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112.公爵令息のレッスン

 そして、試練の神アレスの神託を探してみた。

 何か北の大地に関する神託があるかもしれないからだ。しかし、見当たらなかった。

 となると、念のため聞いてみるしかないということで大神官に確認をしてみることにする。 


「ご存知でしたら教えていただきたいのですが、試練の神アレス様の神託はないのでしょうか?」

「……!!」

「どうされましたか……?」


 大神官は唐突に挙動不審になり、目の前で膝をつくと頭を下げてきた。涙のようなものが地面にいくつか落ちたのを見たリゼは手を胸に置き一歩下がり何事かと動揺してしまう。


「フォルティア様、素晴らしい! 流石は神に選ばれし申し子だ……」

「えっ、あの……一体……?」

「実はですね!! いえ、落ち着きましょう……。フォルティア様を驚かせてしまうのは申し訳ありません。試練の神については大神官にのみ受け継がれる書物に書いてありました。ルーン文字とはまた異なる神官文字で表された本です。その本によればこの世はバランスが取られていると。良いこともあれば悪いこともあります。幸福と不幸は表裏一体。人は種として、動物の食物連鎖の中では頂点に立っています。火を扱え、優れた武器に魔法を扱う我々には恐れるものなどはありません。そうした中で我々に試練を与えるのが試練の神アレス様なのだと書いてあったのです。これは大神官以外は知りません。例え、王族であろうと、国王であろうとも、皇帝であろうとも知らないのです。なのに、フォルティア様、あなたは知っておられた。このような奇跡が起こるでしょうか、いえ普通は起きません。あなたはルーク様が名を与えたお方……神に愛されし者だと確信いたしました。あなた様は聖女……いえ、それ以上の存在でしょう! 神の眷属(けんぞく)です!」

「あの、本当に違います……」


 跪きながら興奮して叫ぶ大神官から少し距離をおいてリゼは少しだけ引いてしまっていた。


「神託の聖女はあなたのことでありましょう。仮に違ったとしてもそれは重要ではありません。むしろ、フォルティア様……! あなた様が聖女を超えた神の眷属(けんぞく)だという解釈で我々は一致するでしょう!」

「あー、そういえばですが、ここにある神託は書き写しても良いでしょうか? 機密性の問題もありますし、難しいでしょうか? そして、アレス様の件についてはありがとうございます」

「もちろん問題ありません! 少々、失礼いたします!」


 それから大神官は踵を返すと螺旋階段を登っていってしまった。リゼは他の神々の神託なども書き写し、螺旋階段を登り、アイシャたちの元へと向かう。何があったというわけでもないが心底疲れてしまった。アイシャを視界に捉えたので早々に立ち去ろうと声をかける。

 

「アイシャ! 帰りましょう!」


 リゼがアイシャに呼びかけるとオルガンの音が響き渡った。


「?」


 音の方を見ると神官たちが一列に並んで歌を歌い始めた。リゼは何事かとあっけに取られて立ち尽くしているが、しばらく歌は続いた。

 オルガンの演奏が終わると大神官が前に進み出てきた。


「フォルティア様! フォルティア様専用の讃美歌(さんびか)をご用意していたので披露させていただきました。あらかじめ来訪をお伝えいただければ、入場の際にお届けさせていただきます」

「はい……」


 周りを見渡すと一般の信者が頭を下げてきていて、もはやどうすれば良いのか分からないため、すぐに家に戻ることにした。

 馬車に乗り込むと一気に疲れが押し寄せてくるのを再度実感した。


「なんだか大変でしたね、お嬢様……」

「そうね……」


(なんだか疲れてしまった……でも収穫はあったよね。神託を書き写せたし! それにしても、学園に入学したらどうなってしまうのかな。熱心なルーク様の信者がいたら、騒ぎになって確実に他の人たちからも注目をされてしまうのよね。避けたい。あと一つ思うことがあって……リッジファンダジアの主人公であるレイラ、彼女が本来得るはずだった幸せを邪魔しないようにしないといけないのよね。本来はサブキャラである私の行動によって少しずつ状況が変わってきてしまっているから、申し訳ない……。なので、出来る限りレイラが幸せになれるように陰ながらサポートするというのも心がけていかないと)


 いつの間にか眠ってしまっていたが、直前に考えていたレイラのことは鮮明に覚えているため、目標一覧に書いておこうと思うのであった。家に戻り、部屋へと向かう。

 日記を広げて、色々メモしているとラウルとリアが戻ってきた。


「リゼ、離宮を本拠地と呼んで、採掘を開始した城を城と呼ぶが、本拠地はかなり土の除去が完了してきているよ。で、一つ提案なんだが馬を転移させてあっちで飼わない? 火属性魔法を蓄えた魔法石を周りに置けば馬も凍えないしね」

