10.新しい居場所
これまでの人生で、認められたことはあっただろうか?
父が消え、病弱だった母も失った。
誰一人血のつながらない偽りの家族の一人として生きる。
一番落ち着ける場所だったはずの我が家は、冷え切った倉庫よりも寒くて……辛かった。
それでも笑っていよう。
笑顔を絶やさなければ、いつか報われる日があると信じて。
頑張って、頑張って、頑張り抜いて。
いつか来る決別の日に備えて、何があっても驚かないように心を強く持った。
婚約者には愛想をつかされた。
最初から彼は、私のことなんて好きじゃなかった。
十八年過ごした家から追い出された。
血のつながりがない私を、十八年も置いてくれたことに感謝すべきだと思った。
それでも、寂しかった。
頑張って手に入れた宮廷という居場所でも、肩身の狭い思いをさせられた。
平民の子供にはみんな容赦がないんだ。
死ぬかもしれない場所に放り込まれるなんて思っていなかったけど……。
家族がいなくなって、一人になってから、私はどこにいても異物だった。
邪魔者で、いらない存在だ。
存在意義を見出そうとしても、誰も認めてはくれない。
どれだけ頑張ったところで、褒めてくれる人はこの世にはいない。
笑顔どころか生きることをあきらめかけた私に、手を差し伸べてくれる人がいた。
もっと褒めてもらいたかった。
一度認められたくらいじゃ満足できないくらい、私の心は飢えていた。
だから、断る理由なんて何もない。
「フレン様と一緒に……働きたい、です」
この人の傍にいれば、きっと幸せになれる。
予感ではなく確信がある。
お父さんもお母さんもいなくなって、独りぼっちになった私が、初めて孤独を忘れてしまいそうになった。
無理やりなんかじゃない。
心の底から笑うことができたのは、フレン様と出会った日が最初だ。
笑顔は頑張って作る物じゃない。
心の底から笑いたくなったら、自然に出てくるものなんだ。
当たり前のことなのに忘れていた。
忘れるくらい、作り笑いが染みついてしまっていた。
この人の傍なら、きっと上手く笑える。
作り物じゃない……本物の笑顔を見せられる。
彼が望むなら、見ていてほしい。
「まだまだ未熟な私ですが、精一杯頑張ります! よろしくお願いします!」
「……ああ、オルトリア。君には期待している。心から」
「はい!」
その期待に応えたいと思った。
他の誰でもない私が、彼のために頑張れるなら。
きっとそれが、私にとっての幸せなんだ。
◇◇◇
「短い間でしたがお世話になりました」
朝、私は研究室で二人の先輩に頭を下げる。
困惑する二人は国王陛下から送られた異動通達書を覗き込む。
フレン様と話した翌日、正式な伝達がされた。
宮廷魔法使いオルトリアに、フレン・レイバーン直属の部隊へ配属命令とする。
大まかにそう書かれた文章を何度も見返す二人に、私は顔を上げて言う。
「私が抜けた後の代役は、他の方が派遣される予定です。しばらくお二人に負担をかけてしまいます。申し訳ありません」
「あ、あなたねぇ、これはどういうことなの?」
「陛下からの命令です」
「そうじゃなくて、どうしてフレン様の部隊にあなたが……」
二人の先輩の悔しそうな顔が目に映る。
私に対して妬ましさを感じているのが見え見えだ。
「フレン様から声をかけていただきました。断る理由がありませんでしたので」
「オルトリア……あなた……」
悔しいのだろう。
私なんかがフレン様に選ばれて、プライドが傷つけられたのかもしれない。
けれど、これくらいは許してほしい。
二人に恨まれたり、睨まれたりするいわれはない。
だって二人とも、私にもっと酷いことをたくさんしてきたんだから。
「あなた……自分の仕事を私たちに押し付けていく気?」
「はい。申し訳ないと思っています。けど、お二人なら大丈夫です」
「何を……!?」
私は笑顔で答える。
「これまで私一人で、二人分以上のお仕事をしてきたんです。二人いれば、十分じゃないですか」
「――!」
「オルトリア……」
「お疲れ様でした。それじゃ……」
今は作り物の笑顔でいい。
この二人に本物を見せる必要も、意味もない。
私は二人に背を向けて、少しだけお世話になった研究室を後にする。
おそらく二度とここには戻らない。
「さようなら」
最後に別れの言葉を口にして、がちゃりと扉を閉めた。
二人がどんな顔をしているのか見ないままに。
私は荷物を持って歩く。
宮廷を抜けて、騎士団隊舎がある場所へ。
「オルトリア!」
「フレン様」
彼が手を振ってくれている。
私は慌てて彼に駆け寄っていく。
「待っていたよ」
「はい!」
この人の前では、自然な笑顔を見せられる。
私はフレン様に連れられて隊舎の中を進んでいく。
「挨拶は済んだのか?」
「はい。ちゃんとお別れをしてきました」
「そうか。なら今度は初めましての挨拶だな」
辿りついた扉を、フレン様は勢いよく開ける。
そこには私の新しい職場が、仲間たちの姿があった。
「ようこそオルトリア! ここが君の、新しいホームだ」
「――!」
ここならきっと、私は上手に笑える。
不安なんて一つもない。
期待に満ちた心で、目いっぱいの笑顔で私は言う。
「オルトリアです! これからよろしくお願いします!」






