洗脳+肉体交換=……?
「ムヴエ……!!」
俺は知らず知らずのうちにそう叫んでいた――それに反応したのは――
「グオ!!」
「――!!」
反応したのはハッカイマモノンと呼ばれた魔物の方だ――執事姿の男に抱かれたメイド姿の小さな少女は反応しない――!!
いや、それどころか腕を切られてもがくマモノンを見て笑ってすらいる!!
「お前!! 何者だ!?」
俺は語気強くそのメイド姿の少女に問い詰める!!
「……」
執事姿の男の手から降り、少女は笑みを消してこちらを見た――
「その体は私、ウルマ公爵令嬢の体よ!! 決まってるじゃない!!」
「ウルマ、少しは黙っていろ」
シュレア王子が話をややこしくしそうな男の体のウルマ嬢を黙らせる。
「何者ってどういうこと? 私はニナちゃん……あなたのメイド、ムヴエじゃない……」
「公爵令嬢がメイドなわけないじゃない!!」
「だから黙っていろ」
クイエト王子も加わって目つきの悪い男を黙らせる。
「お前はムヴエじゃない!! ムヴエなら……
俺はかつてのムヴエを思い出す――
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『トウカがさぁ、この町の名物温泉にはいってるってよ――どうだ? エルト、ムヴエ――覗きに行かないか?』
カシムがヒソヒソ声で言ってくる――弓術士であるカシムはときどきとんでもないところから様々な事を発見すことがある。
『嫌われたらどうするんだ?』
俺は笑いながらそう言ってるとムヴエはスッと立ち上がり――
『カシム、行くぞ案内しろ』
そう言ってさっさと歩き出した――
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「って、そんな事思い出してどうする!?」
「……何!?」
突如叫んだ俺にアーニャが驚いた声を出す。
「ええっと、ムヴエと言えば……」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ジュオオオオオ~~~!!
石を組んで作られた簡易的な竈で鉄鍋を豪快に振り回してムヴエが料理をしている――
『ごめんね、ちょっと油断して私が手を怪我したばっかりに――』
『気にするなトウカ、エルトやカシムの料理なんか食えたもんじゃない』
その日の夕食はトウカが作った時よりも美味しかった――
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「って、そういう思い出でもない――まあ確かに、とりあえず、あのその……昔パーティーを組んでいた時のムヴエは、寡黙だけれど筋が通った好漢だった――」
「誰に何の言い訳をしているの?」
うん、アーニャ、少し黙ってくれないか?
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ゴゴオォン!!
その日受けたのは付近の村を荒らしていたはぐれ魔物の討伐だった――
カシムの弓矢で牽制し、俺の剣で致命傷を与え、そしてとどめを刺したのはムヴエの正拳突き――!!
『さすがだな、ムヴエ!』
『お前の魔法剣があってこそだ。エルト』
そういったムヴエは、荷物袋から幅広い短い剣を取り出す――長さ、重量ともに使いにくい、戦闘用ではない剣だ。
ザンッ!!
ムヴエはそのまま無言で倒れたはぐれ魔物の首を切り落とした――
『あ、角と牙は残しておいてくれよ。魔物素材は肉と一緒で高く売れるんだから――』
『わかっている』
そう言ってムヴエは魔物の頭の角と牙を除いた部分を、地面に埋葬する――
最後にこぶし大の石を置いて小さな墓を作る――
『相変わらずだな、魔物なんて素材と食用の肉を取ったらいらない部分は普通捨て置くぞ』
カシムが、いつもやっているムヴエの行為に笑いながら疑問を投げかける。
『命というものは、人であれ動物であれ、そして魔物であったとしても、一つしかない。生き返ったり別の生命に転生するなどといった話は創作にはあっても現実には聞いたことがない――ならばその一つしかない命を奪ったんだ。その命に対し、それなりの礼を尽くさなければならない』
そう言ってムヴエは独特の動作で弔いの儀式をする――
トウカがスッとムヴエの横に立ち同じように魔物の魂を弔った――
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「あいつは人間だろうと動物だろうと、そしてたとえ魔物だろうと命に対しては真摯な奴だった!! 魔女ハピレアに洗脳されていたとは、その言え本質は変わらなかったはずだ!!」
そう、ごつい体をメイド服に包み、気持ちの悪い女言葉で行動していた洗脳されたムヴエも、命に対する姿勢は変わらなかったはずだ!!
「――なのに今のお前は、命に対する尊厳がなさ過ぎる!! ムヴエだとしても、洗脳されたムヴエだとしても、ありえない!!」
「洗脳された人格じゃないならまた別の人格って事?」
「そうじゃないわ、アーニャちゃん」
にっこりと、心の底から嬉しそうに笑うムヴエ――いや、ウルマ嬢の体の入り込んでいるらしい、得体のしれない、何か――
「あなたはなぜかなくなってるみたいですけど、私のことがわかりますか?」
薄ら笑いを浮かべアーニャを眺めるウルマ嬢の体――
「……そうか、あなたは――」
「アーニャ?」
何か得心がいったような表情を浮かべるアーニャ――
「あなたは、ムヴエって呼ばれていた人の魔力なのね――!!」
「なんだって!?」
「魔力?」
ハヤトが会話に加わってくる――
「それって、魔法を使うための力って事?」
「ええ、そうよ――だけど……魔女ハピレアはその魔力に……どうしたらいいのかなぁ? まるで、えーと……」
アーニャは必死で言葉を作り出そうとしている――が、よくよく考えたらまだ幼い子供――うまく説明できるわけない――
「私もそうだったからわかるんだけど、魔女ハピレアに魔法かけられたら、自分じゃなくて魔力が変わっちゃうの――そして、その変わっちゃった自分の魔力に体を操られちゃうの!!」
「つまり、魔力が変質して擬似人格のようなものになり、それが肉体を乗っ取ってしまうわけか――だったら本来の人格はどこに行くんだ?」
ある程度説明を理解したらしいハヤトがそう解説する――
「私の場合は、ずっと変わっちゃった私の魔力が勝手に私の体を操っているのを体の奥で見ているだけだった――多分、他の魔女ハピレアに操られている人達も同じだと思う――」
「そういえば、聖女様や盗賊にされた王女様も、洗脳が解けたときに自分の体がどんな行動したか覚えていたな……」
俺は、ルーンレイスによって魔女ハピレアの洗脳が解けた時の人々の行動を思い出し、そういう――
……………あれ、そういえば何で俺は魔女ハピレアの洗脳が効かなかったんだ? 俺は魔法騎士、魔力であれば人一倍持っているはずなのに…………
「そういえば、アーニャちゃんは一回魔力消失を経験しているのね――そのせいで本来の人格が戻っている――だけど、私は違う――」
ウルマ嬢の体で、笑みを浮かべながらそれは宣言した――!!
「別の肉体に放り込まれたことで私という存在は大きくなった――そしていらない部分を肉体から追放することに成功した――!! 私はもう、ただの魔力だった時のあの頃とは違う、この体で生きていく一つの生命体!! 後はいらない部分を処分するだけ――!!」
その笑みの向こうに見据えるはハッカイマモノンと呼ばれた魔物――いや、ムヴエ本来の人格――!!
「あ、安心してね。ハピレア様の命令通りあなたのことはちゃんと守ってあげるから。ね、ニナちゃん」