「移動用ということですよね? とても良いと思いますが、私、乗馬したことがなくて……」

「そこはほら、先生がここにいるよ。いまから少し練習しない? レッスンしよう!」

「ありがとうございます! 是非!」


 大地の神ルークの教会で疲れてしまったため、気分を切り替えたかったのでありがたいとリゼは内心で思った。

 リアは疲れたので寝るということでラウルと共に馬小屋へと向かった。そこで馬を一頭ほど貸してもらい、ラウルが引いて外に出る。


「こうしてみるとすごく高いのですね……私、乗れるでしょうか……」

「慣れれば簡単だよ。ということでまずは慣れからだね。僕がまず乗って、手を引くから(あぶみ)に足をかけて登ってごらん」


 ラウルは優雅に馬に跨ると手を出してくる。リゼは手を取り、(あぶみ)という足をかけるものを使って乗ってみた。

 少し馬が動いたため、ラウルにしがみついてしまった。


「あっ、ごめんなさい、ラウル様……」

「問題ないよ。むしろ安全のためにはつかまっておいてくれた方が助かるよ。では少し歩かせてみるから、振動とかバランスの取り方を感じとってみようか」

「はい!」


 そして、ラウルはゆっくりと馬を歩かせてくれた。最初はかなりゆっくり歩かせ、その後少しゆっくり歩かせてと、少しずつ慣らしてくれる。


「楽しいです!」

「でしょ? なかなか嬉しい状況だね。ずっとこうしていたいけど、仕方ない。一旦降りようか。次の練習に移ろう。次は、僕が馬を引くからリゼは手綱を持って一人で乗ってみよう」

「は、はい!」


 馬から降り、もう一度乗ってみることにする。今度は一人であるが、ラウルがどこに手を置いて乗れば良いのかなどを細かく指導してくれたため、数分後に一人で馬に跨っていた。ラウルが馬を引いてくれているので、リゼは手綱をギュッと握って感覚を掴もうと必死だ。

 そして、次はもう一頭馬を借りてきて並んで歩いてみることにした。リゼはなんとか一人で跨ると手綱を握った。ラウルが拍手してくれる。


「バランス感覚がとても良いね。剣術の練習の成果かな。剣をかわす練習で体幹がさらに鍛えられたのかもしれない」

「そうかもしれません。それもこれもラウル様のご指導のおかげです。とても嬉しいです」

「照れるよ。でも喜んでもらえて最高だ」


 それから夕陽を見ながら二人で並んで馬を歩かせてみたりした。結果、北方未開地には馬を数頭ほど転移させることにした。ラウルが屋敷から何頭か連れて来てくれるらしい。となると北方未開地における移動は馬になってくる。リアは飛べるので問題ないが、アイシャも練習が必要になりそうだ。

 なお、練習する姿をアイシャはフォンゼルと共に見つめていた。するとフォンゼルが口を開いた。

 

「アンドレ様もうかうかしていられないかもしれません」

「ふふ、確かにそうですね。ラウル様以外にエリアス様もアピールされていますし」


 アイシャは内心で(ジェレミー様もアピールしたいのでしょうけど、きっと王妃様やジェレミー王子派貴族の目もあって、なかなか歯痒い思いをされていそうですね……)と思うのであった。


「アイシャ殿も乗馬のレッスンが必要かもしれませんよ」

「そうなると思いますので頑張ろうと考えていました!」

「良き向上心です」


 フォンゼルとしては、戦闘もこなせるメイドであるアイシャには正直驚かされていた。ブルガテドは強者が多いとはいえ、流石に戦闘メイドなどは見たことがなかったためだ。


 そしてラウルが帰路につき、リゼは夕食を済ませると部屋に戻った。


「ご主人様、報告。氷の壁付近で数体のモンスターと遭遇したけど、私が眠らせて泥人形が倒した。どこかしらにダンジョンと通じる穴ができているかも」

「確かキュリー先生が仰っていたはず、氷の壁付近にモンスターを見たという噂を。ちょっと待ってね。えっと、どのダンジョンかな……あー、おそらくここね。中級ダンジョンみたい」


 リゼはワールドマップウィンドウで確認した。


「明日も見てくる。だいたいの位置は把握できた」

「ありがとう。何かあったら透明になって逃げてね。泥人形たちにも無理はしないように伝えておいて」

「分かった」


 この日はお風呂に入り、眠りにつくことにした。

 まだ時間に余裕があるとはいえ、狩猟大会の前に訪れる建国記念のダンスパーティーについても色々と考える必要がある。様々な国から来賓があるはずで、水面下では思惑が交差するドロドロとした会場になりそうだ。

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