23.二度と戻らない命
「……」
私はフレン様とサクラの後に続いて、お墓の前まで歩く。
一歩、また一歩近づくにつれ後悔する。
私はなんて不謹慎なんだと。
フレン様に誘われて、一人で浮かれていた自分が恥ずかしくて仕方がない。
幸いだったのは、知らずにご両親のことで失礼な発言をしなかったことくらいだ。
二人が立ち止まり、お墓を見つめる。
重たい空気が流れる。
なんと声をかけていいのか、わからない。
「すまなかったな、オルトリア」
「え?」
最初に口を開いてくれたのはフレン様だった。
しかも、なぜか謝罪の言葉を口にする。
「なんの説明もなく連れてきた。驚かせただろ? 二人のこと」
「えっと……」
「素直に言っていいよ。両親のことは公にされていないんだ。辺境で暮らしていると交流も少なかった。事情を知る人は少ないんだ」
「そう、なんですね」
両親が亡くなっていると知り、いろいろと合点がいく。
王都でもフレン様が領主のお仕事をしていたのは、紛れもなく彼が領主だから。
領民たちが彼を領主様と呼んで歓迎したのも、そのままの意味だ。
出発前に彼は話していた。
毎年この時期になると、必ず帰省すると。
もしかして今日が……。
「二人の命日なんだよ。今日が」
「……」
やっぱりそうなんだ。
遠く離れた領地を訪れるのは、領民の様子を見ることが目的じゃなくて……。
両親の命日に、お墓参りをするためなんだ。
「――どうして、私を呼んでくれたんですか?」
ここまでわかって、疑問が浮かぶ。
私は思った疑問をそのまま伝えた。
「今日はお二人にとって大切な日、なんですよね? なんで部外者の私なんて……」
誘ったのだろう。
何の事情も知らない私は、部外者どころか邪魔者でしかないのに。
肩身が狭い。
自分がここにいるべきじゃないとわかって、俯く。
「大切な日だからこそだ」
「え?」
フレン様は答える。
まっすぐに私を見つめながら。
「君のことを、二人に報告したかった。すごい新人が入ったって。それから……知ってほしかったんだよ。俺たちのことをさ」
「フレン様……」
彼はいつになく寂し気に笑う。
その笑顔を見ていることが辛くて、目を背けたくなる。
きっと思い出しているんだ。
大切な記憶を。
「これから長く付き合っていくことになる。ライオネスたちも知ってるのに、君だけ知らないのは不公平だろ? それに……君は母さんに似ている」
「お母様に、私が?」
彼は小さく頷く。
「母さんもよく笑う人だった。辛くても苦しくても、笑顔を絶やさないように……君の笑顔が、母さんと重なったんだ」
「……」
二人の話を聞きながら私は思う。
きっと、二人の母親は私のお母さんに似ているんだ。
私はずっとお母さんの言葉を胸に、お母さんの笑顔を真似している。
似ているということは、そういうことだ。
「ここは……二人が好きだった場所なんだ」
風が吹く。
黄色い花びらが宙に舞い、青い空と交じり合う。
「オルトリア」
「はい」
「聞いてくれるか? 両親のこと」
「……はい」
知りたいと思う。
どうしてフレン様が、そんなにも悲しい顔をするのか。
二人の過去に、何があったのか。
◆◆◆
今から十二年ほど前。
彼はまだ英雄ではなく、騎士でもなく、ただの子供だった。
辺境の領地に生まれた伯爵家の嫡男と妹。
領民に愛される素敵な当主と、優しい母親に育てられた二人は、穏やかで素直な子供に成長した。
「ねぇフレン、あなたは将来何になりたい?」
「え? 僕はこの家を継ぐんだよ?」
「ははっ、別に無理して次ぐ必要はない。この家も、領地だってそうだ。私たちがいなくとも生活していける」
「関係ないよ! 僕はお父さんみたいになりたいんだ!」
彼は両親を尊敬していた。
領民のために日夜働く父親と、そんな父親を支えながら自分たちを育ててくれた母親に、心から感謝をしていた。
それ故に、まっすぐに憧れる。
「嬉しいことを言ってくれるな」
「じゃあ、サクラは?」
「お兄ちゃんと一緒! ママみたいにりょうしゅさまになったお兄ちゃんを助けてあげる!」
「あらあら、頼もしいわね」
フレンもサクラも、両親のことを愛していた。
四人は仲睦まじい家族だった。
幸せな時間が永遠に続くと、この時は誰もが思っていた。
けれど、別れは突然訪れた。
ある日の夜、彼らの屋敷に盗賊が押し入った。
盗賊たちは屋敷に火を放ち、子供だったフレンとサクラが捕まってしまう。
元々小さな伯爵家だ。
使用人も少なく、護衛の騎士などはいない。
当主自らが剣を抜き応戦する。
「二人を放せ!」
「動くんじゃねー! ガキがどうなってもいいのか?」
「お父さん! お母さん!」
「くっ……」
二人を盾にされ動けない当主。
その背中を、盗賊の刃が貫いた。
「がっ……」
「あなた!」
「お父さん!」
「はっ! これで邪魔者はいなくなったな。こっちはこっちで楽しませてもらうぜぇ」
「や、やめなさい!」
母親は抵抗する。
しかし男たち数人に組み伏せられ、乱暴にさらされ、悲しい光景を子供たちは見る。
涙でにじみ、煙を吸って意識が朦朧としながらも。
母親の悲鳴が聞こえなくなるまで。






