来訪者に関する話をされたところでアイシャが部屋に飛び込んできた。
「お嬢様、ブットシュテット大公がいらっしゃいました!」
「もういらしたの!?」
「はい! 応接室お通ししておきました!」
「すぐに向かうね!」
あまりにも早すぎるため、もしかするとゼフティアの離宮とヘルマンの家に転移石を置いているのかもしれないとリゼは考えつつも、待たせる訳にはいかない。皇子に事情を説明し、まだ屋敷にいたラウルと共に応接室へと向かう。皇子にはブルガテド帝国の皇帝の弟で広大な土地、武力を有する人物だということを説明した。途中でフォンゼルが合流した。部屋に着くとヘルマンは皇子を凝視した。誰だろうかといったところか。
ひとまず席につきリゼは事の顛末を話した。ダンジョン転移石で北方未開地に行き、ダンジョン攻略や採掘などを行っていて皇子を発見したこと。触れたら氷が溶けたことなどについてだ。ダンジョン転移石はベットにいたら手に入ったと話しておいたが、嘘ではない。
様々な状況を乗り越えてきたヘルマンにも予想ができなかったことなのか、腕を組み目を瞑り黙り込んでしまった。だが、すぐに口を開いた。
「お主のいうことであるからして、真実なのだろう。ドレ公子、それにフォンゼルも居合わせたというわけだな。これはどうするべきか……皇子殿下。ブルガテド帝国のヘルマン・フォン・ブットシュテットと申します。お見知り置きを。貴殿は北方未開地においていまはなき帝国を再興するおつもりだろうか?」
「ブットシュテット大公、丁寧にありがとうございますリチャード=アロルド・セーデルリンドです。もはやこの時代で生きていくしかないので、そこはどうするべきか考えています。ただ、国民もいないため、国の再建は難しいでしょう。ということで第一発見者であり、敬愛する我が師匠を丁寧に埋葬してくれたこちらのランドル子爵に全ての土地、物を譲渡したいと思います。私はそうですね、ランドル子爵家の領民として生きていこうかと考えています。それと、ランドル子爵が領地として公表したくないということであれば、秘密にさせてあげてほしいです」
「なるほど。ランドル子爵家の領民ということはブルガテド帝国の国民ということになりますが、皇族である貴方様を一般的な領民とするのは我が帝国としては難しい話。国を建国するおつもりがないのでしたら爵位を差し上げますので北方未開地を統治されてはいかがか? 皇帝陛下より爵位を授ける判断を一任されておりますゆえ。もちろん、ランドル子爵の領地にすること、秘密にすることも構いませんが、貴方様のお立場を考えますと……一般的な領民とするのは難しく」
「ありがたいお話をありがとうございます。そうですね……では爵位はいただきます。ブルガテド帝国の貴族として迎え入れてくださり、ありがとうございます。ですが、かつて帝国があった北方未開地と呼ばれる土地、建造物、品々は全てランドル子爵領、子爵の持ち物として扱いください。私はいまは土で埋もれているかもしれませんが、よく利用した離宮がありますのでその離宮周辺を少しばかり領地としてもらえればと思います。私が死んだらそこもランドル子爵領としてください」
リゼは領地となると荷が重いので断りたくヘルマンを見るが、「ランドル子爵はそれで良いか?」と聞かれてしまった。仕方がないため皇子を説得することにする。
「皇子殿下、私の手には余ります! 皇子の土地にした方が……鉱山などもありますし、城には宝物庫もあるのですよ。大賢者様が収集された聖遺物もあるでしょうし、それに」
「大丈夫です。ランドル子爵。僕は命を投げ打って魔法を発動しました。死ぬつもりだったのです。何も未練はないのですよ。残りの人生は魔法の研究が出来ればそれで良いのです。とはいえ、あの魔法の影響か、魔力回路に少し異常があるため、中級魔法以上はもう詠唱できそうにありませんけどね。無理やり魔法を発動したのは失敗でした。ということで、受け入れていただけないでしょうか?」
「皇子の御覚悟は……死ぬおつもりで……。分かりました。お受けいたします。あと、魔力回路が何なのかは分かりませんが、もしかしたら……セイクリッドスフィア」
リゼは聖なる球体を出現させ、輝きを皇子に向けた。仲間だと認識した人物には癒しの回復能力があったはずだ。前回照射した際には癒やしきれなかったのかもしれない。特殊上級魔法であるため、魔力回路というものにも効果があることを期待する。
ヘルマンは驚いて「それは何なのだ、リゼよ!」と聞いてみたものの、リゼは集中して輝きを皇子に向けているため、よく聞こえていなかった。しばらくすると球体が消え去った。もう一度セイクリッドスフィアを展開して照射する。三回繰り返したところで皇子が「!」と驚いた表情になった。




