109.魔法帝国
二時間ほど作業を行い、アイシャには本棚をお願いして私室へと戻ると禁書庫で骸骨化した人が持っていた古びた本をアイテムボックスより取り出した。
表紙をめくってみる。早速、本のページが外れてしまった。特にこのページには何も書いていない。次のページを見ると読むことができた。
『これは大賢者エーベルハルド・ヴォーリーンの日記である!』
(あー、なるほど……)
リゼは唐突な宣言に少し驚いてしまった。だが、続きを読んでみることにする。
案外、めくってみると痛みが酷くないページもあるようで、それなりに読むことが出来る。
『私はこの日記が将来、リンクヴィスト帝国の歴史学で大いに用いられると想定している! そして! 魔法学でも活用されると考え、ありとあらゆる出来事、知識を記録しておいてやろうと思う。読んでいる諸君、感謝することだ。はっはっはっは』
ひとまずリゼは少し紅茶を飲んで落ち着いた。この大賢者と向き合うにはそれなりに精神力が必要だと思ったからだ。
少し休憩すると、自分の日記を開いて重要な話をメモできるように準備し、大賢者の日記を読み進めることにした。
『まずは私のことを紹介しておこうではないか。大賢者エーベルハルド・ヴォーリーン。元リンクヴィスト帝国近衛隊長および皇帝陛下の相談役である。土属性と雷属性を使いこなせるが、我が国で一般的な魔法属性である氷属性を持たないイレギュラーだ。この国では氷属性を持つものが重要視される傾向にあるのは知っての通りであるな。だが、私は天才だ。紆余曲折あったが、皇帝陛下直下の近衛騎士隊を率いるまでになった。我が国では魔法を最も極めしものが近衛隊長を務めることになっている魔法帝国であるからな。当然の人選である。とはいえ、それはもう過去のこと。引退してこれを書き始めたわけだ。そしていまは皇子の教育係を請け負っている。皇子はまだ三歳、魔法など使えるわけもなく、文字を教えたりしている。なかなか可愛いぞ』
ページをめくっていくと、皇子と何を話したか、皇帝から政策の相談をされたなどの記載がしばらく続いた。魔法理論などについても書かれている。皇子とは帝王学の授業以外ではほとんど常に一緒にいたようで、気晴らしに部屋の中でかくれんぼをしたり、戦いごっこをしたり、ちょっとだけ魔法を見せたり、街へこっそり繰り出したりしたと書かれている。平和そのものだ。しかし、それから七年後のページでついにある言葉を見つけることができた。
『真面目な話になるが……試練の神アレス様より神託がくだった。皇帝陛下が神託をお聞きになったそうで、きっと間違いないだろう。神託は二つある。一つ目は北の大地に大災害あり、二つ目は武器を確保せよ……である。これを皇子に質問してみた、どう思うかと。すると『うーん、武器を持って戦えだと思う』と言うではないか。きっとその通りであろう。ダンジョンを攻略して聖遺物を集める必要がある』
ここからはかなり真面目な日記になっており、そこからしばらくダンジョン攻略の成果などが語られていた。どのような効果の聖遺物を手に入れただとか、ボスモンスターの特徴などが事細かに記載されている。
そして一年後、さらに神託があったようだ。
『またもや神託がくだった。邪竜ニーズヘッグというモンスターが一年後に異界より帝都に降臨するという話だ。帝国は揺れている。戦うべきという者もいれば、逃げるべきという者もいる。そんな中、私は禁書庫にこもり過去の文献をひたすら読み漁る日々だ。そして、一つ良い話を見つけたのだった。かつて大昔に大地の神ルーク様より来たるべき様々な試練に備えて八個の神器を授けようという神託があったらしい。これはとある村人が聞いたとある。黒く薄汚れた羊皮紙に殴り書かれているだけであるが、超上級ダンジョンをクリアすると一定確率でその神器を入手できるようだ。この話をしてみたが、残念ながら皇子以外は誰も聞く耳を持たなかった。超上級ダンジョンはタワー構造になっているダンジョンだ。要するにボスを何度も倒して地下へと降りていく形であり、私は一度だけこの大陸の北にあった超上級ダンジョンをクリアしている。で、手に入れたのはこの本だ。一つだけわかっていることがある。この本は壊れても修復と唱えると元に戻るのだ』
リゼは手をかざしてみた。
「修復!」
