9.フレン様のお誘い
「ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことは言っていないよ」
「いえ、私は嬉しかったです。私のことを……笑顔を認めてもらえて」
無理にでも、強引でも笑顔を作ってきた。
泣きたくても笑おう。
苦しくても笑おう。
そうやって自分を騙して、鼓舞して、なんとか毎日生きてこられた。
もしかすると私の笑顔は……。
「俺は君の笑顔に魅せられたよ。きっとこれから多くの人が、俺と同じようなことを思うのだろう。そう思ったら、我慢できなくなった」
「フレン様?」
「オルトリア」
「へ!?」
彼は突然、私のほうへと腕を伸ばす。
大きくて力強い手に掴まれ、ぎゅっと手を握られる。
「俺の下に来てくれないか?」
「――え? フレン様の……?」
「ああ、正確には俺直属の部隊に入ってほしいんだ」
「部隊って、騎士団にですか? わ、私はまだ新人ですけど一応宮廷の魔法使いなので……」
宮廷と騎士団はまったくの別組織だ。
この間みたいな大きな作戦では共同で仕事をするけど、普段は別々に動いている。
私たち魔法使いの力が必要な時は、騎士団から宮廷に申請があって、必要な人員が派遣される。
騎士団に所属しているのは文字通り騎士たちだけだ。
私のような魔法使いは一人もいない、はず。
「その辺りは心配いらない。俺は少し特別でね? 騎士団の中で唯一、独自に部下を持つことを許されているんだよ。そして、任命権は全て俺にある。出自や家柄はもちろん、所属も関係ない」
「そ、そうなんですか?」
さすが王国最強の騎士様……英雄と呼ばれている人だ。
私が知る限り国王陛下はとても厳格な方なはずだけど、彼にそこまでの自由を与えているなんて。
そうとう信頼されているのだろう。
信頼と、揺るがない実績が成せる結果だ。
「俺の意思と本人の意思が一致すれば問題ない。宮廷魔法使いの君でも同じだ。所属上は宮廷のままだけど、管轄が俺になると考えてくれたらいい」
「な、なるほど……」
少し難しくて完全に理解はできなかった。
とりあえず宮廷を辞めるわけじゃなくて、宮廷所属のままフレイ様の部隊に所属する、ということは認識できた。
認識した上で、疑問を口にする。
「どうして私を?」
「君の笑顔に魅せられたから。他の誰かに取られてしまう前に、俺が掴んでしまおうと思ったんだ」
「ほ、え、えっと……」
「君にはもっと笑っていていてほしい。そういう環境にいてほしい。今の場所は……窮屈だろう?」
その通りだった。
研究室は狭くて、嫌でも互いの存在を意識する。
今日だって同じだ。
大人しくはなったけど、いつまで続くかわからない。
また同じように私のことを見下して、陥れようとするかもしれない。
それは……やっぱり怖い。
願わくば他の……と思わなかったわけじゃない。
フレン様の提案は、私にとって救いに他ならなかった。
だけど思うんだ。
フレン様の強さを知っているから、私なんかでいいのかと。
「もちろん、それだけが理由じゃないぞ?」
「え?」
「俺は君の実力も高く評価している。一緒に戦ってハッキリ感じた。君は魔法使いとして優れている。俺が知る魔法使いの中でも……あるいは一番かもしれない」
「そ、そんな! 私はそこまで凄くは……」
否定する私を、フレン様は首を横に振って否定し返す。
「俺はこれまで多くの戦場で戦った。ともに戦った仲間も多い。時に魔法使いも一緒だった。君はその中の誰よりも優れていた。俺の動きに的確に合わせて魔法を使い、魔物たちを一切自由にさせていなかった。俺の動きに、迷うことなく同調できていた」
「えっと……」
彼はニコリと微笑む。
「君は気づいていないかもしれないけどね? そういないんだよ。初見で俺の動きに合わせられる奴なんて。しかも君は新人だ。戦い慣れているわけでもない。そんな君と共に戦うことが、俺には一番安心できた。俺はあの時、最高のパートナーを見つけた気分だったんだ」
「最高のパートナー?」
私が?
フレン様の?
「君は笑顔が素敵な女の子だ。だけどそれだけじゃない。他に追随を許さない魔法使いとしての実力を持っている」
「私に……」
自分のことを顧みる余裕はなかった。
毎日を生きるので精一杯だった。
嫌われているのも、疎まれているのも、努力不足があるとさえ思っていた。
けれど彼は否定する。
私の思い込みを否定して、今の私を全肯定してくれる。
「最初の質問に戻るよ。君は自分が評価されなくてもいいと言った。けど俺は勿体ないと思う。君はもっと評価されるべきだ。そういう場所にこそいるべきだ」
彼が私を握る手が、ぎゅっと力を強くする。
大きな手から熱が伝わる。
まっすぐ私に向けられた視線は、今も尚きらめいている。
「もう一度言おう、オルトリア! 俺の下に来てほしい。君にはもっと輝ける場所があるはずだ」
火照るほど熱い思いだ。
英雄と呼ばれた人が、私のことを求めてくれている。
「……私は――」






