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116.王妃の願い

 それから無言で応接間へと向かうとアンドレたちから距離をとって王妃が話し始めた。


「あなたはジェレミーのことをどう思っているの?」

「えっと、ジェレミー王子殿下は……友人だと思っています」

「そう。あなたは随分と告白だったり、縁談申込を受けているそうよね。そして全部断っていると。確か自由に学園で恋愛する……だったかしら? その考え方を否定するつもりはないわ。でも教えてちょうだい。学園での判断基準はどうするつもりなの?」

「申し訳ありません……何も考えられていませんでした……」


 実際、何も考えていなかった。まだ自由恋愛といっても好きになるだとかそういうことはよく分かっていないのだ。そしてリッジファンタジアの流れ通りに婚約させられたくないのと、学園入学後に何かしらのトラブルに巻き込まれるまでに強くなっておくという目標を定めたため、自由恋愛をしたいという話にした経緯がある。

 

「そう……分かったわ。これは内緒よ。ジェレミーはあなたに好意を抱いています。きっと学園であなたに告白するはず。もちろんアンドレとのことがあるのは知っているけれど、親である私としては前向きに考えてほしいと思っているわ。入学してすぐには告白しないでしょうから、あなたが何に重きを置くのか考えたら報告してちょうだい。少なくとも半年以内には答えが欲しいわね。本来であればジェレミー派閥の中から選ぶのが良い……けれど、いまは保留にしているの。話は以上よ」


 リゼが答える間もなく王妃は立ち去っていった。テレーゼはリゼに笑いかけながら手を振ると一緒に立ち去るのだった。


(どうすれば……)


 固まるリゼのところにアンドレがやってきた。


「そのドレス、似合っているね」

「えっ、あっ、これは友人に仕立てていただいた服でして、ありがとうございます。昨日、受け取ったのですが、お気に入りです。見ていてくださいね。こんな感じで強い素材なのです」


 両手でドレスの端をつまみ、引っ張ってみせた。

 アンドレが居心地悪そうにしているため、リゼはすぐにドレスを離した。足がだいぶ見えてしまっていたかもしれない。


「ごめんなさい、お行儀が悪かったです……」

「大丈夫。少し緊張しただけだよ。それにしてもすごい素材だね。少し触ってみても?」

「気をつけますね。どうぞ!」


 アンドレはドレスに少し触れて素材について確かめていた。


「確かにね。これは簡単には破けたりしなさそうだし、切り裂き攻撃にも耐性がありそうだ」

「ですよね! 流石に刺されるときついのですが、切り裂きには有効そうで、そこもお気に入りポイントです」

「私も同じ店で購入しようかな。それではお茶にしようか」


 リゼはアンドレに自然に手を取られ中庭、いや巨大な庭園に到着した。白いお茶会用の建屋があり、椅子を引いてくれたので着席する。

 

「最近のリゼはどのように過ごしていたの?」

「私は……勉強と絵、料理、日課の練習と……戦闘、あとは乗馬ですね」

「だいたいいつものリゼだけど、乗馬を始めたのかな?」

「はい。なんとか一人で乗れるようになりました。まだすごく速くは走れないのですけれど、楽しいです!」


 どうやらアンドレも乗馬を始めたらしく、今度二人で湖畔を馬で歩こうということになった。それから雑談をしていると建国記念の話になる。入場する順番があるらしい。


「えっと、私たちは国王陛下、王妃様、テレーゼさんのあとに、入場するということですか? ルイ王子たちと一緒に入るのですね?」

「そういうことみたいだね。ジェレミーは欠席したがっているようだけどね」

「そうなのですね……」

「リゼには是非、プレゼントしたドレスやティアラなどで来てくれると嬉しいかな」


 つまり式典の時と同じ格好で来ればよいということらしい。特に異論はないので了承しておく。


「分かりました。ヘルマン様もいらっしゃるのですか?」

「もちろん。あとは皇女が代理で来るみたいだ」

「皇女殿下にお会いするのが楽しみです。他の国からは誰がいらっしゃるのですか? 質問ばかりで連続でごめんなさい……」

「全然大丈夫だよ。ベレ公国、ソレージュ王国、聖ルキシア国、それからケラヴノス帝国からも来るらしい」


 リゼ的に要注意な国としてあげているケラヴノス帝国からも誰かしらが来るようだ。東方に広大な領地を持ち、好戦的なところがある国だ。ゼフティアも飛び地が国境を面しているため、そこは兵の数が多めに配置されているらしい。


