22.フレン様の故郷
レイバーン公爵家。
王都でも有名な名家とされているが、その名が多く広まったのは最近のことだった。
王国最強の騎士、英雄の誕生。
当時は辺境の伯爵家でしかなかったレイバーン家は、フレン様の活躍によって大成し、貴族の位で最高位の公爵を与えられた。
だから王都で名が広まっていても、治めている領地は辺境のままだ。
レイバーン公爵領までは馬車で丸二日かかる。
私たちは一日に一本しか出ていない定期便の馬車に乗り、揺られながら移動する。
「悪いな。急に誘ってしまって」
「いえ、私は特にやることもありませんから」
突然お誘いされた時は盛大に驚いたけど。
フレン様の領地がどんな場所か興味があるし、何よりフレン様から直接のお誘いだ。
断る理由なんてない。
ただ、若干名不満げな人もいるみたいだけど。
「……」
サクラはフレン様の隣に座り、ムスッとしていた。
ユーリさんの言葉を思い出す。
お兄ちゃん子だから、大好きな兄を取られて嫉妬している。
本当のことだったのかもしれない。
だとしたら邪魔してしまって申し訳ない気分だ。
「毎年この時期になると、必ず帰る様にしてるんだ。本当は領主が長く空けるなんてよくないんだが、騎士団の仕事から抜け出せなくてな。一応、領主としての仕事は王都でもできるが」
「領主のお仕事もされていたんですね」
道理で毎日忙しくされているわけだ。
仕事が終わらず休日に一人で働いていたのも、騎士団以外のお仕事があったからなのか。
けれどそれくらい、領地にいる人に任せればいいのに。
実際の領主はフレン様ではなく、彼のご両親のはずだし。
疑問はあるけど、それ以上に緊張する。
彼の領地に行けば、必ずご両親と対面する。
別にやましいことはないし、ただ挨拶するだけだとわかっていても……。
「緊張する」
「……」
この時の私は知らなかった。
彼が私を招待してくれた意味を。
浮かれるような気分でいることが、どれだけ失礼か。
◇◇◇
二日かけ、私たちは到着する。
馬車から降りた先で広がるのは、広大な自然の中に作られた集落。
村よりは広く、街と呼ぶには少し小さい。
私がイメージする辺境の領地とピッタリ重なる光景に、思わず感動する。
「ようこそ、ここが俺たちの領地だ」
レイバーン公爵領。
公爵という位には不釣り合いなほど僻地にある普通の領地だ。
並ぶ建物も質素で、賑わってはいるけど人は多くない。
王都の喧騒に慣れてしまった私には、静かに感じられるほどだ。
「屋敷までは少し歩く」
「はい!」
私はフレン様の後に続き、領地の中を歩く。
整備された道を進んでいくと、領民がフレン様に気付く。
「領主様! 戻られたのですね!」
「ああ、三日ほど滞在するよ」
「それは嬉しい限りです。皆もきっと喜びます」
「ありがとう」
フレン様を見るや否や、たくさんの人たちが集まってきた。
みんな彼のことを慕っているのがわかる。
実績はもちろん人柄も、フレン様は素晴らしい人だから当然だろう。
なんだか一緒にいる私まで誇らしくなる。
「そうだ。花畑は変わらずか?」
「はい。今年もよい花が咲いております」
「……そうか」
花畑?
フレン様は領民と会話しながら、嬉しそうに笑う。
だけどほんの少し、寂しさも込められた笑顔だと気付く。
フレン様はお花が好きなのだろうか?
そういう雰囲気には、見えなかった。
一通り領民たちと話を終え、私たちは屋敷にたどり着く。
すぐ目の前に見えていたのに遠く感じたのは、フレン様の人気が凄まじかったからだ。
ちょっぴりサクラも疲れ気味に見える。
屋敷に入ると、執事さんが出迎えてくれた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、フレン様、サクラ様。荷物をお預かりいたします」
「ああ、頼むよ。彼女の分も」
「かしこまりました」
私の分の荷物も執事に預ける。
使用人の姿はチラホラ見えるけど、ご両親は未だ現れない。
フレン様の屋敷だと意識してソワソワする。
「この後はどうされますか?」
「先に挨拶へ行く」
「かしこまりました。お気をつけて」
「ああ。オルトリア、すまないがもう少し歩くよ」
「はい。えっと、どこへ行くんですか?」
私は疑問をそのまま尋ねた。
するとフレン様は優しく、寂しそうな表情で言う。
「会わせたい人がいるんだ」
その表情が印象的で、私はこれ以上質問できなかった。
言われるがまま、流されるようにフレン様の後に続く。
向かったのは屋敷の裏。
小高い山があって、木々が生い茂る古い道を進む。
そうして山道を歩いた先に、開けた丘にたどり着く。
「わぁ」
思わず声に出る。
そこには一面の花畑があった。
黄色い花が咲いている。
右から左へ視線を流しても、視界のほとんどを黄色い花が埋め尽くす。
まさに絶景、素敵な光景だ。
だからこそ目立つ。
花畑の真ん中に、石で作られた人工物があることが。
その形が……お墓にしか見えないことも。
「フレン様……」
「紹介するよ。俺の父さんと母さんだ」
お墓には二人の両親の名前が刻まれていた。
ここでハッキリと理解する。
両親が故人であることを。






