13.規格外の魔法使い
私はライオネスさんと向かい合う。
すでに適度な距離をとり、フレン様たちは邪魔にならないように離れて行った。
私は大きく深呼吸をする。
覚悟はできているけど、人に魔法を撃つのは初めてなことに変わりはない。
相手は初対面だけど、これから一緒に働く人だ。
力を見せるにしても、怪我だけはさせないように……。
「手加減はいらねーよ」
「――!」
そんな甘い考えは、一瞬にして吹き飛んだ。
「全力できやがれ。でなきゃ、こっちから行くぞ」
空気がピりつく。
戦慄する。
ライオネスさんは何もしていない。
ただ笑みを浮かべ、私のことを見ている。
対面してハッキリと伝わるのは、表面化された殺戮能力。
さっきの言葉は冗談じゃない。
手を抜けば本気で、彼は私に襲い掛かってくる。
予感ではなく確信が過り、全身に力が入る。
「根性見せてみろ! 心配なんざいらねー! オレは騎士団一頑丈な男だ!」
「は、はい!」
ライオネスさんがそう言ってくれている。
フレン様も、彼ならきっと大丈夫だと言ってくれた。
遠慮なんて無粋なこと、私みたいな新人が考えていいことじゃなかった。
反省しよう。
そして、全力を見せよう。
周りのことも、後のことも考えなくていい。
今はただ、目の前に立ってくれている彼に、私ができる全てを。
「ふぅ……」
私は魔法陣を足元に展開する。
さらにもう一つ、頭上に別の魔法陣を展開した。
一つは雷を操る魔法、もう一つは風を操る魔法。
この二つをメインに据えて、他の魔法陣を複数結合する。
「へぇ、初めて見るぜ」
「あれは……ユーリ」
「うん。フレン君の考えたことで合っているよ。異なる魔法の融合だね~ いやーすごいな~」
「……」
魔法陣は指令書みたいなものだ。
魔力をどう変化させ、どう操るかを古代文字であらわしている。
一つ一つの魔法陣は完成され、整った形に収まっている。
複数の魔法陣を重ねつなげることは、保たれた調和を乱す行為に他ならない。
普通にやれば魔法陣同士が反発して破壊される。
だから調整する。
魔法陣同士を上手く噛み合わせ、指令と指令を組み合わせ、より複雑に、より強力に作り替える。
これが複合魔法。
魔法が、なんでもできる力と呼ばれる所以の一つ。
「行きます」
複合魔法陣は完成し、私の頭上には純白の球体が生成される。
私の身体の五倍はある白い球。
この世に存在する五大元素を全て詰め込み、混ぜ合わせた究極のエネルギー。
でも、まだ完成じゃない。
大きな球体は私の合図で細かく分かれる。
一つ一つが手の平サイズに変化し、無数に輝く星々のように散らばる。
それがまるで、夜空に流れるほうき星のように。
「ティアドロップ」
浮かんだ球体の一つをライオネスさんに放つ。
咄嗟に両腕を前で組んで防御の姿勢を取ったことがかすかに見えた。
着弾、瞬間。
大きな爆発音と突風が吹く。
「っ、何て威力なんだ!」
「凄まじいな。しかも……」
「そうだね、フレン君。まだあんなに残ってる」
「ああ」
ティアドロップの魔法は、手持ちの魔法でも上位の威力を誇っている。
狭い部屋の中でも使えるし、コントロールもしやすい。
加えて一度に生成できる段数は、最大二千まで増やせる。
この場で私の力を見てもらうのにはピッタリな魔法だ。
実際に使うのは初めてだけど、だからこそ気分が高揚する。
「どんどん行きます!」
「――ちょっと待った!」
攻撃を続けようとした私に、土煙の向こうからストップがかかる。
徐々に晴れる土煙の中で、彼は立っていた。
「ったく、予想以上の威力だな」
直撃を受けた両腕が真っ赤に腫れ、血を流しながら。
それでも彼は笑みを浮かべている。
「もう十分だぜ」
「――! す、すみません!」
ここで私は我に返る。
怪我をさせたくなかった気持ちが再燃して、慌てて魔法を解除して駆け寄る。
ライオネスさんは防御の姿勢を解き、その場でしりもちをつく。
「ふぅ~ いやー効いたぜ」
「ごめんなさい。すぐに治療しますから」
「お! 治療までやれんのか。悪いな」
「いえ、私のせいで怪我をさせてしまったので……」
私は彼の腕に治癒魔法をかける。
幸いにも皮膚に火傷が出来ているだけで骨までは至っていない。
このくらいなら数秒で治癒できる。
本当に頑丈な身体だ。
さっきの一撃は鋼鉄の壁でも簡単に破壊できる。
今改めて、そんな魔法を人に向かって躊躇なく撃った自分に……。
「悪いなんて思ってくれるなよ」
「え?」
「そういう顔してたぞ? 自分が悪いことをしましたーってな。勘違いすんな! この場の誰も、お前が悪いなんて微塵も思ってねーよ。むしろでかい口叩いて受け止めきれなかったオレが悪い」
「ライオネスさん……」
治癒が終わった腕をグーパーして、ライオネスさんは立ちあがる。
「オレはお前を認めるぜ!」
「え?」
「オレの身体に傷をつけられる奴なんてそういねーんだよ。しかもたった一発で! もっと誇れ! フレンの野郎が認めただけはあるぜ」
そう言って、彼は太陽のように無邪気な笑みを見せた。
私は嬉しくて、思わず涙目になる。
「ありがとうございます!」
何度でも、誰かに認められることは嬉しい。






