17.許せない
王都出発から二日半。
予定通りの時刻、夜明け頃に私たちはプエリ村に到着した。
到着してすぐ、私たちは悲惨な状況を知る。
「酷いな」
ぼそりとフレン様が呟く。
事前情報ではプエリ村は、人口七十人程度の小さな村だった。
老人から子供まで幅広く生活しており、村に隣接した農地で野菜などの作物を育て生計を立てている。
足りないものは他の村と分け合い、助け合っていた。
清貧な村の光景は、酷く荒れていた。
木造建築は半壊し、畑も荒らされている。
争ったのだろう。
建物に血が付いた痕跡もあった。
何より七十人いるはずの村人は、見るからに十数名しか残っていない。
残っているのは老人ばかりだ。
「話を聞いてみよう」
「怪我をしてる奴もいるみたいだぜ」
「私が手当てします!」
「ああ、頼むよ」
私たちは手分けして、プエリ村の人たちから事情を聴く。
私は魔法で怪我の治療しながら、腕を負傷していたおじいさんに話を聞いた。
「ああ、ありがとう。傷が痛くなくなったよ」
「よかったです。遅くなってすみませんでした」
「いいや、遠いところからわざわざ助けにきてくれたのだろう? あんな手紙できてくれるなんて優しい人たちもいるんだね。有難い限りだ」
おじいさんは本当に安心した顔で、村の人たちを看病するみんなを見ている。
怪我人を担いで運ぶライオネスさんとフレン様。
王都から持ってきた水と食料を配るユーリさんとサクラ。
それぞれにできることを分担していた。
「あの、他の皆さんは?」
「……つい昨日だ。盗賊に村を襲われて、若いやつらはみんな連れていかれてしまったよ」
「そんな……」
「ワシら老人は邪魔だからと捨て置かれた。殺されなかっただけ幸運だったと思うべきなんだろうが……」
そう言いながらも、荒らされた畑や壊された建物を見る。
すごく悲しそうに、辛そうに。
私も胸が痛くなる。
きっと長年ここで生活して、思い出がたくさん詰まっているのだろう。
「オルトリア、治療は終わったか?」
「フレン様、はい! 怪我をしている方々の治療はこれで最後です」
「そうか。こっちも情報が集まった。村の人たちは盗賊に誘拐されたようで間違いないな」
「そうみたいですね」
フレン様も村の人たちを担ぎながら事情を聴いていたらしい。
襲われたのはつい昨日のこと。
血の跡は抵抗して負傷したせいだ。
村の人たちの話だと、老人以外はこぞって全員連れていかれたらしい。
「幸いなのは、誰もまだ殺されていないってところだ」
「はい」
おそらく人身売買の商品にするのだろう。
若い男性なら労働力にもなる。
彼らは知っているんだ。
人間の価値を……その上で不当に奪い、利用しようとしている。
「許せない……」
「ああ、だから俺たちがいるんだ」
フレン様も鋭い視線を見せる。
いつも温厚で優しく見えた彼でも、こんなにも怒りに満ちた表情を見せるんだ。
少しだけ、行き過ぎた怒りをわずかに感じる。
「そんじゃ、行くか? フレン」
「僕たちの準備はいいよ」
「場所は私が探る」
「ああ、取り戻すぞ。村の人たちを」
こうしてヴァルハラが動き出す。
私も胸に怒りと決意を込める。
◇◇◇
プエリ村近くの洞窟。
複数個所に出入り口があり、他の村々へのアクセスも良好。
周囲は森で囲まれ、隠れ蓑にもなる。
悪い人たちのアジトにはうってつけの場所だ。
「怖いよぉ~ ママ~」
「泣かないで。私はここにいるから」
近隣も含め、村から攫った人たちが拘束され一か所に集められている。
女子供が多く、幼い子供は恐怖で泣き出してしまう。
なんとかあやそうとする母親。
そんな親子に向かって、見張りの盗賊は苛立ちを露にする。
「うるせーぞクソガキ! ピーピー泣くんじゃねぇ!」
「う、うえええええええええええええん」
「こいつ……もううるせぇ奴は殺しちまうか。いいよなぁ、一人くらい変わんねーだろ」
「や、やめてください! 子供だけは……私はどうなっても構いません!」
母親が必死に子供を庇う。
しかし盗賊の苛立ちは、子供が泣いている間は治まらない。
「どうなってもだぁ? 馬鹿かおめぇ! お前に自由なんてねーんだよ! ここにいる時点でてめぇらは俺たちに従うしかねーんだ。逆らう奴はなぁ!」
「きゃっ!」
盗賊は母親を乱暴に押し倒す。
突然のことに、子供も泣き止んで母親を見る。
「今からめちゃくちゃにしてやるぞ」
「い、いや……」
「あん? どうなってもいいんじゃなかったか?」
「ママ! ママに酷いことしないで!」
さっきまで泣いていた子供は勇敢に、襲われそうになっている母親を守ろうと声を上げる。
それがいけなかった。
苛立っていた盗賊にさらなる苛立ちを与える。
「うるせぇな……先にガキから殺すか」
「や、やめて!」
盗賊は腰から短剣を抜き、子供に切っ先を向ける。
手足を縛られ動けない子供は逃げることすらできず、母親も助けに向かうことはできない。
ただ見ているしかできない。
子供が殺される様を、母親は間近に。
「じゃあな、クソガキ」
「やめてえええええええええええええええええええ」
悲痛な叫びが洞窟に響く。
その声すらかき消すように、轟音が突如鳴り響いた。
盗賊は驚き手を止める。
「なんだ? 何があった!」
「敵襲だ!」
「んだと? ここがバレたのか? 数は?」
「確認できるだけで五人」
人数を聞いた盗賊は顔に手を当て笑う。
「くくくっ、どこの馬鹿だ? そんな人数で俺たちに敵うわけねーだろ。ちょうどイラついてたんだ。返り討ちに――」
「お前たちじゃ不可能だ」
「へ? ぐほっ!」
突如として盗賊は殴り飛ばされ、壁に激突する。
唖然とする村人たちの前に、彼らは並び立つ。
「あ、あなた方は……」
「遅くなって申し訳ない。俺はフレン・レイバーン。皆さんを助けにきました」
騎士のマントを翻し、フレンは優しい笑みで語り掛ける。
彼らの不安をかき消すように。






