21.妹さんは不満げ?
月日は流れ、私がヴァルハラに入って一月ほどが経過した。
ここでの仕事は心地いい。
宮廷のような部屋での仕事より、外に出て身体を動かす仕事のほうが多い影響もあるかもしれない。
ずっと部屋に閉じこもって書類と睨めっこしていたあの頃が懐かしい。
戻りたいとは、微塵も思わないけれど。
いつものように早起きした私は、軽快なリズムを叩くように朝の仕度を済ませる。
寝ぐせをとかし、服を着替えて、身嗜みを整える。
そのまま流れるように外へ踏み出す。
少し前まで億劫だった第一歩も、今では急かすように前へ出る。
宮廷で働いていた頃なら、こんな時間に職場へ行っても誰もいない。
大抵私が先にいて、後から先輩たちが来る。
時々朝に別の仕事があって、遅れて研究室に行く時は先輩たちのほうが早いけど。
それも実際は私のほうが早く仕事を始めている。
今だから言えるけど、それが私には嫌だった。
誰より早く仕事を始めて、遅くまでかけて一人になってから帰宅する。
そうなることを強いられている気がして……。
けれど今は思わない。
今日だって早起きして職場に向かっている。
扉を開けば必ず、私より早起きな人が待っていると知っているから。
「おはようございます!」
「――ああ、おはよう。オルトリアは今日も早いな」
「フレン様はいつも一番ですね」
「朝は強いほうなんだ。あとは見栄だよ。分隊を率いるトップが、部下に遅れをとるなんて格好悪いだろう?」
そんなことはないだろう。
私を含むヴァルハラの誰一人、フレン様を格好悪いなんて思わない。
格好悪い人なんて、この職場にはいない。
私はまだまだ半人前だけど。
やっと少しずつ、ここでの生活にも慣れてきた頃だ。
「おうお前ら! 今日も早いな!」
「おはよう~」
私が到着した五分後。
ライオネスさんとユーリさんが仕事場にやってきた。
二人とも十分に早起きだ。
ライオネスさんは朝から元気いっぱいで、見習いたくなる。
そして仕事が始まるギリギリ頃にやってくるのが、ヴァルハラ最後の一人サクラだ。
「おはようございます」
「おうサクラ! まーだ眠そうじゃねーか!」
「……朝からうるさい。頭に響くから黙っててほしい」
「バーカ、目覚ましだ」
サクラは朝が苦手らしい。
フレン様とは兄妹だけど、そこは正反対みたいだ。
苦手と言っても、ちゃんと仕事が始まる時間には間に合っている。
フレン様の話だと、今まで遅刻は一度もしていないらしい。
「おはようございます、サクラさん」
「……おはよう」
「おいおい声がちいせーぞ」
「脳筋は黙ってて」
サクラとの距離感は、未だ上手くつかめていない。
ライオネスさんやユーリさんとは何となく上手く話せるようにはなってきたけど。
彼女には距離を感じてしまう。
特にフレン様と話している時なんて、睨まれているような気さえする。
何か気に障ることをしてしまったのだろうか。
悩んでいるとユーリさんが隣にくる。
「気にしなくていいよ~」
「ユーリさん」
「サクラちゃんはお兄ちゃん子だからね。大好きなお兄ちゃんが女の子を連れてきて、焼きもちを焼いているだけなんだよ~」
「そうなんです……か?」
どうやら会話が聞かれていたらしい。
恐ろしいほど殺意のこもった視線で、ユーリさんが睨まれていた。
彼は冷や汗を流しながら目を逸らす。
「さーてお仕事しよー」
「あ、はははは……」
サクラは静かに怒るタイプだ。
あーいうタイプの怒り方が一番怖かったりする。
ユーリさんが逃げる様に自分の席で仕事を始めると、ひとしきり睨んだサクラも自分の仕事に戻る。
一瞬だけ視線が合った。
私に対しては睨んでいるわけじゃなくて、どちらかというと……。
恥ずかしくて目を逸らした?
サクラ・レイバーン。
歳は私より二つ下で、騎士団では珍しく魔法の才能がある。
付与系の魔法に特化した才能だけど、技術や経験は宮廷でも通用する領域だと私は見ている。
女性でもある彼女なら、騎士団ではなく宮廷のほうが似合っていそうだ。
けれど彼女は騎士団に入った。
以降は兄であるフレン様のサポートをしている。
という話を、以前にこっそりユーリさんが教えてくれた。
ユーリさんは優しくて、私がサクラとの距離感に悩んでいることを察して、よくアドバイスをくれる。
半分面白がっている気もするけど、きっと善意だ。
「もっと仲良くなれないかな」
仕事をしながらぼそりと呟く。
せっかく同じ場所で働く仲間だ。
それに唯一の女の子同士だし、できれば仲良くしていきたい。
どうにか距離を縮められないかと、毎日のように画策している。
私より二つ下……年齢だけならセリカと変わらない。
けれど参考にはならないな。
二人とも全然違うタイプだし、何より私は姉として何もできなかった。
セリカのほうも、私を姉と思いたくなかったはずだ。
思い返すと私はこれまで、誰とも上手く関われていなかった。
一緒の屋敷で暮らす人たちでさえ、分かり合うことすらなかったから。
だからこそ、今は変わりたいんだ。
「よし」
思い切って何か話しかけてみよう。
いい話題を探して……何かあるかな?
何もないな……。
「そうだフレン、そろそろあの時期だよな?」
唐突にライオネスさんが話し出す。
フレン様が手を止め、サクラもわずかに反応した。
「今年も同じか?」
「ああ、俺とサクラは三日ほど休暇を貰うつもりだ」
何の話をしているのだろう?
わからない私は聞き耳を立てながら仕事に取り組む。
「んじゃ俺たちは留守番か。まっ、一人増えたし去年より楽ができそうだな」
「……いや、悪いけど留守番は二人だ」
フレン様はそう言って、私に視線を向ける。
視線に気づいた私は顔をあげ、フレン様と目を合わせる。
「オルトリアも誘おうと思っている」
「お、そうなのか」
何に?
「オルトリア、今度……俺の領地に来てくれないか?」
「……え?」
突然のお誘いに、私は目を丸くする。