「私、アンドレが色々な方とご挨拶している間はヘルマン様の側にいたいですが、アンドレの横に居た方がよいですか?」

「お祖父様の側で構わないよ。リゼをあまり他人に見られたくないからね。好きになられたりしたら困るから」

「あー、そんなことにはならないと思いますけれど、助かります」

「まったくこのお姫様はファンが多いみたいだし、神託があってより注目されているから、警戒しているよ」


 何のことかわからないリゼはキョトンとしてしまうが、アンドレは建国記念のパーティーを警戒しているようだ。どこの国から人が来るのか理解できたリゼは気を引き締めておこうと考えるのであった。

 

 それから試合ではないが少しだけ剣の打ち合いをしてみた。ダンジョン以来にアンドレの太刀筋を見るが、かなり様になっていた。


「なるほど。もしかして、剣を振る力を変えている? 勉強になるよ」

「はい、結構重要でして、素早く次の動作に入るためには振り抜きすぎない方が良いので少し意識しながら打っています」

「流石だな。そういえばリゼは他の武器は学ばないのかな?」


 アンドレは感心しつつも、気になっていることを聞いてきた。一応、考えたことがある話であったので現在の考えを答えてみる。


「両手で剣を持って戦うスタイルである双剣は使いこなせるようになろうかなと思っていますが、強いて言うなら槍でしょうか。先端に斧もついているタイプが良いです。ハルバードとも言いますよね。リーチが長いので対モンスター戦で活かせるかなと思っていますし、学ぶことで槍と斧の特性を同時に理解できそうなので、それらの武器を使って攻撃された場合にうまく対処できるかなと!」

「双剣にハルバードか。参考になるよ。私も頑張らないとならないね」


 リゼとしては武器の本を眺めていて気になった武器がハルバードであったので、そのように答えてみたがまずは剣の腕を向上させていこうと考えている。


(きっと他の武器も奥深いのでしょうけれど、やっぱり剣術よね。まだまだ未熟よ。精進しないと!)


 それからリゼはアンドレに見送られて馬車に戻ると帰路に着く。


「いかがでしたか、お嬢様」

「そうね……やっぱり楽しかったというのが一番な感想かな? 建国記念パーティーについても理解できたから良かったかも」


 家に帰ると手紙がいくつか届いていた。縁談の申し込みらしきものが混ざっており、伯爵の執務室へ持って行くように指示しておいた。そして私室へと戻ると自分宛の手紙を開いてみる。大地の神ルークの教会の大神官からだ。


『フォルティア様 先日はお越しいただきありがとうございました。神の眷属、神の申し子であるあなた様が生きているこの時代に生を受けたことに感動する毎日です。いま、あなた様の銅像を作り、教会に絵を飾ろうかという話があがっております。すでに計画は進行しておりますが、案をお送りさせていただきます』


 二枚目は絵の下書きのようなものが描いてあった。場所は教会であり、手を広げて舞い降りる大地の神ルークの下に啓示石板があり、その近くにリゼが立っている。リゼは左手をルークの方に向け、右手を信者と思われる民衆の方に向けて差し出しているといった構図だ。

 三枚目は銅像の案だろうか。騎士のような姿のリゼが右手に剣を持ち上に掲げているといった絵だ。

 

(はぁ……やめてほしいけれど……)


 リゼは机の上に手紙を置きながら溜息をついた。


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