すると、本が新品同様に戻ったのでリゼは驚いて立ち上がってしまった。先程外れたページもくっついている。まるで赤いワインのような色をした本だ。それからは少し後の記載だ。
『この本がもしかしたら神器なのかもしれない。これが神器だとしたら落書きしてしまって忍ばないが、残された時間でこの本の研究を行うことにする。何かの役に立つかもしれない。皇子は氷属性魔法の研究を頑張っているし、負けてられんからな』
ここからは大賢者としてのプライドなのか、試行錯誤を繰り返してこの本の使い方について一つ一つ試した結果が書かれていた。
そしてある答えにたどり着いたのか印がつけられている記載があった。
『物事は単純だった。修復と唱えて元に戻ると言うことは、言ったことが理解できる本なのではないかと思い立ったのだ。『何が出来る?』と本に聞いてみることにした』
リゼは先が気になるが一度夕食にしてくることにした。
素早く夕食を取りながら色々と考えてしまう。
(邪竜ニーズヘッグ……私が交換画面で交換したアイテム、ニーズヘッグのお守り……という名前だった。竜や蛇型のモンスターからの攻撃を軽減させるという効果があったはず。名前が同じだし、同じ存在なのかな……。どういうことなのだろう。試練としてきっと帝国を襲うのでしょうけれど、交換画面では私を守ってくれるアイテムとして登場している。ルーク様的にはニーズヘッグを悪しきものとしては扱っていない? それか試練の神アレス様と仲が悪くて、わざわざ皮肉的な意味も込めてそういうアイテムをお作りになったのか……。謎ね。それにしても、日記の書きっぷりから考えるに、昔は神託に啓示石板は使われていなかったということ?)
その後、夕食とお風呂を済ませ、先を読み進めることにする。
『本が答えた一つ目の機能は自身が目にした魔法を記録して再現できるというものだ。つまり、解明されていないモンスターが使う魔法も使えるようになる可能性が高い。すぐにダンジョンへと向かった。いくつか魔法を記録してみたが、上級ダンジョンで遭遇したストーンガードドールが使う泥の人形を出現させる魔法を試してみようと考えるにいたった。人の形をした泥の人形で、硬い槍や剣などを持っているし、ニーズヘッグと戦わせるのが良いと判断したわけだ。本当に成功するのだろうか。私は試しにあのモンスターが使っていた『メッドドール』を本を手に持ち唱えてみた。すると、魔術式が書き込まれたページがひとりでに開き、ダンジョンで目にした泥の人形が姿を現したではないか。これからは泥人形と呼称することにした。こいつらはある程度、話を理解でき、武器も持てる。出来る限り量産してニーズヘッグに対抗することにした』
なるほどと感嘆するリゼである。本には魔法陣、要するに魔法陣が確かに記録されていた。ぱっと見る限りは全てが上級ダンジョンで大賢者が目にした上級魔法のようだ。魔術式を魔法陣として二回ほど描いたことがあるリゼには判別ができた。そう、ウィンドウェアーなどを習得したときのことだ。
なお、初級魔法や中級魔法などは記録する価値がないと思い、記録しなかったのかもしれない。
『時間をかけて泥人形たちを二万体ほど用意した。しかし、帝国民は大半の者がこの地を捨て、東の大陸を目指していった。東というのは語弊があるか。正確には南大陸の東方面へ向かうらしい。単純に南下すると現地民たちから攻撃を受けてしまうためだ。皇帝陛下は皇后様と皇女様たちを密かに逃した。皇帝陛下は皇子のことも逃がそうとしたのであるが、皇子は戦うと仰られてこの地に残った。男もほとんど残っていない。もはや近衛騎士の一部が残っている程度だ。果たして我々は勝てるのだろうか。神が大災害というくらいであるから、きっと超上級ダンジョンのモンスターよりも強いのだろう。私は皇子と共に戦い、場合によっては死ぬかもしれない。残された時間はとにかく遠距離から攻撃できる魔法の記録をしていこうと思う』
おそらく氷属性魔法の説明に記載されていた『かつて存在した魔法帝国』とはリンクヴィスト帝国というこの国のことを言っているのだろうとリゼはなんとなく察した。
氷属性が基本的な属性であったようであるし、魔法を極めたものが近衛隊長を務める魔法帝国という記載がある上に、すでに滅びているため、辻褄が合うからだ。




