26.戻るわけないでしょ?
三日間なんてあっという間に過ぎた。
二人の過去を知り、思い出の中に暖かな感情を知る。
大好きだった人との突然の別れは、どんな理由であれ辛いものだ。
だからこそ、私たち残された人は思い出を大切にする。
唯一残されたものを手放さないよう必死になる。
誰だって同じだ。
たとえどれだけ強靭な身体を持つ戦士であっても。
心まで鋼のように強くはならない。
「本当にありがとう。君には感謝してもしきれない」
「あ、頭を下げないでください!」
屋敷に戻った私に、フレン様は何度も頭を下げてお礼の言葉を口にする。
偉大な英雄騎士様が、私みたいな平民相手に頭を下げる。
王都でこの光景を見せれば、きっと大きな話題となっていただろう。
ここが辺境の領地、彼の屋敷でよかった。
彼が悪く言われるのは、私も嫌だから。
「私は当然のことをしただけです。感謝して頂けるのは嬉しいですけど、そこまで頭を下げられたら逆に困ってしまいます」
「ああ、すまない」
彼は顔を上げる。
いつになく切なげに、心から安堵しながら。
「わかっている。君ならそう言うだろうと……けど本当に感謝しているんだ」
「サクラが無事でよかったです」
「ああ、それもあるが、それだけじゃないよ」
彼はそう言いながら、私の隣にいるサクラと視線を合わせる。
二人は通じ合うように小さく頷く。
「あの花畑は、俺たち家族にとって何より大切なものなんだ。思い出がたくさん詰まっている。あの場所を守ってくれたこと、感謝してもし足りない。サクラも、ちゃんとお礼を言ったか?」
「……うん」
「そうか。本当によかった」
フレン様はサクラの頭を優しく撫でる。
サクラの瞳から涙がにじみ出る。
怖かったはずだ。
我慢していた涙が、滝のようにあふれ出ている。
フレン様まで泣き出しそうな顔だ。
強くて凛々しい彼が、こんなにも弱々しく見えたのは初めてだった。
もしかすると、家族以外では私だけが知る姿かもしれない。
そう思うと、ちょっぴり特別な気持ちになる。
本当に、彼らにとってあの場所は特別なんだ。
亡き両親との思い出。
失うまでの時間と、失ってから悲しんだ時間も、彼らにとっては大切な思い出なのだろう。
その気持ちは嫌というほどわかる。
私も……大切な人を失って孤独になったから。
「……少し、羨ましいです」
「オルトリア?」
「こんなことを言うのは失礼かもしれません。けど……フレン様にはサクラがいて、サクラにはフレン様がいる。悲しみを共有できる相手がいてくれる……それはとっても大切なことだと思います」
「……そうか、君は……」
私は、両親を失って一人になった。
父はどこにいるかわからない。
きっとお母さんと同じ場所にいるのだろう。
なんとなくわかる。
血のつながった家族はもう誰も残っていない。
困った時に助けてくれる友人も、心から一緒にいたいと思える人も……私にはいなかった。
ただ孤独に耐えるしかなかった。
一人であることを考えないように、目標だけを見ていた。
ああ、ようやく気付く。
二人を見ていて思い知らされる。
生きるために頑張ってきた。
私は人並みの幸せがほしかった。
そう……。
私が心からほしかったのは。
「家族……なんだ」
どれだけ願っても手に入らないものはある。
失われた命は戻らない。
どれだけ勉強しても、力をつけてもそれは不可能だ。
強い絆で結ばれた家族を……私は失ってからずっと求めていたんだ。
◇◇◇
短い帰省は終わり、私たちは王都に帰還した。
私にとっても意味のある旅だったと思う。
あの日以来、サクラとの距離も縮まったように思える。
まだぎこちないけど、私の顔を見ると私より先に挨拶をしてくれたり、声をかけてくれるようになった。
その変化には周囲の人たちも驚いている。
特にライオネスさんがからかって、サクラがぷんぷん怒るのが定番の流れになった。
ヴァルハラのみんなとの時間は心地いい。
気の通じ合った仲間と一緒にいられることは幸福だ。
これも一つの繋がりだと思う。
けれど、私が本当に望んでいるのは、もっと深く通じ合った存在。
「家族……」
廊下を歩きながら、ぼそりと口にする。
フレン様の領地で過ごした時間は、私の気持ちに変化を与えた。
変化というより、前進か。
これまで気づいていなかった心の奥の本音に、ようやくたどり着いた気がする。
家族がほしい。
偽りじゃなくて、本物の――
「お久しぶりですね。オルトリアお姉様」
「――!」
呼び止められ、私はビクッと身体を震わせる。
考え事をしていた私は、正面に立っていた彼女に気付くのが遅れた。
「セリカ……?」
家族のことを考えていたから、余計に動揺する。
私にも少し前まで家族はいた。
血のつながりはない。
形だけで、偽者の家族が。
目の前に立っている彼女は、セリカは私の妹という立場だった。
「どうして……ここに?」
ここは騎士団隊舎と宮廷を繋ぐ廊下だ。
どちらかで働く者以外は基本的に出入りせず、見かけることもない。
セリカがいること自体が不自然だった。
彼女は不服そうに応える。
「お姉様を探していたんですよ?」
「私を……?」
「ええ、お話したいと思っています」
彼女は笑っている。
けれど私にはわかる。
その笑顔が、無理矢理作った偽物だということを。
「……話って?」
「お姉様、ブシーロ家に戻ってきませんか?」
「――え?」
それは思いもよらぬ提案だった。
あまりに驚き過ぎて声を失い、口を半開きにしながら立ち尽くす。
聞き間違えかと思った。
だから私は恐る恐る……聞き返してみる。
「い、今……なんて……」
「聞こえませんでしたか? ブシーロ家に戻りましょう、お姉様」
ニコリと、笑みを作り直す。
その裏で苛立っていることが伝わった。
しかし聞き間違いではないらしい。
「本気で……言っているの?」
「冗談を言うためにわざわざこんな場所まで来ません」
「……」
確かにその通りだ。
それでも私には信じられない。
何より、彼女の表情から伝わる苛立ちが……信用を欠く。
「それは、セリカの意見じゃないよね?」
「――ええ、私は正直どちらでもいいんです。でも、お父様とお母様が戻ってきてもらいたいみたいですよ」
「お父様たちが? なんで今さら」
「わからないんですか? お姉様があの英雄様とお近づきになったからでしょうね」
フレン様?
どうしてここで彼のことが……。
いいや、理由はハッキリしている。
王国の英雄。
レイバーン公爵家の当主であり、他の貴族より大きな影響力を持つ。
彼とお近づきになりたい貴族は多い。
ブシーロ家も同じだった。
そんな時、元ブシーロ家の人間である私が、フレン様が率いるヴァルハラに入隊した。
つまりはそういうことだ。
「わかりましたか? だから戻ってきてください。お父様とお母様も喜んでくれます」
「……」
戻ってきてほしいと思われているのは本当だろう。
けれどその理由は、私に利用価値が生まれたからに他ならない。
フレン様と仲良くなるための繋ぎだ。
「――ふざけないで」
「え?」
私の心の中は、生まれて初めての激しい怒りに満ちていた。
身体が震える。
恐怖や寒さではなく、怒りで。
「お姉様?」
「戻るわけないでしょ? あんな場所に」
「――!」






